行方不明の少女
――ザッザッザッザッ――
「ハァ……全く…あれ程〝頭〟は止めろと言ったろう!?」
「『そもそも、貴様が我の声を聞いていれば食い千切らんかったわ!』」
クッ…ソレを言われれば文句は言えない……。
「……ハァ、降参だ…しかし済まないね〝四葉水樹〟君…予定より十分遅れてしまうとは、社会人として恥ずるよ」
「い、いえいえ…!…大概の魔術師達は30分遅刻とかザラなんで、気にしないで下さいッス!…その為に1時間前の時間を指定してたッス!」
「……それはそれでどうなのかね?」
兎も角、我々はこうして夜の山道を進んでゆく…〝昇格〟の為に。
「しかし……〝満月の夜〟、深夜〝12時〟に限定された依頼とは…面倒な事この上ないね」
「仕方無いッスよ、依頼の〝無力化〟対象はどんな策を練ってもこの時間に出現するんス」
「〝黒縄妬蛇〟ねぇ…〝蛇神信仰〟、〝生贄と豊穣〟、オマケに〝嫉妬に憎悪〟と〝蛇〟と来た……何でこんな残すだけで〝最悪〟しか呼びませんよ、見たいな物を態々遺してるのかねぇ…字波理事長や他の天剛級を集めて殺してしまえば良いだろうに」
「そりゃあそうッスけど…コレの事が記されてた書物は大部分が劣化してしまい、名前と辛うじて読み解けた単語しか記されてないんス…だから、下手に手を出してしまって良いものか分からないんスよ」
「……ふぅん…成る程ねぇ…」
私は水樹君を先導させながら、件の〝封印された妖魔〟の眠る洞窟に辿り着く。
「此処ッス「〝子供〟が一人、〝小蛇〟が一匹」…へ?」
そして、今一番目に見えて分かる〝異常性〟に、水樹君を呼び明かりで照らす。
「見給え…この土…泥濘に足跡が有る…その横にはもう一つ…四足歩行や二足歩行では無い獣の痕跡だ」
其処にはくっきりと浮かび上がる足跡が二つ…一つは人、もう一つは…恐らくは〝蛇の痕跡〟だ、それは一度この先へ行き…そして、〝返ってくる〟か…うむ。
「――コレ…ちょっと不味いかなァ…あ〜嫌だ嫌だ…絶対コレ〝面倒臭い〟…」
「え?…どういう事ッスか?」
「うん、コレ私が遅刻した時間に何か有ったか……いやいや、そもそも1日前…じゃないよねぇ……うん、此処は一つ〝シュレディンガーの猫〟ならぬ蛇にしたい所だが……それも無理だよね~……良し、腹を括って行こうか、怒られる時は二人一緒さ!」
「何がどうしてそうなったんスか!?」
兎も角今は〝確認〟だ…もしかすれば、此処に来た子供が偶然探検に来て、飽きて帰った、封印は解けていない…何て、素敵な可能性は有るかも知れな――。
「〝衝撃〟」
「ッグァ!?」
その瞬間…私は衝撃波で水樹君を吹き飛ばすと同時に身体を〝宙へ浮かせる〟…いや、違うな…〝吊るされる〟と言った方が良さそうだコレは。
――ギチギチギチギチッ――
「ッゴハァ…!」
ヒンヤリと、しかし強靭な筋肉を感じさせる肉体が私の首を締め上げる…水樹君は、その存在を漸く認識し…目を見開いて驚きに叫ぶ事だろう。
「アレは!?」
天井の凹凸に身体を引っ掛け…その真っ黒な〝蛇〟は赤眼を光らせる…間違い無く妖魔だ、で有ればあれが〝黒縄妬蛇〟なのか?…否。
(アレは恐らく、〝黒縄妬蛇〟の〝残滓〟だ…残留思念に近い怨念、〝悪霊〟だろう…そして…)
私は空高くに首を締め上げられながら…洞窟の最奥、その中心部の光景を見る。
(やはり……封印は解けているか…)
「〝アル〟…!」
――ザンッ――
「『そのまま締め上げられて死ねば良い物を』」
「生憎まだ死ぬ気はないのでね……それよりもだ〝水樹君〟…君は今直ぐ八咫烏に連絡を…今日一日で〝此処〟近辺に立ち寄った少年少女を探す様に言ってくれ」
「え、でもまだあの妖魔生きて――」
――ドバァッ――
「ギッシャアァァァッ!?」
地面に引き摺り落とされた蛇の頭蓋を撃ち抜き始末する…コレで問題は無いだろう。
「さて、それじゃあ帰るよ…この場所での〝情報〟は纏めた…後は八咫烏に丸投げして我々は一度休む事にしよう…全く…折角の休日が台無しだ」
〜〜〜〜〜〜
――ゴッ…ゴッ…ゴッ…――
その夜……静寂な家の中で、一人の少女は〝食事〟を摂っていた…。
「フゥッ♪……ククッフフフッ…久方振りの馳走は真っ事美味よなぁ♪」
――シュウゥゥゥッ――
「しかし…コレでは到底足りぬ…ん?」
今し方丸呑みにした後、しかしまだ足りぬと眉を顰めさせてそう言う少女はふと、視界に移る平面の板に目を向ける。
「ほほぉ…コレは…」
其処には、蠢くように彼処へ此方へ進んでゆく人の群れとその中心で笑みを浮かべ、飯処を紹介する風景…ソレを見ながら、少女は口角を歪めて笑う。
「――ククッ…良いなァ…今の世は…回復にはかなりの時が掛かるかと思うて居たが…これは良い……〝一月〟と掛からず全盛を…いや、全盛以上に力を着けられそうだ♪」
全く……良い時代に成った物よなぁ…。
――カチッ――
少女はそう言い、扉を出る……残されたのは伽藍洞の室内とまだ温かい〝三人分の食事〟だけだった。
●○●○●○
「――報告を聞いたわ、進捗もね」
私は起きて早々字波君に呼び出され、寝ぼけ眼に渡された資料に目を通す。
「ふむ…………〝鞍山奈弓〟君か、父と母の三人家族、兄弟無し、ペット無し…か、友人関係は良好で、誰にでも優しく、愛想も良く、特に恨まれる様な人物では無いと…ふむ」
其処には楽しげな笑みで愛らしい笑みを浮かべる一人の少女の姿…報告の内容も特に不審な要素は無いか?…。
「その少女には〝蛇〟のペットは居ないのかい?」
「報告ではそうね」
「封印場所から少女の住所は徒歩で1時間以上掛かる筈だね…うん、足跡と彼女の足のサイズも間違い無い…彼女が〝封印〟を解いた人物だろう…接触は?」
「出来なかったわ…と、言うより〝蛻の殻〟だった…父親も母親も居なかったわ…〝何処にも〟」
そう言う字波君の言葉に、私は彼女が言外に言う意味を理解する……蛇と少女一家の〝消失…つまりは…。
「……少女の靴は?」
「〝無かった〟…〝黒縄妬蛇〟はほぼ間違い無く〝鞍山奈弓〟ちゃんに憑依しているわ」
「ふぅむ……兎も角早期発見が望ましいか…私もなるだけ協力しよう…無論、講義を終えた後…では有るが」
字波君にそう言い、私は彼女の執務室を後にする…さて、〝追跡〟か…。
「どうしたものかな?」




