応報の白猫は何と鳴く?
どうも皆様泥陀羅没地です。
後一話で一章は終わると言ったな…アレは嘘だ。
いや、思ったよりも描写に力が入ったと言いますか、手(筆)が滑ったと言いますか…はい、一話で纒めきれそうに有りませんでした。
――ザッ、ザッ、ザッ…――
「ッ――ハァァァッ…まじかよクソォ…何だよ彼奴、折角の〝広告〟が台無しじゃねぇか!」
「…」
「折角一儲け出来ると思ってたのによぉ…ナァオイ聞いてんのかアイボー!」
――ザッ――
路地裏を二人の男が進む…片方は目深に被ったローブ越しに頭を掻き、もう片方は淡々とその歩を進める…。
「……倒される事は想定内だった…だが」
――バコォンッ――
「まさか!…相手が〝字波美幸〟では無く何処の誰かも分からない教員とは…!」
しかし、その言葉に熱が籠もると同時に、その男は己の傍らに転がっていたゴミ箱を蹴り潰し、憤懣を口にする。
どす黒い、欲望と憎悪が裏路地に染み渡り…陰鬱とした闇と同化する…やがて、憤懣は鳴りを潜め、二人は不愉快を隠そうともせずに己等の〝目的地〟に辿り着く。
――ギィィッ――
古く、錆果てた扉が軋む…その中に入れば〝仲間〟達の喧騒が聞こえてくる……筈だった。
――べシャッ――
「「……は?」」
足を踏み入れた瞬間…聞き馴染み、そしてこの場で聞き馴染むことの無い音に彼等はそう、声を上げる……何か、水の様な何かの溜まり場に勢い良く足を踏み入れた様なそんな不快な音……しかし、そんな音がこの、〝天井の有る屋内〟で聞く筈がない…ましてや此処は浴場でも何でもない……ならば、何なのか?…二人は足元へ目を向け…そして〝見た〟。
「「ッ――!?」」
それは…赤い、紅い〝血溜まり〟だった…ソレを認識した途端、彼らの鼻には濃密で甘い、鉄錆た匂いが鼻腔に押し掛ける…。
「な、何だ――」
そうして、その片割れが異常を認め、動揺に口を開いた……丁度その時だった。
「――酷い事するよねぇ、本当に」
血濡れた床に散乱する苦悶の〝頭蓋〟の遥か奥から声が響いた…その声に釣られ、目を向けると…其処には〝二人〟…人影が有った。
「欲望は進化への一助だ、欲故に人は知恵を力を富を権威を渇望し、欲故に人は、世界は進化を果たしてきた…だが」
「ガヒュッ――や、ヤメテ…お願e――」
ソレは受付の女性の懇願に一切の慈悲も無く、頭を吹き飛ばして入口の二人を見る。
「〝悪欲〟だ、忌むべき〝悪欲〟だよ…うら若き青年は未熟だった、うら若き乙女はまだ挫折に立ち上がれた…君達の〝悪意の善意〟さえ無ければ…少なくとも今よりは遥かにマシな結末を迎えられた筈だった……はじめましてこんにちは、〝楠木茂〟君、〝檀浦斗真〟君、君達に自己紹介は必要かな?」
その目は、その顔は…二人の記憶に新しい人物の者だった…己等の商売を邪魔した何者か、正体不明の〝教員〟の、その姿。
「お前――ッ!」
「……酷い事するぜ、女の顔を吹き飛ばすとかよぉ?」
片や驚き、片やそう巫山戯る様に青年へ返す…その真逆の様子に、しかし青年は口だけを笑みに変えて〝笑う〟…いや、或いは〝嗤う〟…。
「ハッハッハッ…確かに可愛らしい顔だったね、肢体も煽情的で色欲を誘うには十分な娘だったねぇ…彼女の泣き顔や命乞いの言葉を聞けば、多くの男は加虐趣味に目覚めていたろうね…ハッハッハッ♪」
その言葉に込められた意味は、軽く飄々とした雰囲気を纏わせる…だと言うのにその声色には欠片の〝感情〟も感じられない、酷く冷たい圧力に、二人は後退る。
「――所で、君達は〝因果応報〟と言う言葉は知っているかい?……〝過去〟…引いては〝前世〟の善悪で、今生の〝果報〟が決まると言う意味だ…要約すれば〝善行をすれば善い事が、悪行をすれば悪い事が起こる〟と言う――」
「何が……言いたい」
「――今から君達を〝殺そう〟と思う♪」
――パァァンッ――
その問答から、一瞬の刹那……懐から銃を抜いた男が青年の頭を撃ち抜く……背後に身を倒し、血を吹き出したその姿に、二人はつい、〝殺った〟と、心に吐き出す…しかし。
「――……ふむ、〝頭蓋を撃ち抜かれる〟とはどういう物か…考えた事は有ったが…成る程、存外痛いだけなのだね…」
「「…は?」」
その青年は倒れ掛けた己の身体を起こしながら…何て事は無いと言う風に己の頭から弾丸を抜き取る…その異様に、一瞬二人は呆け……そして。
「――〝さて〟」
「「ッ――!?」」
漸く……今、己等が対面している〝生き物〟が…人間で無い事を知る。
「さて……ではそろそろ殺すとしよう……〝召喚〟…及び〝拘束解放〟…〝復讐の白描〟」
――ドォッ――
途端、空間を凄まじい〝瘴気〟が満たす……そのドス黒いソレが何なのか…二人は自ずと理解する。
それは、〝憎悪〟だ。
煮詰まった憎悪、憎しみだ。
己以外の全てを憎しみ、全てを喰い殺すと言わんばかりの憎悪だった。
「〝復讐は悪で無し〟、〝しかして善には遠く及ばぬ〟、〝留意せよ〟、〝応報は狂う無くして果たされぬ、狂いの果てに未来無し〟…〝即ち未来永劫の虚無で在る〟」
――ズオォォッ――
祝詞と呼ぶには余りにも冷たい〝呪詞〟と共にその〝憎悪〟は姿を表した。
「〝復讐の白猫よ、血を啜りし化猫〟、〝悪辣に甚振る魔性の悪意よ〟、〝吼えよ、我が御心、我が判決は爾の復讐を認めよう〟…〝殺せ、壊せ、鏖せ〟…〝毒を喰らう毒を以て世界を善へ導くが良い〟」
「『ギッシィャアァァァッ!!!!』」
ソレは…その悍ましい地獄に降り立った…ただ一匹の白い〝魔〟だった…。
その体躯は人を優に超え…その靡く長い鬣には、何十の猫の顔が浮かんでは消える…恐怖と、美しさを併せ持った魔性の白猫が、その瞳に憎悪を孕み…己等を睥睨していた。
「『二匹…か?』」
「そうとも、二匹だ…遊び甲斐は有るだろう、何せ子供を食い物にする畜生だ、斬り刻めば良い悲鳴が、肉は悪意と恐怖でさぞ美味かろうよ…そこらの屍山血河を啜るも喰らうも自由だが、〝半分〟は残して置いてくれ…私は、最奥に〝隠れている彼〟にちょっとしたお話が有る♪」
「『フン…良かろう、〝主〟よ』」
その白描は己に背を向ける男を尻目に、その瞳を二人に向ける。
「『さぁ…久方振りの馳走だ…じっくりと味わうとしよう…肉を食み、骨を噛み砕き、血を啜り、腸を舐ろう…無論…〝生きたまま〟…なァ♪』」
「ッ……クソ、化物め…!」
「あ〜あ、年貢の納め時って奴かねぇ……存外早かったな……良し、死にたかねぇし、儲け足りねぇ…此処は一丁死ぬ気で抵抗してや――」
一歩、また一歩と歩み寄ってくる…その化物に一人は恐怖に銃を構え、もう一人は悟った様にそう口に出し、ナイフを取り出す…。
――パラッ――
その瞬間、ナイフを持った男は痛みを感じる間も無く〝死んだ〟…。
「『貴様は要らん…〝味が薄そうだ〟…』」
そして生き残った男のすぐ間近には、先程まで確かに少し離れた場所に居たはずの白猫が金の瞳を歪に歪めて笑っていた。
「『ニャアァ…貴様は、長く、永ぁく愉しめそうだ…ニャア?』」




