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魔人教授の怪奇譚  作者: 泥陀羅没地
第一章:謎だらけの教職者
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炎狐と氷狼

――ダッ――


「オォッ!」


駆ける、氷を纏った青の狼が。


――ブォンッ――


「〝九尾の狐焔〟!」


薙ぐ…轟々燃える狐の尾が。


知って尚凄まじく、今まで以上に恐ろしく、苛烈な攻防、その激しさは二人が今眼の前にしている〝因縁浅からぬ相手〟を、それだけ脅威と見ていると言う証明に他ならなかった。


「――ふむ、試合開始前には戻る腹積りだったのだがな…惜しい事をした」

「……何処に行ってたの?…学園内じゃ無いわよね?」


そんな私の言葉に字波君が問い質す様な声と、鋭い視線を向けてくる…その様子から、私が想定より遅れていた事にご立腹の様だった。


「うむ……野暮用……等と有耶無耶な回答は許しちゃくれないのだろうね…では仕方無い…観念してお話するとしよう」


私はそう体内の空気に意思を乗せて吐き出し、降参と言う様に…或いは無罪を示す様なポーズで彼女の詰問へ返答する。


「先ず、私は謝らなければね…〝弟子の様子見〟と言い離れたと言うのに、学園外に足を運んだ事は詫びよう、すまなかったね…弟子の様子を見に行ったのは本当だ、肉体の疲労は有ったが、健康そのものだった」

「……それで?」

「これならば問題無いだろうと、戻るつもりだったのだが…丁度そのタイミングで私の懐の携帯が鳴り響いてね…電話の主は私の友人――いやいや、そう怖い顔をするものじゃない…本当に〝知人〟だよ…2、3ヶ月前に知り合った〝友人〟だ…兎も角、そんな〝知人〟に頼んでいた〝物〟が手に入ったと報告を受けた…閉会式やらにはまだ時間も有ったし直ぐに戻る腹積りで行って諸々を済ませ、帰ってきたのが今と言う訳だ」

「……その〝頼んでいた物〟って?」

「情報だよ、私が今最も求めている物を調達して貰った」

「その内容は?」

「〝人探し〟さ…アレは小売の商人だがそれなりの情報網を持っているからね…この手の探し物はお茶の子さいさいかと思っていたんだが…思ったより梃子摺ったらしい」


私は彼女の詰問に嘘偽り無く答えてゆく…すると彼女はその言葉に漸く…渋々に納得し、その顔から険悪を取り除く。


「ハァ…分かったわ…でも、今は職務の最中よ、報連相は守って」

「うむ、気を付けよう…おや、そろそろ〝決着〟だね?」


そして、今まさに蝋燭の一燃えの様に猛り漲る二つの魔力を見ながら…私は二人へ目を向けた…。



○●○●○●


――ピキピキピキッ――

――ゴオォォォォッ――

――ジュウゥゥゥッ――


冷気が周囲に霜を帯びさせる、焔がその霜

を溶かし、或いは掻き消されて行く…。


「チッ……流石に土御門家の秘術が相手だと、俺の一朝一夕じゃ倒せんか…」

「その一朝一夕で私の秘術と対抗出来ていると言うのにまだ望むのですか?…強欲ですね…!」


氷の大地で彼はそう言い、焔の大地で彼女は返す…言葉過ぎ行かせながら…その魔力を膨れ上がらせて。


「『凄まじい魔力の〝衝突〟…ただの魔力が大気を震わせ、氷と炎が拮抗しています!』」


その光景に外野は驚嘆と歓声を上げる…その熱狂が最高潮に到達した…その時。


「行くぜ…!」

「来い…!」


――ズドォッ――


氷の大地を踏み砕き…氷狼は真っ直ぐに突き進んだ。


「オォォォォォォッ!!!」

「ッ―――!」


――カッ――


己を包み込み…焼き尽くそうとする炎の最奥へ向けて。


――ジュウゥゥゥッ――


「グオォォッ!!!」

「ハァァァッ!!!」


氷の鎧が剥がれてゆく…熱気が顔を触れ、その熱を無視する様に氷太郎は叫ぶ。


迫る強力な冷気を、己の焔で焼き尽けさんと九音は気合いを叫ぶ。


――ジュゴォォォッ――


表層の氷は増してゆく焔の熱に耐えかね、その固形を液に変える…その液状は瞬く間に湧き立ち、その氷の鎧を徐々に蝕んで行く。


焔もまた、手を拱いていた…燃え続け、その熱を増し行く己に対し、腹に捉えた氷塊は摂理に反しその冷気をより強く深くし始めたのだから。


しかし、この決着も長くは続かない…上回り、上回られ、ソレに対抗し、より強く…そんな単純な子供の様な競い合いに持久等と言う概念は無く――。


――ジュオォォォッ!――


その果てに…〝霧〟が生まれた…細かな細かな水の群れが焔を飲み込み会場と舞台とを閉ざす。


――ズァッ――


空へ昇ってゆくだけだった…その〝水霧〟は、その最奥に蠢く影によって横へ横へと広がってゆく。


「ッ――オォァッ!!!」

「ッ…魔力が…!」


霧が晴れ、凡そ数秒の空白、その結末が晒される…それは本当に〝最後〟の決着。


全身に火傷を負いながらも肉薄する、その目は未だ生きる男…。


その男を前に、極度の消耗を負いながらなけなしの魔力で追い打つ女。


互いに満身創痍なその身で互いに肉薄し、炎の剣を、氷結の剣を構え。


――ジュゴオォォォッ――


「ッ――ゴフッ!?」


朽ちゆく剣を…互いの身に振り抜いた…。


――パキィンッ――


酷く痛む焔の熱を腹に受け…氷太郎はその身を揺らす…九音もまた、確かに受けた刃の傷に身体をふらつかせる……。


名家と名家…格式高き彼等の〝強さ比べ〟…ソレに勝ったのは――。


――ザッ――


「ハァッ…ハァッ…!………おぉっし!!!」


最後の最後で膝を折らなかった…〝巌根氷太郎〟だった。



●○●○●○


「……やっぱり、強いわね…あの子達」

「そうだねぇ…流石、名家の出だ…うん、才能と努力の質が違う…アレに追い付くのは並大抵じゃ無いよ?」


沸き立つ会場の中で、毅然とした姿勢で舞台から降りる彼を見ながら…私はそう言う。


最早初対面時の何処か不遜な態度は鳴りを潜め…その背に良い風格を滲ませる巌根君…どうやら、この大会を経て相応の〝経験〟を得たらしい…善い事だ。


「…そう、〝簡単〟じゃないんだよ……」


二つの入口……その1つから放たれる〝魔力〟を見て…私はそう言う。


「?…どうかしたの孝宏?」

「……いいや?…今更ながら糖分が欲しくなってね…キャラメルポップコーンでも買おうかとね」


そして字波君へそう軽く返し、席を立って売店へ歩を進めた。

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