紙一重の勝利
――ジリリリリッ――
「――ふぅむ…秒間108回の斬り合い…中々の好記録…前回の記録は80回、前々回は76回…中々のハイペースだねぇ…」
「……良く見えるわね」
「攻撃だけが魔術じゃない…日常生活でも魔術さえ使えれば眼鏡要らずのガス代節約…流石に水は錬金術で賄ったほうが良い」
水系統の魔術は水の〝事象〟で在って水そのものでは無い…水を操ってならば話は別だがね…。
「それはそうと…このままじゃ結美君は負けるねぇ…」
「…そうかしら?……私の目には寧ろあの子が押してるように見えるけれど?」
横から注がれる字波君の声を聞きながら、視界一杯に広がる攻め立てる少女とソレを捌く青年の攻防を見て、軽く首を横に振る。
「確かに魔力総量とその消費量で見れば二人はほぼ同時に魔力切れを起こすだろう…だが、体力の消耗は明らかに結美君の方が大きい」
それはそうだ、攻撃を繰り出し、弾かれ繰り出してを繰り返す…対する相手は致命的な一撃だけを捌き、問題の無い攻撃はその堅牢な氷の剛毛で弾いてくる…。
〝身体強化〟が互角な以上は勝負の要は〝持久力〟と素の肉体スペックだ。
「持久力は言わずもがな、氷太郎君の方が上手だ…伊達に名家を謳っちゃ居ない、肉体スペックだってそうだ…女性は靭やかさと軽やかさが特筆すべき性能だが男性は硬く重くが主な以上その堅牢さとパワフルさはどうしても男性に軍配が上がる」
このまま打ち合えば結美君は敗北必至だ……そして。
(それは〝君〟が一番良く分かっている筈だね?)
「……タイムリミットは〝30秒〟だ…観客は黙って見ておこう…」
「……えぇ」
●○●○●○
――ガガガッ――
振るう、弾かれる…何百何千と繰り返したこの連鎖。
「ハッハァッ!」
「ッ!――」
その間隙を着いては私を急かすように氷太郎君は貫手を放つ。
――ヒュンッ――
このままじゃ負ける…知ってる。
「まだ…まだぁ!」
〝知ってる〟からこそ…私は止めない…この〝消耗戦〟を続ける。
語らなくても分かっているんだろう…私が何かを企んでいることは。
いや、分からなくともきっと彼にとってはさしたる問題では無い…何故ならば彼は〝武人〟なのだから。
「シィァッ!」
「ッチェリャア!!!」
きっと彼は相手が誰であれ、油断はしない…そう、〝勝つ〟までは…。
「「フッ!」」
――シャリィンッ――
互いの武器が重なり滑る、脚を捻り…身体を捻らせ私は横薙ぎを放つ。
――ヒュンッ――
「ラァッ!」
「ッ――!」
その刃は空を切った…その上からは〝彼〟が降った。
――ドゴォッ――
その脚撃は地面を砕く…本当に恐ろしい威力に身震いするよ。
でも…ソレが互いの〝決め手〟だった…。
――パキンッ――
――フッ…――
彼の装甲が脚から砕け。
私の魔力が揺らいで霧散した…〝様に見せた〟…。
――ザッ――
「ッ!?」
「ッ貰ったァ!!!」
私は気合を叫び、彼へ目掛けて刃を振り下ろす…。
――ブォンッ――
その剣は寸での所で躱されてしまう……うん、〝知ってる〟…!
「ツゥッ…!」
振り下ろされた剣から意識を背けて私を狙う…その一瞬が欲しかった!…。
――グッ――
「ッ!…クッ――」
「――〝燕返し〟!」
身体中の筋肉を酷使しながら、私はその剣を翻して彼へ振り上げる……その刃は彼の身体へ直撃し――。
――ガッ――
「――〝惜しかった〟な…結美…!」
私はその堅牢な装甲の硬さに剣を手放してしまった…。
○●○●○●
「――剣を持っている〝お前〟を相手に油断するのは阿呆のする事だ」
当たり前だろ、例えソイツがボロ雑巾見たいな姿でも、凶器、武器を持ってるならソイツは〝脅威〟だ……油断なんざ有り得ねぇ。
――パキンッ――
「ッ…ガハッ…だが、効いた…!……凄え効いたぞオイ…!」
衝撃に口から血を吐く……消耗してコレなら、本気だったならと考えると末恐ろしいな…!
「――勝ちは、貰うぜ…!」
俺はそうしてその拳を眼前の〝剣士〟に振るう…外野の喧騒の閉ざされた…この戦場の中心で。
その拳を以て……この試合は終わっ――。
――ガッ…――
「つめッ、冷たいッ!…」
「ッ――は…!?」
らなかった。
●○●○●○
「〝勝って兜の緒を締めよ〟…ってね!」
「『何と、何と…何と!!!……今正に勝敗は決したかに思えました!…しかし、何と剣を失った〝結美選手〟が氷太郎選手の腕を掴んでいます!…この、構えは!!!』」
激闘に次ぐ激闘、ソレ故に生じた勝利を目前にした〝小さな見落とし〟…黒乃結美は待っていた…この〝隙〟を。
「〝剣戟〟はフェイク、〝魔力切れ〟もフェイクときて、〝燕返し〟も囮か…フフフッ♪」
たった一度、ほんの小さな……致命的な〝一瞬〟を…本命の〝一撃〟を与える為に。
「どおぉぉりゃあぁぁ!!!!」
彼女は腕を肩に掛け、その勢いをそのままに氷太郎を背中から空へ〝浮かせる〟…そう、即ち――。
「〝一本背負い〟!!!」
何の魔術も糞も無い…単なる〝武術〟こそが……彼女の〝決定打〟…。
――パリーンッ――
〝氷の破片〟が地面に散らばる……人狼は満月の呪いから解かれ…人の姿へ戻り、その顔を苦渋に染める。
「あぁ…糞っ垂れ……〝やらかした〟」
「ヘヘッ……私の勝ち――」
そう言う彼へ、彼女はそう言おうとし……。
――ガクンッ――
「……あ」
短く…しかし心底からしまったと言う風な声と共に其の場に崩れ落ちる…〝気絶〟した。
「……オイ…本気か……」
未だ意識を保った〝巌根氷太郎〟を残して……。
「『何と…まさかの奇策!…一本背負いを決め、勝利したかに見えた黒乃結美選手!…まさかの気絶!…流石に肉体の疲労に耐えきれなかったのか、ピクリとも動きません!』」
「『まさかのまさか…逆転に次ぐ逆転の勝利!…最後のピース、〝幸運〟を掴み取ったのは〝氷太郎〟選手です!』」
――オオオォォォォォォッ!!!――
観客の歓声が激闘を称える…勝者の青年も、敗者の少女も…皆が皆、双方の全力に惜しみなく称賛を送る…。
「…はぁ……畜生、素直に喜べる勝ち方じゃねぇなぁ…クソ…」
ただ1人、巌根氷太郎だけは…救護チームに運ばれてゆく少女を見て…溜息を吐いてそう呟いた。




