焔と叡智とその結末
「『試合開始から僅か3分!…僅か180秒の攻防に私、峰子は興奮が冷めません!』」
「『九音選手が仕切り直し…月人選手はまた、距離を離されてしまいましたね』」
「『しかし、どういう事でしょう!?…二人共先程の激動は嘘のように立ち尽くし、相手へ視線を向けています!』」
会場は依然熱気を保ち…視線がその中心に集中する。
「……動かないのですか?」
そんな静寂を切り裂いて…九音さんが僕へ問う。
「動いて欲しいと?」
僕はソレに問いで返す…その言葉に答えをはぐらかされたと理解したのか、九音さんは推察と疑問を投げつける。
「…貴方の機動力ならば、私の間合い等突破も容易でしょう?」
確かにそうだ…僕の機動力ならば一瞬で僅か十数メートルは詰められるだろう…だが。
「最短経路に〝罠〟でも置かれてしまえば其処で〝詰み〟だろう…魔力探知も周囲の残り火が邪魔をする以上、下手に動けば不利だ……だろう?」
「……」
相手は優れた魔術師、オマケに自らの弱点を知り得ている…必ず対策しているだろう…だから無闇矢鱈に攻めない…そんな事をせずとも――。
「それに…動かなくともやりようは有る」
〝彼女〟が踊ってくれれば良い。
――チャキンッ――
「既にこのエリアは〝僕の領域〟だからね」
「『静寂の舞台、仕切り直された勝負の中…二回戦目を仕掛けるのは〝月人選手〟!』」
外野の声に紛れて、僕は手に握った拳銃の引き金を引く…その反動と音響に耳が痛む…それでも依然目は彼女へ向ける…彼女の動きを〝見る〟…。
〝避ける〟か…〝受ける〟か…何方にせよ構わない。
「甘い!」
「――受けたか」
彼女に放たれた凶弾は、刹那彼女の焔によって焼き落とされる…確かにこの程度では彼女は倒せない…無論〝知っている〟とも。
「〝狐火!〟――ッ!?」
「――〝起動〟」
必要なのは〝その炎〟…僕と彼女を隔てる〝壁〟だ。
――カッ――
閃光が奔る…ソレは、今し方僕の手を離れた〝科学の結晶〟…僕の手で創り、創り変えられ、より〝脅威〟を孕んだ〝不安定な破壊〟…その放出の予兆。
――バババババッ――
刹那、風の刃が乱れ飛んでは炎を切り裂き、土塊が大地に深い傷を作り、水は炎と貪り合いその煙を立ち上らせる。
見えず、感じず、失った…だが〝分かる〟とも…。
「〝其は何色にも染まらぬ者〟…〝空の術理、無色の虚ろ〟…〝定まらぬ者〟、〝無形の源〟」
〝彼女〟が今…僕の掌で踊っていると言う事は。
○●○●○●
――ザリザリザリッ――
「ッゥ!…」
肉を削ぐ様な痛みが脚に奔る。
「クソッ…――チィッ!?」
――ドドドドッ――
「『九音選手が避ける、避ける!…しかし何と言う事だ!…九音選手の行く先々で地面から、空から魔術の罠が出現し、九音選手を追い詰めて行く!』」
「『コレは…凄まじいですね…こんな数の〝罠魔術〟を、一体どうやってこれ程の魔力を…』」
「相変わらず〝面白い発想〟だね彼は♪」
「…?……どういう事?…アレはただの罠魔術じゃ無いの?」
私の横で、字波君がそう言い小首を傾げる…違うとも、この魔術は罠魔術の応用で有り極めて例外的な〝使い方〟だ…。
「本来の罠魔術を例えるならば〝地雷〟が適任だろう…仕掛けて、放置して、獲物を待つ…正しい用途の使い方であり、間違いは無い…だが、彼の用途は〝罠屋敷〟…〝逃さず〟、〝暇を与えず〟、〝処理する〟…〝百の魔術式と一つの魔力貯蔵式〟から成る〝領域型罠魔術〟…予め刻んだ術式と敵を識別する為の〝マーキング〟が近付けば、ソレを感知した魔力貯蔵式が魔力を供給し、術式が起動する…後は相手が動き回ってくれれば、魔力貯蔵庫の魔力が切れるまで永遠に攻撃を続けてくれると言う訳さ」
時間稼ぎにはまさに適任な魔術だ…が。
「……彼女にはまだ、〝勝機〟が有る」
そして今正に…ソレは振るわれんとしているらしい。
●○●○●○
「〝未明の夜世〟、〝闇を焼くは白暴の焔〟、〝妖炎統べし紅の尾を以て今〟、〝我は偉大なる祖の名の下に〝五行一元の焔〟を謳わん〟」
「〝我が名は土御門九音〟…〝平安より来々の術家〟、〝安倍晴明を祖に持つ末裔也〟…〝謳え焔の狐〟、〝叫び震え、その身焦がす焔と成れ〟!」
炎が奔る、大地を膨大な魔力が焼き尽くし…凄まじい熱気が舞台を包み込む。
その様は…七大地獄が一つ…〝灼熱地獄〟の様に…ただ焔だけが其処に満ちていた。
焔の中央には…その熱気を物ともせずに、眼前の〝好敵手〟を睨む、九音が。
「〝拡張せよ、連動せよ〟、〝汝はこそ虚空の銃身〟…〝我が魔術の結集〟…〝その証明で在る!〟」
そして、その視線の先では…焔の中に広がる〝膨大な魔術陣〟が…何重にも積み重なり駆動し、唸りを上げて周囲の魔力を集積する…その真下で…その寡黙な顔を興奮と歓喜で顔を赤らめながら月人は九音を見る。
その光景に、二人は図らずも同じ思いを抱く…。
((美しい))
と……焔を突き詰めた至高の術法とそれを操る才女へ。
叡智を束ね、今世界に顕現した〝知識の結晶〟とそれを生み出した〝賢者〟へ。
二人は互いに〝敬意〟を込め、そしてそれ以上に燃え上がる執念を以てその〝終わり〟を紡ぐ。
「〝業炎の狐火〟!」
「〝集積圧縮弾頭〟!」
――ゴオォォォォッ――
――ズドオォォォッ――
そして、放たれる…濃密な魔力の凶弾と焼き滅ぼす〝業火〟が。
――ジュオォォォォッ――
「「私が…〝勝つ〟!!!」」
燃える焔を弾丸は進む…その身を蝕みながら…。
観客も、解説も、〝我々〟も…その光景を固唾を呑んで見守っていた…。
そして、その…結末は――。
――ジュゴオォォォォッ!!!――
「ッ――!!!」
焔が包む…映像が途切れ……舞台を覆う結界が崩れ去り…。
「……私の…〝勝ち〟だ!!!」
晴天の空の日差しは…地に倒れる〝青年〟と、毅然と立ち、そう告げる少女を我々の瞳に〝映し出した〟…。




