智慧喰らう魔人、屍肉喰らう空虚
「ふむ…そうだね…君から聞きたい事は色々と有る」
「ほほう、何かな何かな?…私が答えられる範囲なら何でも答えよう――」
――バチィンッ――
私の言葉に化物はそう返す…その口から私の要請に快諾する言葉が響いたと同時に、身体に刻まれた術式が起動し…その肉を焼く。
「……残念だが〝嘘〟は言わない方が良い…今の様に術式が君を罰する…真実だけを吐いてくれれば我々も手荒な真似はしないのだがね?」
私は椅子に腰掛けながら、肉の焼ける匂いを放つソレへそう言う…それに対し、その男は面倒臭そうに、或いは困った様な顔で自身の身体を見詰めて肩を竦ませる。
「君の前の尋問官にも言ったんだがなぁ…別に俺は〝嘘〟を吐いている訳じゃ無いんだよねぇ…この術式が高度過ぎて、俺の〝体質〟と厄介な噛み合い方をしてるだけさ」
男が言う度に、その身体は傷を増す…既にもう何度も同じ事を繰り返したのか、その顔は平然としているものの、その服の隙間から見える身体は見るも悍ましい〝爛れた肌〟をしていた。
「ほう?…その体質とは何かな?」
「何、単なる〝呪い〟だよ…生まれついてこの方数百年、片時たりとも外れない不愉快な〝呪い〟さ…〝穴だらけの心臓〟、〝伽藍堂の心〟…そんな所か?…兎も角、そんな体質だから…こうして俺のスカスカな言葉にこの術式は反応してる訳だな…流石に、こうも話しの邪魔をされると煩わしいがね」
そう言う男の言葉は如何にも軽く…重みを感じさせない…そんな言葉を吐きながら、今度はその男が私へ言う。
「――しかし面白いな、まさか〝悪魔〟が人間の導き手として居るのか…いや?…〝神に仇なす者〟として神に対立するならそう可笑しくはないか?」
「ふむ…」
「おっと…気を悪くさせたか?…大丈夫大丈夫、お前の素性を誰彼に明かす真似はしないさ」
男はそう言うと、私を見てクツクツと笑う…そんな彼の様子を観察しながら、私は問う。
「――では改めて問うよ…君は何者で、彼等との関係は?」
私がそう言うと、彼はその視線を薄ら寒い物に変えて…それから、全く同じ笑みでまるで違う雰囲気を纏いながら…不気味な笑みで私へ言う。
「俺は〝空虚〟…或いは〝道化〟、〝屍肉喰らい〟、〝ヒトデナシ〟の〝化物〟…人として生まれたその時からずっと、〝人に成れなかった紛い物〟だよ、奴等との関係は…コレは良いか、言ってしまえば〝同盟関係〟だった…まぁ、互いに機会を伺って殺そうとしてたんだがな」
「ほう?……君は〝彼等の味方〟じゃなかったのか?」
「まぁ、利害関係が一致しただけの提携相手だよ…俺は〝お前達の足掻く姿〟を見たかった、彼奴等は〝お前達を殺したかった〟…だから、奴等は俺に働き掛け、俺を駒として起用した…そう言う関係だ」
男の言葉に、私は考える…もし、仮に今…この魔物が敵では無いのなら、〝仲間〟に出来るのではないか?……と、そう考えた矢先に…その男は私の思考を制して言う。
「――残念ながら、ソレは無理だなMr.デーモン…俺は確かに〝此処に居る〟が…俺が居る事で〝結果〟が変わる事は無い」
「?……どういう事かね?」
「本来俺は〝此処に居ない存在〟だ…ソレが〝正しい筋書き〟で、俺が居るのは、何処ぞの馬鹿の気紛れに過ぎない…そして、コレが俺の〝話〟では無い以上…俺はただの賑やかし以上の価値を持たないのさ…そう言う〝役割〟で、〝決まり〟だ」
その言葉に、私は思考する…だがそんな私をも彼は制して私へ告げる。
「――まぁ何だ…お前達は既に〝手札〟を揃えたんだろう?…後は〝プレイヤー〟次第で勝敗が決まるんだ…よ、この〝ゲーム〟は」
彼はそう言うと…いつの間にやら私の側に身体を寄せ…その目を私に合わせて…言う。
「ただまぁ…折角会いに来てくれたんだ…俺なりにお前へアドバイスをすると……〝神は盆栽の扱いが下手〟だって事くらいだな」
「……益々分からんね、どう言う意味だ?」
「さて、ソレは言えんな…コレでも結構譲歩したんだぜ?…後はお前で考えるんだな」
そうまで言うと、男は疑問を浮かべる私を無視して…ニヤニヤと此方を見詰める…どうやら、これ以上は〝語るつもりも無い〟らしい。
「……ふむ…そうか…では、Mr.ゴースト…最後に一つだけ、良いかな?」
私は彼の様子に、椅子を立つ……しかし、最後の最後、ほんの一瞬だけ浮かんだ疑問を…彼へ投げ掛ける。
「ん?……何だ?」
その疑問に、彼は面白そうに問い返すが…次の瞬間。
「――〝君の魂〟には、〝何〟が有るんだ?」
「ッ―――」
私がその疑問を浮かべたその瞬間……彼の時間が〝停まった〟…。
全く不気味だった…先程まではヤケに馴れ馴れしく、人に友好的に接していた様子の彼が、何の反応も示さなく成り…その視線をただ私へ向けて居るのだから……。
「……いや、成る程…答えられないのなら構わない、済まなかったね…」
彼の様子に、薄ら寒い者を感じた私はそう言って立ち去ろうとする…だが。
「――〝教えてやろうか〟?」
扉に手を掛けようとしたその瞬間、彼の声が私を止める。
「別に、教えてやっても構わんよ…俺としては勧めんが…お前なら、多少見せても耐えるだろう…疲れるだけだがな」
その言葉に私は思わず振り返り…そして、心の奥で内心〝驚愕〟する。
――ズズズズズズズッ――
其処には…先程まで〝拘束〟されていた筈の〝化物〟が居た…しかしその化物は気が付くとその拘束を破り…不気味な程静かに佇んで、私に手を差し伸べる。
「〝この手に触れてみろ〟…そうすれば分かるぞ?…俺は警告したがな」
その手を見る…何の魔力も宿さないその手…脅威など欠片も感じなかった…だが。
「……」
私の〝理性〟が警鐘を鳴らす…コレは〝危険な行為〟だと…今までに無い程…ソレを理解し…取るべき行動を理解している…だと言うのに。
――カッ…――
私の理性に相反して、私の好奇心が歩を進める…進める度、強まる警鐘の音とソレを上回る〝好奇心〟…そして、遂に最後の一歩、〝最後の分岐点〟に立ち止まり…私は決断する。
「――そうか…〝選んだ〟か…」
その瞬間…彼はそう言い、その瞳を閉じる…そしてその瞬間…色褪せた〝紫の瞳〟が私を見て言う。
「ならば〝望み通り〟見せてやろう…〝大馬鹿者〟め」
その瞬間…私は〝暗闇〟に落とされる……底果ての無い〝暗闇〟へ…ソレに気が付いたその刹那、私は引きずり込まれる様に、その暗闇の〝奥〟を視た其処には。
――………――
〝狂気の混沌〟が、有った…ソレは赤く、青く、黒く、白く、丸く、刺々しく、不可思議で規則的、恐ろしく、温かく醜く美しい…相反を含有し、〝矛盾〟が〝矛盾していないと言う矛盾〟…私の心はソレに蝕まれ、そして…同時に〝理解〟する。
――コレは〝ニンゲン〟では無い――
……と、人間の魂では無い、化物の魂でさえ無く…ただただ、悍ましい〝何か〟のカタチに、私の心が嫌悪と吐き気に満たされる…そして、その嫌悪が溢れ出さんとした…その瞬間。
『――』
「――〝はい終わり〟…さて、どうかな〝Mr.〟…御目当ての物は見れたかな?」
一瞬…何かを垣間見たと思ったその刹那…私は〝其処に居た〟…。
「君が誰か覚えているか?…私の姿は何に見える?…絶世の天使か?…それとも悍ましい肉塊の化物か?…人か、獣か、雄かな、それとも雌?」
「嗚呼、あぁ…いや、ちゃんと覚えている…憶えているよ」
「――ならば宜しい、好奇心を抱くのは結構だが引き際を間違えては行けない…気を付けなよ?」
彼は私へそう言うと、踵を返し元の位置に戻る…そして、何事も無かったかの様に自らに首輪を嵌めると…また、元の不気味で薄っぺらい人の顔を纏い…私を見送る。
「嗚呼…肝に銘じておこう」
私は彼の警告へ、そう返し…自らの好奇心を戒めながら、その収容室から立ち去るのだった。




