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魔人教授の怪奇譚  作者: 泥陀羅没地
第九章:かつて神で在った者達
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道化師は踊り狂う

血飛沫が舞う…三つの影が、大地を壁を、空を駆け回り…凌ぎを削り合う――。


「〝削られてる〟のは俺の身体なんだがな!」

「「――逃がすかァッ!」」


芝居掛かった所作と、鋭い殺意の衝突はその場に苛烈で、熾烈で、痛烈な〝闘争〟を産み落とす…〝筈だった〟…。


――ヒュンッ!――


「ハッハッハァッ…そうら、追って来い鬼畜生共ッ、温い一撃じゃ殺せんぞ!?」


しかし蓋を開けてみれば〝激闘〟の兆しはほんの一瞬だけしか咲かず、屍の道化は何を思ったのか突如攻撃を止め、嘲弄を奏でながら逃げ回る始末。


「チョロチョロと逃げ回りおって、卑劣な野郎ぞッ!」

「その足、削ぎ落としてやるぞ小童ッ」


そんな〝鼠〟の挑発は、二人の怒りを煽り…二人の修羅は轟々と猛る殺意を放ちながら、男を追っていた。


「ヒュウッ、懐かしいねぇ昔を思い出す…こう言う〝直情的〟な奴を煽るのは楽しいねぇ♪――特に」


そんな中、男は雑居ビルの合間を縫い進み…迫る影の手が伸びるのを尻目に、深く笑みを浮かべる…その瞬間。


「――〝罠嵌った瞬間〟の顔は、格別〝美味い肴〟に成る♪…安酒も至上の美酒に早変わりってなぁ♪」

「「ッ!?」」


〝道化〟の身体が膨れ上がる、ソレは瞬時に人の身体を捨て…膨張し、肉と骨を無理矢理に繋ぎ合わせ、四肢に牙、羽、目玉、耳を出鱈目に張り付けた様な〝醜悪の大蜥蜴〟を生み出すと…無数のビル群を薙ぎ倒しながら〝咆える〟……その〝眼下〟には……〝何万人の民間人〟が居た。


「『〝折角の晴れ舞台〟!――役者が三人だけだと〝つまらない〟だろ?』」


そうニタリと、眼を歪ませるソレはそう言うと…その身体を更に沸騰させ…〝膨張〟する…その様は〝水風船〟の様に。


「さぁ〝勇者〟…お前達は何方を〝選ぶ〟…〝化物狩りの殺人鬼〟か…それとも〝人を護る人間様〟か?」


その声はそう、嘲り一杯に紡がれるとその瞬間…その身体は弾け…その中からは、何千もの〝人の死体〟が…地上へと降り注いだ。


「ッ――野郎!?」

「――チッ、面倒な…!」


その光景を空中で捉えた〝伊方武〟と、〝黒乃刃〟は…その光景に眉を顰める…気が付けば〝道化〟の姿も、その場所から消えていた。


僅か数秒の猶予だけを与えられ、迫られる〝選択〟…今正に地面へ降り注ぐ〝人の雨〟は、直に混乱を呼び起こし、〝死者と生者〟の境界は撹拌されるだろう…この一瞬こそが、己等の〝勝敗〟…その分水嶺だと、二人は即座に〝認識〟する。


では、如何にして…〝打破〟するのか…二人の武人は僅か数秒の内に、まるで走馬灯の如く汎ゆる知恵を引きずり出し…思考し、そして結論を〝同じくした〟…即ち。


「――〝爺殿!〟」

「〝小僧ッ!〟――」


――ゴウッ――


「「〝鏖〟じゃぁッ!」」


圧倒的技量による、〝鏖殺〟…。


「〝鍛造具現〟――〝刻銘〟…〝鬼噛牙(おにかみきば)〟…爺殿!」

「クハッ!――〝良い刀〟じゃなぁッ!――〝任せい〟!」



伊方の手に、異様に長く曲がった刀が生み出される…獣の牙の様にも見えるその刀は、禍々しい怪しい気配を醸し出しながら…刀身を煌めかせる…そんな、見るからに〝曰く付き〟の刀を受け取りながら、そう笑う翁の顔には…恐ろしい〝鬼〟が居た。


――ビキビキビキッ――


翁の身体から噴き出していた、暴風が如き〝闘気〟は…突如、急速に収縮し…翁の身体へ収められていく…その突然の出来事に、眼下の市民達は気付かない…だが、その場に居た、〝野生の者達〟は…その変化に〝畏怖〟する…。


何故なら…その、〝不気味な程静かな気配〟の、遥か奥底に有る…〝決して衰えない殺意〟を…彼等は自らの無意識によって知覚していたが為に。


大地へその身が落ちていく…数秒と経たず…大地へ足を着くだろう…大地に落とされた〝亡者〟達も…皆、その身体を起こし始めた頃だ。


「……へ?」


〝近く〟に…その〝翁〟が降り立つ様を、偶然捉えていた少年の口から…そんな声が漏れる…何せ、彼の目には…空から異様な風貌の老人が落ちて来たと…そう見えたその瞬間…老人の姿は掻き消え――刹那。


――ズパァンッ――


周囲に居た…何十、何百、何千人の〝老若男女の首〟が…宙に舞ったのだから…。


「〝神速〟…〝音去〟――フゥゥッ…老体にゃ、堪えるわいッ」


瞬間…至る所で恐怖の叫び声が響き渡り…散り散りに逃げ惑う彼等を尻目にそう言いながら…その老人は、少女の目の前で…同じ体躯をした〝少女〟の首を刎飛ばした…。


「――コレで〝全部〟…後は――」


〝本命の道化〟を探すだけ…そう、口を開こうとした、その瞬間。


――ヌラァ…――


ヌメリッ…と、粘性を帯びた、生温かい嫌な気配と…不快な視線が老人の身に向けられ、反射的にその視線の先へ刃を振るった…その瞬間。


「――いやぁ〝見事〟…本当に人間か?…お前」


老人の横腹を…一人の少女が首を刎ねられる事さえ厭わずに貫いていた…。


――ボトッ…――

――ザザァッ!――


「グッ!?――ガハッ…!」

「〝可笑しい〟…〝屍人の匂いはしなかった〟、〝気配も何もが人そのものだ〟…〝なのに何故?〟」


数歩と距離を取る老人が、喉から迫り上がる血を吐き出す様を見ながら、少女は自らの首を拾い上げ…鈴の様な声で、老人へ告げる。


「――なぁに、難しい事は無い…むせ返る程濃い死臭じゃ鼻は効かん、最小限の魔力で動かせば瘴気だって出やしない、後は脈拍も何もかも〝模倣〟すれば、歴戦の戦士さえ欺ける…簡単だろう?」


そう笑う、その少女はそう笑いながら…手傷を負い、それでも斬り掛かる〝老人〟を見ながら言う。


「大したもんだ、お前達が優秀だとしても、数匹は取り零すかと思ってたぜ…まさか全員、一人のミスもなく斬り捨てるとは思わなかった…いやぁ、真正面からやり合わなくて良かったよ」


その少女は、周囲の屍肉を取り込みながら成長し…その姿を中性的な容姿へ変化させながら、淡々と告げる。


「しかし、コレは〝真剣勝負〟じゃ無いんだよ…飽く迄も戦争の一幕だ、〝何でも有り〟なら、お前達の様な〝歴戦〟を相手でもコレくらい訳無いさ」


その言葉は、次第に狂気を帯び…声には愉悦が滲み、その視線には熱い熱が籠もる。


「――だが、嗚呼…良いぞ、その目…その顔、何時か懐かしき我が最盛、我が舞台で踊り狂った馬鹿者共と同じ顔だ♪――ならば成る程、お前達が今宵、俺の〝最大の好敵手(勇者の配役)〟と言う訳だ…フフフフッ…やはり、〝世界は面白い〟」


やがて、ソレは遂に…その〝道化〟の皮を脱ぎ捨て…その姿、変える。


「――〝戯れ〟は、此処までにしようか…嗚呼、今度は決して〝嘘〟じゃないぞ……〝好きに踊れ〟…俺が砕いてやる♪」


霊廟を踏み締め、魂を喰らい、陽の光の届かない冥府の遥か底で、屍人を従える…〝死の王〟の姿へと…。

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