屍は人の世に、戦士は神の世に
――グチュ、グチュグチュグチュッ――
ソレは無数無尽に連なる、人の〝腕〟で在った…腐り落ち、蠢き、蛆と蝿に満ちた〝屍肉の塊〟…ソレが何も無い空間を掴み、無理矢理抉じ開ける様に這い出す様は…彼等の目に〝終末の到来〟を映す事だろう。
――ギョロッ――
阿鼻に叫する人の音が辺りに満ちる…その声に宿る恐怖を嗅ぎ付けたか、屍肉の塊はその〝泥の様な肉塊〟に無数の目玉を生やし、周囲を見渡すと…その眼を愉悦に歪ませる…そして。
――デロォッ――
その次元の間から這い出すように現れたソレは、やがて何か支えを喪ったかの様に緩慢に地面へ堕ち…その屍肉の泥を辺り一面に、濁流の如く〝撒き散らす〟…。
『『『アッハッハッハッ…やっぱり〝悲鳴〟は良いねェ…〝ちゃんと人が居る〟!』』』
そんな惨状に響き渡るのは、そんな愉悦を孕んだ〝何かの声〟…重なり、連なり、複雑な出鱈目な声を紡ぎ上げるその声と共に…〝屍肉の泥〟は小さな〝収束〟を始める。
「――しかし、幾ら〝罰〟とは言えどもサァ…流石にこんな扱いはヒドイと僕ァ思うんだァ」
その男は、肉の塊から生まれ出た〝ヒト〟…その皮を纏い、伽藍堂な声を鳴らしながら…大袈裟な身振り手振りでそう憂う…しかし、その異様な程端正に整った顔立ちには、嫌らしい愉悦と、隠す気のない邪気と狂気が溢れ…正常な人の精神を蝕んでいく。
「〝独りで侵略しろ〟何てさぁ…確かに俺なら〝此方〟でも動けるけど…せめて竜とか兵とか、使える人員くれないかなァ…実費で賄えとかブラックどころか漆黒極め過ぎてるだろ」
やがて、そんな彼の声も他者に届かない程…静寂で満ちたその場所で男は一人芝居を止めると、直ぐにその顔を〝不気味な程怪しい笑み〟の仮面で覆い隠す。
「――まぁ、詳細な〝命令〟は来てないし、向こうからの支援も無い事だ…此方は此方で、好きにやらせて貰おうか♪」
男はそう言うと、爪先を立てて軽く地面を小突く…それだけの動作で、真っ黒な墨の様な〝泥水〟に波紋を呼ぶ…そして、その波紋蛾隅の隅にまで行き渡った時。
――ゴポッゴポゴポッ!――
黒く泥付いた腐肉が泡立ち、不気味に〝何か〟が浮き上がる。
「サァサァ〝お立ち会い〟!…奇っ怪で痛快、怨嗟狂気入り乱れる〝混沌の舞台〟が幕を上げるッ…羽撃くは腐り落ちた鱗の蜥蜴ッ、大地を掛ける病の獣と未練の亡者ッ…須らく全ての役者は魑魅魍魎!…さぁさぁ、人よ逃げ惑え、絶望し、命を乞え、骸の耳には届かないがね!」
その飛沫からは、腐った肌を纏い泣き叫ぶ竜の群れが空を飛び、大地には肉食草食、人も獣も問わない〝屍肉〟が目的も無く駆け出していく…誰が見ても〝異様な化物のパレード〟の中心で…その男は快活に笑い…演劇の上で踊る道化の様に、〝首魁〟を演じる。
「――それとも…或いは万が一、否々ッ億が一この私を打倒さんと立ちはだかる〝勇者〟が居るのなら…或いはこの〝死の演劇〟を馬鹿げた〝喜劇〟に塗り替えてしまえるかも知れないなぁ?」
そして、そう言うと…その〝笑み〟を…太陽へ向ける…その瞬間。
「「キェェェェリャァァァッ!!!」」
陽光を背に迫る〝狒々の叫び〟が、演劇の舞台へ降り注ぎ…道化の両の腕を〝刈り取る〟…。
「――見事な討ち入りだッ♪」
自らの舞台に乱入した〝二人〟を見る…〝道化〟の顔は…濁った愉悦に満ちていた。
○●○●○●
――ギリィィンッ――
火花を散らし…二人の得物が競り合う…しかし、その拮抗は長く続かず、アレスの踏み込みは字波美幸を後方へ押し飛ばす。
「ッ――〝切り裂く赤霧〟!」
その攻撃に字波美幸は堪えながら片手をアレスへ向け、その手から濃い紅の霧を飛ばす。
――ザザザザンッ――
「ぬぅッ…中々やるな…!」
その霧は包み込んだアレスを不可視の刃で斬り裂く…その傷から発せられる苦痛と血に、アレスは口端を歪ませながら無造作に振り払う…その瞬間。
――バチバチバチッ――
「――むぅッ!?…その〝力〟は…!」
「――よぉ、始めましてだなぁ〝カミサマ〟!」
濃霧が晴れたと同時に、入れ替わる様にして白雷を纏った青年が威勢良く現れ、拳を振るう。
「――景気付けに〝食らえ〟や!」
その拳は正しく、〝雷霆〟が如く…アレスの知覚にも、〝3発〟の動きしか捉えられなかっただろう…だが。
――ザザッ――
「グオォォッ!?――馬鹿…な…!?」
その肉体に刻まれた、〝何十の拳〟の跡が…克明に、その青年の〝成した神業〟を証明する。
「ッ――流石〝孝宏謹製〟の〝人造神器〟だぜ…ちゃぁんと手に馴染むし、〝テメェ等〟にも通じやがる♪」
そう言う青年の拳には、鈍色に黄色の紋様が刻まれた〝メリケンサック〟が握られ…その拳具は青年の魔力に呼応して、凄まじい〝雷霆〟を周囲へ奔らせる。
――ビチャビチャビチャッ!――
「――まさか、〝親父殿〟の力を扱う奴が居ようとは!…不敬で罰当たりな奴が居た者だ…!」
「あぁ?…罰も糞も俺ァ元から無神論者の罰当たりだぜ、今更カミサマに媚び諂うかよ!」
冷や汗を流しながら、口から迫り上がる〝異物〟を吐き出して…アレスはそう言う、その言葉に青年…白鵺翔太がそう返すと、その瞬間。
「――クハッ…〝生意気で威勢の良い小僧〟だ………〝お前も気に入った〟…!」
アレスの顔に…勇猛な〝笑み〟が浮かび上がった。
――ゾッ――
その瞬間、彼等5人を巻き込み…辺り一帯に息も詰まるような威圧が撒き散らされ…アレスが口端の血を拭い…5人の〝人〟を見て笑う。
「――良い、良いッ!…お前達は、何時ぞやの〝兵士達〟とは比べ物にならん〝力〟を感じる!…態々他の奴等を差し置いて独り向かって正解だったか…クククッ!」
その顔に、無邪気な子供のソレを思わせる程の喜色を浮かべながらアレスはその〝大剣〟に手を掛ける。
「――〝お前達〟こそ、この俺と真の意味で〝戦い〟を為せる〝英雄〟と見たッ!」
そして…その大剣を軽く構えながら…5人へ人差し指を差し…言う。
「――いざ、〝死合〟と行こうではないか!」
否応の返答は無く、アレスはただソレだけを告げると…大地を踏み砕き、5人の〝人間〟へと自らが〝勝負を仕掛ける〟…。
それから数秒と待たずして――。
――ズドォォンッ――
〝破壊〟が…神々の大地に齎されるのだった。




