大地の底で待ち受ける者
――ズズズズズッ――
空間が〝歪む〟…蒼く澄んだ空、緑の覆う大地に、似つかわしくない〝歪み〟が…幻想を蝕む。
明らかな異常…ソレを認識していながら…〝世界〟はまるで、何事も無いかの様に巡る…否、事実気付いていないのだ。
――ズズズズズッ――
音も無く、広がるソレは…其処に住まう生命の眼には〝映らない〟、〝聞こえもせず〟、〝触れられない〟…その様はまるで。
『〝転移門〟――〝同調機能クリア〟…〝第三型転移侵入門〟――〝静霊〟…開通します』
〝亡霊〟の様に…ソレは其処に在った。
――スタッ…――
「――此処が…〝敵陣〟か…」
「成る程、道理で〝幻想種〟が闊歩してる訳…魔力濃度が現代の比じゃないわ」
「常人なら魔力に充てられて、中の魔術回路が暴走する…何て事も有るやろねぇ…」
その〝穴〟から、幾人もの鋼の装具に身を包んだ者達が現れ…ソレ等の中で、取り分け〝異色〟を放つ四人が、集団の外側で…そう口々に言い合う。
そうして初めて、〝世界〟は其処に有る〝異物〟を認識する…。
「――〝転移門〟を維持出来る制限時間は〝1時間〟、それまでに…この世界に形成される〝地脈〟を見付けるわよ」
…神々が生み出した旧き楽園に…〝蟲〟がまた……入り込んだ。
●○●○●○
「――〝天鋼級魔術師〟…及び、〝字波美幸〟の転移門通過を確認した」
「ん…了解、了解…少し待ってくれ…良し〝出来た〟」
八咫烏の〝局長室〟…其処から映像を観察していた局長の言葉に、私は右手に構築した術式を〝構える〟…。
――キュィィンッ――
「さて、動かないでくれよ勇君…結構神経を使うんだから」
「……〝安全性〟は保証されるのか?」
私の言葉に、彼はその仏頂面を僅かに顰めてそう問う…当然、心配は無い。
「――問題無いよ、少しの間だけ記憶を書き換えるだけでね…時間経過で術の効果も薄れて行く、後遺症も無いよ…試した事は無いけどね」
「……やるしかないか」
「残念ながら」
私達はそう言うと、その術を射出する…弾丸の様に放たれたソレは、私と局長の頭骨を貫通し、その衝撃で我々は一時的に〝仰け反る〟…。
――ガタッ…――
「――っと!…いや危ない危ない…立ち眩みかな…長い間椅子に座っていたからねぇ…大丈夫かい勇君?」
「ん…あぁ、問題無い…それよりも、〝時間〟だ…〝全員〟集まっているだろう」
「そうだね、それじゃあ――」
少しふらつく足を御し、我々は局長室の出口を目指し進む…その先には。
「いざ、〝母の眠る大地〟に足を運ぼうか…いや、足から落ちるが正解かな?」
「何方にせよ〝命懸け〟だろう」
「当然さ、コレは〝戦い〟なのだからね」
前人未到の試みが…待ち構えていた。
○●○●○●
「やァやァやァ…〝全員〟集まってくれた様だね!」
その声が響くと同時に…無数の視線が、此方に歩み寄る二人の影を貫いた。
「――おや?…随分と気不味い雰囲気だが…何か有ったのかい?」
その一人…鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌な青年はそう言いながら、その顔を不思議そうに歪め、そう問う…しかし。
「――なんてね♪…〝緊張している〟んだろう…無理もないさ、何せ我々は今から…紛う事無き本物の〝神〟に…会いに行くのだから」
〜〜〜〜〜〜
「――〝女神に〟…」
「〝会いに行く〟…!?」
私達は…そう、目の前の恩師から放たれた言葉の矢を…辛うじて紡ぎ上げる。
それは凡そ狂人の戯言だ、まやかしの甘言と言い換えて言い…何方にせよ〝有り得ない話〟だと、かつての己等ならば突っぱねただろう…それ程の〝大言壮語〟…しかし。
――ゾワッ――
私達は知っている、〝神の実在証明〟を…神が本当に存在し、その力の凄まじさを知っている…そして…。
「本気で…言っているんですか…孝宏先生」
〝神〟と言う…私達を滅ぼさんとする〝強敵〟に会いに行くと言う〝危険性〟を…私達は、その人は知っている。
「――無論〝本気〟さ、でなければ馬鹿馬鹿しい程荒唐無稽なこの〝話〟を、こんなにも丁寧に〝対策〟を取り、君達に教えないだろう」
それでも尚、その危険性を知りながらその決断を下したその人に、私達が問うと…その人はそう言い、話を続ける。
「〝危険性が無い〟…とは言わない、しかし私は現有する情報を全て目に通し、其処から思考に思考を重ねた結果…〝こうする事〟が一番の〝最善手〟だろうと判断した…既に〝手筈〟は整えている」
「タカヒロ、ソレに私達が参加する理由は有るの?」
「――無論有る、ソレこそ君達が居るからこそ、〝この作戦〟は機能すると言っても過言では無い」
そう言うと、その人は私達に手を差し出し…その顔に真剣さを帯びさせて告げる。
「〝誓う〟よ…〝決して君達に危害を加えない〟と…だから、〝協力〟してくれ」
その言葉に、私達は…少しの間黙考を重ね…そして、結局…。
――ギュッ――
「「「「「「〝勿論〟」」」」」」
そう〝返した〟…。
〜〜〜〜〜〜
孝宏先生の言葉を聞きながら、私達と、その場に居る六名の〝職員〟が、沈黙と共に〝その人〟と、〝其処に有るモノ〟を見る。
「――〝神〟に会いに行くには、〝此処〟を通らねば成らない…〝神の住まう世界〟、其処に通じる〝穴〟だ…ただの底無しの〝穴〟だと思うかい?…確かに、〝魔力を感じない〟所を見ればそう思うかも知れない…だが、〝違う〟…そも前提が違うのだよ諸君…〝神は何時だって其処に居る〟…我々が踏み締める大地こそ、〝神そのもの〟なのだよ」
其処には、真っ暗闇を底に貼り付けた…人が100人一塊に飛び込んでも余裕で包み込める程の大穴が空いていた…目を凝らせど漆黒しか映さないその〝闇の中〟を…私達は固唾を呑んで見守り…そして。
「――御高説はまた後で、時間も押している事だ…それじゃあ〝早速行こうか〟」
その言葉と共に…私達は〝覚悟〟を決める。




