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魔人教授の怪奇譚  作者: 泥陀羅没地
第九章:かつて神で在った者達
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戦神の刃が屠るモノ

――ブツブツブツブツッ――


「〝天と地を統べる者よ〟、〝偉大なる支配者よ〟、〝十二柱の大いなる意思を崇める事を赦し給え〟」


其処は、簡素な一人部屋…其処に充てがわれたその娘は、その擦り切れた衣類を、支給された衣服と取り替える事も無く…ただ無我夢中で〝祈り〟を彼方へと捧げていた。


「〝私は大いなる主へ告げる〟、〝私は任を果たしました〟、〝大いなる主に歯向かう者共の巣窟を見つけました〟」


その祈りは、小さく隠れ潜む様に紡がれ…その娘は、天を見上げる様に畏怖と焦燥に染まった顔を露わにする。


「〝偉大なるオリュンポスの神々よ〟…〝どうか救済を〟…!」


そして、一度祈りが途切れ…辺りには静寂が漂い…その娘の心臓を満たして行く…その祈りの名残が消え…その娘は何度目かも分からない〝祈り〟に淡い絶望を抱いた…その瞬間。


――ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ!――


「ッ――来た!…嗚呼、偉大なりし〝我等が主〟よ!」


部屋全てが主に染まり、けたたましいサイレンの音が耳を苛むその〝異常事態〟に…彼女は錯乱した笑みを浮かべ…安堵する。


コレで己は助かるのだ…と。



●○●○●○


――ザッ…ザッ…ザッ…――


「……」


地を、草を踏み締めて…ソレは雲さえ退く陽の光を背に立っていた。


その出で立ちは〝人〟で在り、その矮小は…この地に住まう魑魅魍魎にとって取るに足らない〝捕食の対象〟でしか無かった…。


「――〝下らん〟」


しかし…その者は、言う…己の天上を飛び回る竜達へ?…或いは己の足の下を潜む〝蟲達〟へ?…或いはその何方にも向けて放たれたのか…〝不満〟を紡ぐ。


――カチンッ――


その大男は、己の巨躯に見劣りしない程、長く、大きく鍛え上げられた〝長剣〟を抜き…ソレを天に掲げる……瞬間。


――ブワァッ!――


その五体から放たれる圧倒的な〝力〟の暴力が…地を、天を駆け巡り…その圧力に〝生命〟は退く…。


「〝アレス〟の名に於いて父に誓う…我が一撃は、愚かな賊軍を討ち果たすと」


そう男が告げた…その瞬間…膨大な魔力はその〝剣〟に収束し…ソレは振り下ろされる…そして。


――ズッドオォォォォォンッ!!!――


耳を劈く〝破壊〟の衝撃が…大地を斬り裂いた…。



○●○●○●


――ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ!――


微睡みに耽っていた彼等は、その警告の悲鳴に目を覚ます。


白い室内は暗転し、赤い蛍光灯が明滅するその様は、まだ意識の混濁とした彼等にさえ、〝危険〟を知らしめるに相応しい働きをした。


「『〝警告〟――コロニー上空に膨大な魔力反応を検出、全職員…早急に管理区域へ避難して下さい』」


通路の各所から彼等の足音が響き渡る、そんな彼等を急かす様に警告は発信され続ける…だが。


――ガシッ――


「ッ!?……〝ナース〟!?」

「此方へ来なさい!」


慌てふためき、人々の阿鼻叫喚が響き渡る中…急ぎ駆け出す〝ジャック〟を掴んで呼び止める〝ナース〟が…その行為に驚きの声を上げるジャックの声を無視して〝医務室〟へと駆け込む。


「〝このコロニーは終わる〟――この場所が〝奴等にバレた〟」


その言葉に、ジャックの脳がその要因を弾き出す。


「〝あの女〟…!」

「そうだ、あの娘をこの場所に招き入れた時点で〝負けていた〟」


怒りと焦燥に震えるジャックの言葉に返しながら…〝ナース〟は、己の机に置かれていた〝機器〟を操り、立ち尽くすジャックへ告げる。


「魔力反応の数値は〝膨大〟だ…ソレがこのコロニーの直上から〝迫っている〟…このコロニーに備えられた防壁術式でも、3秒と保たないだろう…管制室に居る9割9分は死ぬ…〝運が良くて〟ね」


己の死が迫っていると言うのに、その女性は嫌に俯瞰して者を告げる…その様子に、ジャックは思わずその視線を彼女へ向けると――。


――ジッ――


普段は気怠げな彼女の瞳と、刺すように鋭く強い決断力に満ちた眼と目が合う。


「管制室…いや、コロニー全域の魔力炉で〝1人〟を防壁で覆えば確実に生存出来るだろう…だが、〝アーロット〟はソレをしない…彼は〝指揮官〟として正しくは成れなかった…彼は何処までも〝人〟だったんだよ」

「な、何を言って――」


そして紡がれる、彼女の言葉に、ジャックが困惑する…その時。


『〝心異体〟の〝要請〟を確認…〝承認〟』


そんな機械的な声と共に、〝ナース〟と呼ばれていた彼女の身体が〝変化〟する。


「アレでは良くも悪くも〝運ゲー〟だ…〝確実性〟が保証されない…だから、私は〝私の判断〟で〝もう一つの保証〟を用意する事にした」


彼女は言葉と共にジャックへ近付き…己の〝心臓〟に指を差し込む。


「ッ何して――!」


思わず叫ぶジャックの言葉に、ナースは口端を紅く染めた笑みを浮かべ、彼へ言う。


「私は〝生命を繋ぐ者(ナース)〟…そう〝在れ〟と〝創造主〟へ創られた〝人工生命体〟…〝心異体〟と言う、〝創造主の意思〟から分かれた子機なのさ」

「は…!?」


彼女の〝公開〟に、彼は一瞬理解出来ず立ち尽くす…そんな彼へ、彼女は己の心臓を引き抜き…彼へ押し付ける…その手に握られていたのは、〝血に濡れた鋼鉄の箱〟だった。


「〝鋼鉄の私〟だ…其処には私の五感、記録の全てが〝集約〟されている…万が一の保険に、備えられた〝予防策〟だ…コレを〝君に託す〟」

「ッ――待てよ、結局このままじゃ全員死ぬんだろ!?」


それなら意味が無い…そうジャックが口にした…その時。


――ブワッ――


彼女の身体から放たれた魔力が…ジャックを包み込む。


「――〝私の全て〟を…〝魔力〟に変える…人工生命として〝最適化〟されたこの身体は、極めて魔力との〝相性が良い〟…〝人型の触媒〟と言い換えても差し支えないだろう…コレを増幅器に…君へ〝防郭術式〟を施す…燃料と成る〝魔力〟は…〝人を形作る要素〟…〝叡智〟を手にした〝創造主〟さえ…〝無からの創造〟が叶わなかった〝物質〟…そう」


――ボロッ…――


「〝私の魂〟…だ」


その言葉に、ジャックは慌ててナースへ手を伸ばす…だが。


――ゴンッ――


その手は、硬質な〝殻〟に覆われ、彼女とジャックは分かたれる。


「ッ――待てよ、〝ナース〟…それじゃあお前が死んじまうだろうが!?」

「そうだ、私は間違い無く〝死ぬ〟…だが、コレが〝最善〟だ――」

「巫山戯んなッ、今直ぐこの術式を解けッ!」

「それは出来ない…術式を解けば今までの苦労が水の泡だ…彼等の犠牲さえ無駄に成り兼ねない」

「ッ――何で…じゃあ何で〝俺〟何だよッ!…何の能力も無い〝俺〟じゃなくてお前が行けば良かっただろう!?」


ジャックの叫びが、最早喧騒さえ薄らいだ医務室に響き渡る…揺れが迫りくる中で…ジャックの慟哭に、彼女は…〝ナース〟は続ける。


「私の〝肉体〟で無ければ、〝増幅器〟には成り得ない、例え〝魂〟を代替できたとしても、私の肉体がその出力に耐え切れる事は無い…そして、例え〝魂の代替〟が選択肢に有ろうとも…私は決して〝ソレ〟を選ぶことは無い…何故なら私は〝ナース(看護師)〟なのだから…〝私欲で生命を扱うつもりはない〟」


その言葉は、彼女の信念かの様に強く…心から告げられる…そんなナースに…ジャックは、それでもと…別れを拒む子供の様に、ナースに手を伸ばす。


「――だからって…こんな〝別れ〟は無いだろ……俺は…〝アンタが好きだった〟…!」

「ッ――!」


その言葉に、今度はナースが驚く番だった…そんな彼女の様子を知らず、彼は…項垂れる様に続ける。


「例え数週間の出会いでも…例え軽薄な恋の錯覚だと言われようとも…俺は確かに…〝アンタ〟に惚れたんだ…〝愛していた〟んだ…!」


そう哀哭するジャックの頬を涙が伝う…そして。


――ペタッ――


「――嬉しい事を言ってくれるじゃないか…〝ジャック〟」


その言葉に、ジャックが顔を上げる…其処には、崩れ行く身体を支えながら、彼と己を隔てる殻に触れ…嬉しそうに、気恥ずかしそうに笑う〝ナース〟の姿が在った。


「――アンタが死ぬなら、この席を誰かに譲って…アンタの隣に居たかった…」

「――それは駄目だよジャック、嬉しいがソレは無理だ…何せ私は、〝好きな人〟には長生きして欲しいタイプの〝人間〟だからね」


そう、言葉を交わし合う…その幾ばくかの時間を経て…〝滅び〟は訪れた。

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