一番弟子と二番弟子
――ガラガラガラッ――
学園の旧館…その片隅の一室を開き、私はその部屋の主である人物へ声を掛ける。
「あの!――孝宏先生!」
「む?…お〜…んん…あぁ、椿君か…入り給え…茶菓子と茶を用意しよう」
寝ぼけ眼を擦りながらそう言うのは、普段の理知的な、或いは老獪な雰囲気を潜ませ、その見た目に違わないあどけなさを感じさせる〝魔術師〟…私の〝師匠〟である不身孝宏先生。
――コトッ…――
「店売りの安物袋菓子だが食べると良い…高級品は好奇心から食べた事が有るが、私の様な庶民は大雑把な甘味が舌に合う」
「でも、最近じゃ店売りの品もかなりレベルが高いですよ?」
「生憎この年になると繊細な味の判別がつかなくてね…このやっすいキャンディやキャラメルが美味い」
そう言いながら口に個包装のキャラメルを放り込み、師匠は話題を変える。
「――今日来たのはアレだろう、以前言ってた〝一番弟子〟の話だったね?」
「はい!」
「宜しい…今の時間ならグラウンドの一角で鍛錬に励んでる事だろうね…良し、行こうか」
そうして私は先生の後を追い…歩く先生へ質問を投げる。
「あの…その一番弟子さんはそんなに…ストイックな方なのでしょうか?」
「ふむ…いや、何方かと言えば彼女は〝活発的〟なだけだね、兎にも角にも元気溌剌、良く食べ良く眠り良く遊ぶ…幼稚園児がそのまま知恵と理性と肉体を成長させた様な〝純朴な少女〟だよ…君とはまた異なるタイプだが、気が合うだろうさ」
「そうでしょうか…」
「きっとそうさ、良くも悪くも彼女は純粋だからね…善良で穏やかな君と相性は良いだろう……さて…彼女は…嗚呼、居た居た」
先生はそう言い、グラウンドに集まり各々模擬戦で、的当てで其々鍛錬、試行錯誤を繰り返す学生達の海の中から一目見て私の手を引き歩き出す。
「――……あ」
そして先生の進む先には、一人の〝女の子〟が居た…凄く綺麗な女の子が。
――ブンッ――
「ハァッ…ハァッ…」
その子は魔術師に似つかわしくない…そう、有り体に言えば剣を持ち、素振りをしていた…。
その息遣いは熱が籠もり、少女の美しい黒髪が素振りに腕を振るう度揺れ、その引き締まった身体を汗が伝う…陽の光で活力に満ちたその少女の姿は、私には酷く〝美しく見えた〟…。
「やぁやぁ結美君…先刻アレだけ打ち合ったと言うのにまだそんなに元気とは末恐ろしいねぇ……いや、本当に」
「ッ!…あ、教授!」
しかしそれも束の間、先生の声に反応したその少女は、先生が掛ける言葉に気付くとその空気をガラリと変え、先生の元へ駆け…その背後の私へ気付くと首を傾げて先生を見る。
「先生、この子は?」
「私の〝二番弟子〟だ…椿君」
「は、はい!…私の名前は春芽椿と言います!よ、宜しくお願いします!」
師匠に促され、私は自己紹介と共に頭を下げる…それに対して、眼の前の少女…いや、結美さんは澄んだ声で私へ自己紹介をしてくれる。
「私は〝黒乃結美〟、宜しくね椿ちゃん!……って、それより先生!…〝二番弟子〟って事は他にも居るの?」
「〜〜♪……む?…コレは可笑しな事を言うね結美君…君が〝一番弟子〟だろう?」
「………へ?」
そうして自己紹介を終えた後、結美ちゃんはふと気付いたと言う様に師匠を見てそう言うと、師匠はいつの間にか手に二振りの剣を握り、結美ちゃんの言葉に首を傾げてそう答える…。
「私が〝一番弟子〟ィ!?」
「うん……だって君、一週間前に私の部屋に来て――」
〜〜〜〜〜〜〜〜
――カリカリカリッ――
「……ふむ…〝修行〟を付けて欲しい…と」
「はい」
「……研究畑の私にそれを望むのは酷だと思わないのかい?」
「だっていやいや、先生動けてたじゃん!それに実戦もやった事有るんでしょ!?」
「それはまぁ……だが、私よりも君に合う師は居ると思うんだけどねぇ…」
「兎に角お願い!…〝魔術大会〟には家の爺ちゃんも来るんですよ!…地獄の筋力トレーニングだけは避けないと!」
「…本音はソッチか……だが、まぁ良いだろうとも…しかし、私に師事を仰ぐと言うのなら、徹底的に君を鍛えるよ?」
「望む所!」
〜〜〜〜〜〜〜
「回想終了!……で、思い出してくれたかな?」
「確かに言ったけど、アレって弟子入りなの!?」
「少なくとも私に鍛えて欲しいと頼み込んだのなら、師弟関係にはなるのではないかな?…まぁ兎も角、君は私の一番弟子で彼女は君の妹弟子だ、仲良くしてやって欲しい」
「それは勿論!……まぁ細かい事は気にしない気にしない!」
「単純だがそれで構わないよ…さて」
――パシッ――
結美ちゃんは師匠とそんな会話を交わしながら、身体を解すよ様に軽く動く…そして、師匠が投げ渡す…〝刃の潰れた剣〟を掴み取った瞬間。
――ピリッ――
「ッ!?」
場の空気が変わった…先程まで穏やかな雰囲気を纏っていた結美ちゃんは、その穏健な雰囲気を霧散させ…肉食獣の様な鋭い戦意を覗かせて、師匠へ迫った。
――ジリィンッ――
それは、私の目には〝一瞬〟の光景に映った……大地を踏んだのを認識した、その認識から一つ瞼を下ろし、そして再び開いた時には、火花を散らす二人の剣と、結美ちゃんの攻撃を防いでいた師匠の姿が有った。
「ッ……凄く、手に馴染むね、コレ!」
「だろう?…君の愛剣を〝模倣〟してみた…これなら訓練用に使えるだろう?」
「うん!…良い感じ!」
「それじゃあ〝テスト〟と行こうか…内容は以前と同じ…〝3分以内に私に参ったと言わせる事〟、〝私の攻撃を捌き切ること〟だ…コイントスで開始としよう」
――ザッ――
そして、二人は互いに距離を取り…師匠はその手に振るい硬貨を乗せて指で弾く。
――ピィィィンッ――
ソレは、高速で裏を表を天に示しその陽光を明滅させながら空を昇り、やがて地面へとその身を沈ませてゆく。
きっと…二人にとっては酷くゆっくりと世界は動いているのだろう…傍観者の私でさえ、その硬貨の表裏を眺める事が出来る程、世界はゆっくりに見える…。
そして、コインがグラウンドの砂粒に触れ…その衝撃で砂を巻き上げた…その瞬間。
――ギギギギギンッ――
師匠と…〝姉弟子〟の中心で凄まじい剣戟の音が響き渡った…。




