肉鉄の機天使⑤
「――〝月人君〟!」
「ッ――!」
陽炎で世界が歪む…その中に…ただ一つ、〝歪み無い声〟が僕の耳に届く…ソレはつまり――。
――ガチャンッ――
「ッ――〝何時でも〟良いよ!」
勝負の〝手札〟が揃った事を意味した…。
「――限界まで奴を引き付けるッ!」
――キュィィンッ――
〝弾丸〟が内包された〝砲身〟が唸りを上げて〝回る〟その膨大な〝付与〟を弾丸へ注ぎ込む様に…けれど、その〝膨大〟は大き過ぎる、多過ぎるが故に…〝未完成〟に終わるだろう事は分かりきっていた。
(――〝問題無い〟)
全てを詰め込む必要は無い、現有時間で持ち得る強化を最大限刻めればソレでいい…。
――ゴウッ――
一歩…また一歩と、その焔の〝怪物〟が駆け迫る度に、熱気は肌身を焼き、潤いを奪っていく…それでも、霞む視界で何とか、その怪物との距離を測り、心の中で〝タイミング〟を図る。
「――計算完了…最適射出時刻は…〝5秒後〟!」
――ギュィィィンッ――
僕のその言葉に比例する様に、砲身はより強く、より激しく稼働を進め…その身を構成する術式から悲鳴を奏でさせる。
「ッ――※※※※※!!!」
怪物もまた、唸り声と共に身に纏う烈火を激しく滾らせながら…僕達の放つ強大な魔力に突撃する。
――カチッ――
この一瞬、一刹、一寸に…全ては決まる…裏返るコインの如く…簡潔に、単純に、そして…明確な…〝勝敗〟が。
――カチッ――
……其処に、〝矛盾〟は…無い。
――カチッ――
僕達は、そして恐らく眼の前の怪物は……同じ〝予感〟を感じ取っているだろう…。
――カチッ――
四の時が過ぎた…砲身は〝熱〟を上げ、焔は目と鼻の先に有る…そして、僕達は…怪物の〝一歩〟が…その大地へ伸び…その脚で踏み抜いたその刹那――。
(〝発射〟――ッ!!!)
――ガチィィンッ――
〝切り札の弾丸〟を…〝発射〟した。
●○●○●○
――ズッ――
砲身を、弾丸が駆け抜ける…銃口の中に刻まれた…五つの術式を通過して…。
――キィィンッ――
一つ通過する…その弾丸はより〝速く〟を刻まれた。
二つ通過する…その弾丸はより〝鋭く〟を刻まれた。
三つに硬く、四つに重く……そして。
――キィィンッ――
五つに〝勝利〟を刻まれた…。
そんな、彼等の〝切り札〟…思い募りし〝打開の弾丸〟を眼の前に…怪物は――。
「――ッ※※※※!」
〝勝利〟を確信し…〝嗤う〟…。
――キィィンッ――
焔の中を突き進む弾丸の前に、一陣の方陣を立て…直ぐ先に居る〝好敵手〟へ小さな嘲弄と、大きな称賛を抱き…〝吼える〟…。
〝賢智の方陣〟…それこそ、怪物が真の姿と共に、好敵手達から学んだ〝能力〟…。
放たれた術式を〝解析〟し、肉体へその解析結果を伝達し…性質を変化させる〝賢者の智慧〟から得た〝能力〟…。
ソレを前にすれば、如何なる術式だろうと相手では無い――
「――さて、それはどうかな…?」
○●○●○●
怪物が勝利を確信する傍らで…外界の〝観測者〟はその目を興味に輝かせ、そう口にする。
「――相手は強烈な再生能力をもつ不死身の魔導機…ソレを相手に、果たして彼等が強烈なだけの〝弾丸〟を切り札に選ぶだろうか?」
可能性が無いとは言えない…或いはソレを選ぶ事も起こり得るだろう…だが。
「敢えて言わせてもらおう…それは〝有り得ない〟」
コレはただの色眼鏡では無い、〝彼等〟と言う〝魔術師〟への正当な批評だ。
数多死線を潜り抜けた飛び切りの〝逸材達〟が…不死身の難敵を相手に此処まで食い下がった彼等が…こんな〝可能性〟を選択する筈がない。
「――だとすれば、〝アレ〟は何だ?」
あの眩い魔力の〝弾丸〟は、果たしてどう〝不死〟を殺すのか?…。
食い入る様にソレは見詰める、誰よりも真剣に、誰よりも夢中で…汎ゆる可能性を考えに考え…数多の否定を繰り返して……そして、遂に――。
――バチィンッ――
その〝弾丸〟は、怪物の〝方陣〟へ接触し…凄まじい〝魔力〟を散らした…。
そして、その勝敗は〝決する〟だろう……。
「ッ――フッ…フフッフフフフッ!」
――アハッハハハハハッ!!!!――
その先を〝視た〟…その男は一人、外界の座位で高らかに快哉を叫び…満足気に言う。
「――そうか、そうかぁ!…砲身から放たれたのは、弾丸では無く〝種〟ッ!……成る程なぁ…フフッ、予想外な〝解法〟だよッ♪」
そして、そう男が言った……その瞬間。
――ブワッ――
焔をさえ掻き消す程の…膨大な〝生命の魔力〟が噴き出した。
●○●○●○
――何が……起きた?……停止した思考の中で、己は今目にしている〝光景〟に…そう、言葉を紡ぐ…。
確かに…そう、確かに己の方陣と奴等の術式が接触し…〝解析〟が始まった筈だ。
――パキパキパキッ――
解析された術式が、亀裂を奔らせる…否、ソレはこの〝方陣〟には持ち得ない権能だった。
解析と触媒…ソレこそがこの方陣の役割であり特性だ…己から触媒を通じ、術式を破綻させる事は有れど、術式に触れた刹那に崩壊する様な〝能力〟は持ち得ない…。
ならば…ならばソレは何なのか…。
――パキパキッ――
「ッ――!?」
混乱に満ちた脳髄は、己の思考機能は其処までの疑問に辿り着き…漸く、〝遅すぎた模索〟を始めた。
……その〝答え〟は、当然一つに帰結する……そう。
「『――〝崩壊前提〟の術式だ』」
己の声と、もう一つの声が重なる…見れば、焔の先に有る、砕け行く〝砲身〟の前に立っていた…その男が、その眼で己を見貫いていた。
「――お前の〝方陣〟の性質は、あの時既に〝見た〟…実に厄介で万能な〝術式〟だ…良いヒントを得た」
男はそう言い、ゆっくりと亀裂と共に方陣を通過する弾丸を見ながら、言葉を紡ぐ。
「お前の〝方陣〟は、解析する対象が増えれば増える程に…その〝解析能力〟に穴が開く…お前が今、方陣から受け取っている情報は全て、僕が弾丸の外側に覆う様に〝後付け〟した〝外皮〟の情報だ」
その言葉に絶句する…この膨大な術式の情報…ソレがただの〝外皮〟だと…ならば〝本命〟は――。
「そう…〝お前の方陣〟に触れていない……〝万能〟に頼り過ぎたな〝化物〟…それがお前の〝敗因〟だ!」
――パキパキ…パキンッ――
瞬間…方陣を擦り抜ける様に…淡い、しかし強い魔力の〝塊〟が己へ迫る…焔を掻き分け、ただ一直線に己へと肉薄し…その心臓へ。
膨大な魔力は、その密度故に外を目指して躍動するが、ソレをほんの少しの〝制御術式〟が抑え込む…その技量故に…ソレは辛うじて弾丸の体を為していた…だが。
――トッ!――
その弾丸は己の胸へ触れる…強い衝撃と、ソレへ抵抗しようと身体が動く…そして、ソレは〝敗北の合図〟だった。
――バキィィンッ――
恐ろしき事だ…その不安定な弾丸は、己へ触れたその瞬間…抑圧の枷を解き…その満ちに満ち…膨張する魔力の〝暴虐〟を…辺り一帯へと〝撒き散らす〟…。
「――〝精霊の庭園〟」
いや或いは……ソレは〝暴虐〟とは程遠い……とても〝穏やか〟な敗北…なのだろう。




