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魔人教授の怪奇譚  作者: 泥陀羅没地
第七章:神殺しへの道
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家庭訪問―土御門九音―

「〜〜♪」


――キュィィィンッ――

――ドスドスドスッ――


鼻歌が岩肌を撫でる…湿気た岩には、至る所に刻まれた〝亡霊の絶望〟が掻き記され、岩肌の大部分は黒い…しかし、その岩の所々に見える微細な色彩の変化を見れば、この〝黒〟が、本来の姿形で無いことは一目で分かる。


――カッ――


そんな風に、私は〝暇潰し〟をしながら…〝客室〟で待っていると…ふと、この客室の〝扉〟から差し込んだ熱の赤い光が薄暗い部屋を照らす…、


「〜〜♪……おや?…漸く到着かね…流石に客人を待たせておいてお茶の一つもないのは、由緒正しい〝土御門家〟の沽券に関わると思うんだがねぇ…?」

「……何をして居るの…貴方?」


そして、私の居る客室を…隙間だらけの〝扉〟越しに見据えていた〝彼女〟は…〝私〟を見ながら…その光景に〝そう紡ぐ〟…うむ。


流石に此処まで来れば、惚けるのも難しいか…宜しい、では良い加減現実を見ようか。


「――何って…そりゃあ〝暇潰し〟だよ…こう何時間も拘束されては…流石の私も窮屈さを感じずには居られない…せめて亡霊の一匹でも居てくれれば話し相手位には成っただろうに…」


私は、自身の魔力の発露に呼応して突き出す、〝罰の釘〟を身体中に生やし…止め処なく溢れる血液で地面を更に黒くしながら…牢獄の奥に繋ぎ止められ、牢獄の格子の先から〝彼女〟を見据える。


「嗚呼…それともそんな彼等は君の〝御飯〟に成ったのかな?」

「―――ッ!」


私がそう女へ問うと、その女は艶めかしい黒髪を揺らし、九音君に似た顔の造形に…〝狐の瞳〟を此方へ向けて牙を剥く…少し暑いな。


「そう魔力を荒立てるなよ君…似た者同士仲良く仕様じゃないか…ねぇ…〝巫女〟の――」


私が感情を激しく噴出させる彼女へそう言葉を続けようとした…その時、それは〝妨げられる〟…。


――ドドドドッ――


全身から、彼女の魔力を取り込んだ〝拘束具〟の懲罰が剥き出しに成り…私の身体の機能を封じる…どうやら、余程この事が触れられたく無いらしい…だが。


「…善因善果、悪因悪果は世の習わしだろう?……確かに、私は他者とは違う、そしてソレ故に生じる多少の〝警戒〟、〝忌避〟は否定しないし、一々憤慨もせん…だがね、その〝受容〟にも限界と言うものは有る…」


此方にすれば、知ったことでは無い〝話〟だ。


「――〝此処まで無抵抗だった〟…その意味を良く考えてから行動に移し給え、〝小娘〟」


さて……何故〝この状況〟へ陥ったのか…知りたくば答えようとも…ソレは、〝2時間前〟の事……。



○●○●○●



「嫌だ、行きたくない」

「……何を子供の様な事を言ってるんですか…」


私はそう言い…自身の机にしがみついてそう言うと…私の隣に立つ九音君が呆れたように私へそう言う…確かに幼稚だと思うだろう…だが。


「結実君の家でも、氷太郎君の家でも酷い目に遭ったからね!…あんな重労働はもう御免だ…私は〝研究者〟であって〝武人〟では無いのだよ!」


特に今回の訪問先は〝土御門家〟…巌根家に並び、勝るとも劣らない名家であり、〝魔術師の最高峰〟…毛色は違えどその〝性質〟は巌根家と大差無い……つまり。


「――絶対に〝面倒な事〟に成る…だから行きたくない!」


私はそう言い、研究室から出はしないと言う断固たる決意を込めて九音君に開き直る…フハハハッ、私を外に連れ出せるものならやってみるが良い―――。


「……ハァ…母様からの伝言を預かっています…『本人が出向かぬのならば、如何なる事情、内容で有れども〝却下〟する』…と」

「   」

「………〝行きますよね〟?」

「………はい」





そうして私は土御門家当主の悪辣な交渉術によって、渋々ながら彼女の後ろを歩く…全く…。


「――ハァ…やだねぇ…コレだから〝生粋の術者〟は面倒だ」

「文句を言わないで下さいよ…ただの家庭訪問じゃないですか」

「いいや違うね、九音君…君は分かっていないね…〝魔術師が他者を自身の工房に招く〟と言う行為の本質を」


ソレは他者の喉元にナイフを突き付けて居るも同義だ…そして、ソレは…〝客人〟と〝捕虜〟を同列に見ていると言う事に他ならない…。


「巌根家は良くも悪くも〝武人〟としての気質が大きい…だからこそ、害意を持たない存在へは手出しをしない……だが」


――バシュンッ――


私は空を漂う〝式神〟を、路地裏で監視する〝蛇〟を、水面から覗き込む〝視線〟を軽く散らしながら…隣に来た九音君へ紡ぐ。


「――君の家は、正に〝魔術師〟の典型の様だ…外様への〝警戒心〟が飛び抜けて高い……尤も、ソレが悪しきで有るとは言わない…寧ろ、感心する〝用心深さ〟だがね」


そうこうと話している内に、私は漸く…街の南端に拡がる〝邸宅〟の前に辿り着いた…。


「……〝南方〟、〝朱雀〟、〝火の地脈〟ね…成る程…」

「?……どうかしましたか、先生?」

「――んいや?…何…ちょっとした感心さ気にしなくて良いよ…それよりもほら、早速入ろうか」


そしていざ、私達は〝門〟を…〝境界〟を超え、〝魔術師の領域〟に足を踏み入れた…。


――ピリッ――


「……ふむ」


微かに感じた〝微小な感覚〟…その瞬間私にだけ向けられる強烈な〝敵意〟…だが、ソレは私にだけ向けられた物だ…九音君には当然ながら〝向けられていない〟…。


「――お帰りなさいませ、九音様」


そんな私の事等露知らず、九音君は何時も通りの送迎に何時もとは少し違う〝問答〟を交わす。


「えぇ、ただいま皆…この人が昨日言ってた〝先生〟よ、先生紹介しますね」


其処には、日本の〝魔術師〟らしく…祭儀を行う神職の装いを纏った数名の〝仕え人〟が居り、彼彼女等は彼女へ柔らかく微笑みかけながら、彼女の言葉に視線を此方へ向ける…。


「この方達は、祖父の時代から私達〝土御門家〟の〝従者〟として努めて居る方達で…」

古城飛火(こじょうあすか)と申します…〝孝宏〟殿」


そして、恭しく一礼し…来訪者に歓迎の意を示すと、私の目を見て薄く笑う…その振る舞いは、日本人の〝おもてなし〟の精神の体現者と言えた。


「うむ、宜しく……それじゃあ早速〝客間〟に……と言いたい所だが、済まないね九音君…君は先に一人で行っておいてくれ、そして飛火殿、申し訳無いが厠へ案内して欲しい……少し催してしまってね…」

「……承知致しました…九音様、湯浴みの準備は整っております…どうぞ、ごゆっくり御堪能下さい…白理、紫…九音様のお供を」

「「ハッ」」


そして、九音君は私と離れ…私は老女の案内に従い、この屋敷の中枢へと進んでいった…。

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