芽を咲かせるのに必要なのは
――弟子、弟子?弟子!?――
逸る鼓動に〝私〟は…〝春芽椿〟は困惑と緊張、不安を募らせる。
〝魔術師の弟子〟…それも、日本最優の〝魔術師学園〟に務める〝教員〟の弟子ともなれば、それは〝天剛級魔術師〟に次ぐ〝影響力〟となるのだから…だから、私は〝分からない〟…。
「……さて、どうかな?」
今眼の前で私を見つめる…その、〝青年〟の様な姿をした〝魔術師〟…白い強力な使い魔を有し、見たことも無い様な魔法植物を開発し、挙げ句、〝特別生〟を相手に教鞭を執る人物が、何の取り柄もない…ただ父さんや母さんに言われて何とか入学しただけの〝私〟を弟子に選ぼう何て。
「え、えっと…そ、そう言って頂けるのは凄く嬉しいです!…で、でも…その、私は落ち零れで、クラスの中でも一番魔術が下手で…花を生み出すしか出来ない…ですし…」
そう、私は自分が優秀じゃ無いと知っている…誰かに注目される様な〝魔術〟は無い、魔力だって普通の魔術師よりも多いだけで、皆の様に魔力を上手く扱える訳じゃない…ただ、〝花が好き〟なだけの凡人だから…コレは何かの間違いだと思う。
「……ふむ、〝椿〟君」
「ッ……はい…」
――カチャッ――
私の言葉に、その人…〝不身孝宏〟先生はそう言い私を見て苦笑する。
「君は…〝魔術は事象の顕現〟と言う事を知ってるね?」
「……はい、魔術師としての基礎知識ですよね」
「そう、その基礎知識だが…その説明は簡素であり、〝抜け〟が有る…ソレが、意図的か、或いは其処までの知識が無いが為かは置いておくとして…兎も角、その知識は間違っていないが〝完璧〟では無い」
そう言うと、孝宏先生はその掌に小さな炎を創る。
「魔術とは〝現象の具現〟だ…だがね、何も無い空気の中から〝炎〟は生まれるかい?…何の仕込みもない灼熱の大地が、一夜明ければ蒸し暑い〝密林〟に変わるのか?…答えは〝NO〟だ…魔術とは所詮、〝現象の具現〟を魔力を用いて〝擬似的に再現〟しているに過ぎない…故に、魔術は〝脆い〟…現実で活動するには余りにも〝脆い消耗品〟だ」
その言葉が終わらない内に、掌の魔術は陰り消える…それはまるで、蝋燭の様に。
「君の魔術…いや、君自身の〝魔術の使い方〟かな…兎も角、君のソレは他の魔術師には見られない〝特異性〟が在る…それは…〝コレ〟だ」
そう言い、先生はその懐から一本の〝花〟を取り出す。
「コレはあの場所から取ってきた…君の〝創造〟した〝花〟…そう、〝魔術の花〟だ…君が一から〝魔力のみ〟で創り上げ、現実に〝許容された存在〟だ…分かるかい、この意味が?」
そう言いながら、孝宏先生はその花を花瓶に差し込む…その目は酷く楽しげで、私の花を撫でていた。
「君はある意味で…この学園の魔術師を〝凌駕〟している…そんな稀有な才能、埋めてしまうには惜しいだろう?」
一頻り花を触れると、先生は私へ顔を向けてその口から言葉を綴る。
「――さて、そういう訳で、君の能力が露見してしまう前に弟子として囲い込んでしまおうと、野心的に君を勧誘している訳だが…どうかね?」
「ッ―――!…ほ、本当に良いんですか?…」
私の返答を待つ、その声に私は我に返り再度問い掛けると、孝宏先生はその頭を深く頷かせて手を差し出す。
「無論だ、寧ろ此方側からお願いしたい程だからね」
「!……そ、それじゃあ、宜しくお願いします!…〝師匠〟!」
その手へ、私は両手で握り返し…先生…〝師匠〟へそう言う。
その日から、私は〝不身孝宏〟と言う…変わり者な先生の弟子になった。
「明日からは是非、私の研究室へ来ると良い、表にある資料なら好きに読んでもらって構わないよ――あぁそれと、明日には君にもう一人の〝弟子〟を紹介しよう、少し元気過ぎる娘だが、きっと君と仲良くなれるだろう……それじゃ、今日はもう帰り給え、帰りは私の使い魔を貸そう、どうやら君を気に入ったらしいしね」
●○●○●○
「ふぅむ……結局〝コレ〟の良い使い道は思い付かなかったねぇ…残念」
「物好きな骨董屋にでも売り払えば良いだろう…どうせ貴様の脳では良い使い道も思い付かんだろう」
「それはそうだが……ふぅむ…〝神代の壺〟を売り払うのはどうも勿体ない気が……いや、しかし…持っていても仕方無いか…良し、売ろう…私は迷わない!」
どうせ売るならオークションで売ってしまおうか…物好きや遺物コレクターなら良い値段で買うだろう……む?…。
「……ちょい、ちょい…アル…君はアレを一体どう見受ける?」
「……む?」
私はアルにそう言い、眼前の夜道…その先の街灯に照らされている〝人影〟を見る。
「……(ブツブツブツブツ)」
「…人間、だな…その筈だ…だが、〝臭い〟」
「やぁっぱり?」
その人物は、恐らくは人から己の存在を隠匿する為だろう黒い外套を纏い、その顔の大部分をローブで覆い隠している…唯一視認できる肉体的部位、即ち〝口〟は何かをブツブツと呟きながら、ヨロヨロと此方へ覚束無い足取りのままに進んで来る。
(確かに肉体は〝人間〟のソレだ、間違い無い…しかし、その魔力は〝妖魔〟特有の瘴気の性質を帯びている…ふぅむ)
そうこうしている内に距離は縮まり後数歩で互いにすれ違うという距離、其処まで来るとその人物の大きな独り言はこの耳にも理解出来る言葉として届く。
「あと〝一人〟、あと〝一人〟であの〝薬〟は俺のモンだ…誰にも渡さない、俺は〝魔術師〟に成れるんだ…」
(〝薬〟、〝後一人〟、〝魔術師に成れる〟…きな臭いなぁ…)
――フラッ――
そして、すれ違うその瞬間…その男はフラリと身体を前に倒し、此方へその身を雪崩れさせる。
「おっと…大丈夫かい?…随分とふらついている様だが…酔っ払ってるのかな?」
その身体を受け止め、その不審者君にそう言いながら出方を伺う…あの独り言が気の迷いや妄想の可能性も有る――。
「ヒャヒャヒャッ、取った――!!!」
――訳も無く、その人物はそう狂ったように笑いながら、その手の…明らかに〝術の籠もった骨の短剣〟を私へ突き出してくる…。
――ガキィンッ――
しかし、ソレは私の身体を守る様に纏わりつく〝魔術の膜〟に防がれ、その短剣が弾かれる。
「――ぁ?…な、何で「まぁ、コレはコレで話が早いかな?」――な、待て――」
――ズドンッ――
そして、不審者改め危険人物君の命乞いも虚しく、その頭に重めの衝撃波を喰らいアッサリと昏倒を決める…良し!…。
「拷問だ、兎に角拷問に掛けよう!」
「…ソレを言うなら尋問だろう…」
なぁに、尋問して吐かなければ手足を刻んで聞き出せば良いのさ!…だから拷問も強ち間違いじゃないよ?




