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魔人教授の怪奇譚  作者: 泥陀羅没地
第六章:忘れ去られし者達の復讐
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不健康な研究者

「……ハァ…どうしようかしら…〝コレ〟…」


私…字波美幸は、そう言い…目の前の〝紙束〟の山を見ながら頭痛に頭を抱える。


色とりどりの〝家紋〟を刻んだ〝魔術師家からの物〟…。


回りくどく修飾され、最大限の誤魔化しを帯びた〝政治家達からの物〟


英文で打たれ、その意を要約すれば脅迫に近い〝外国からの物〟…。


八咫烏から、魔術師から、非魔術師から…国から、挙げ句他所の国からも届くその書類は…封を切り、一度あの淡白極まりない鉄の視線が頭文字に触れてしまえば、その全てを焼却炉に投げ入れてしまうだろうと断言出来る程…その〝人物〟の〝無慈悲〟に脚を突き入れる内容の代物だった。


――カチンッ――


口の中一杯に広がる〝厄介な苦み〟を、カップに注がれたコーヒーの程良い苦みとまろやかな甘さで押し流す…そして、もう一度その忌々しい紙の束を〝見なかった事〟にするか、それとも〝伝えるか〟を検討し…私はもう一度、深い溜息を吐き出して、席を立つ。


――カツッ――


執務室を右に曲がり、最大限彼の〝研究室〟へ遠回りで向かう…澄み渡る空を見れば和らぐ心の荒みも、今はただ虚しく映るばかり…若人の新鮮な活気は、大人の苦労と対比してより一層眩しく私の目を焼く…。


「――ハァ…」

「――あ、字波さん!」

「お早う御座います字波先生」


そんな時、ふと前方からそう言い私の名を呼ぶ声が聞こえ、前方に目をやると…其処には此方へ駆け寄って来る二人の生徒…〝彼の弟子〟の二人が居た。


「あら、おはよう黒乃結実ちゃん、春野椿ちゃん」

「字波さん、師匠の所に行くんですか?」

「……えぇ、まぁ…ちょっとね」

「あ……その様子だと、多分師匠が怒りそうな奴かな?…」

「………」

「…当たりっぽいね」

「あ、字波先生も大変ですね…」


二人は自然に私の隣を歩き出し、私の歯切れの悪い回答に顔を同情で染める…その同情が染み入ると、心の中で染み染みと考えていると…。


――『ズドオォォォンッ』――


〝訓練場〟の方から、凄まじい二つの〝魔力〟と共に轟く轟音が学園に響く…。


「巌根君と九音ちゃんだね…相変わらず派手だなぁ…」

「結界が無かったら辺り一帯が凄い事に成ってたわね…流石の〝土御門〟と〝巌根〟ね」

「それに、二人共ストイックだから…」


それから暫く続く爆発と揺れに私達は苦笑し、彼の部屋へと進む…そして。


――コンコンコンッ――


「――孝宏、入るわ――」


彼の〝研究室(玩具箱)〟…その扉をノックし部屋の中に居るだろう彼にそう言った、その時…私の声を遮り、中から声が響く。


「『〝3人〟…字波君と結実君、椿君か……成る程、宜しい入り給え』」


その何処かおかしな〝物言い〟に私達は微かに小首を傾げ、その扉を開き玩具箱を覗き込む…その瞬間、私達は〝息を呑む〟…。


「「「ッ!?」」」


――ゾゾゾゾゾゾッ――

――カチカチカチカチッ――


部屋中に満ち、満ちる〝術式〟…ソレ等は絶え間なく駆動を続け…中心に座す、一人の青年の身体から伸び拡がっていた…その異様に、私達は驚愕し、何よりも一目見て〝異常〟だと認識出来る程〝膨大〟な術式を行使する〝彼〟の負担に焦りを覚え、研究室に一歩踏み出す…すると。


「――ハッハッハッ、心配には及ばないさ字波君…この術式は正に〝魔法の領域〟に及ぶ物だが、ソレが及ぼす影響は高々〝極度の疲労〟だけだ…少なくとも私の〝脳髄〟はそうだ…君達が真似をするのはオススメしないよ、脳味噌が壊れて廃人になってしまうからね」


彼…不身孝宏は私達の心配を他所に、クスクスと笑い…異常に憔悴した顔に〝理性の光〟を宿して私達を諭すと、その〝術式〟を縮小させていく。


――キィィンッ――


「――例えばこの姿を見たとしても、決して私の〝気が触れた〟とは思わないで欲しい、私は至って健全な精神を保っている…ただこの三日三晩飲まず食わずで〝二つ〟の至高の研究に精を出してね…肉体的にはそろそろ限界だが、精神は依然研ぎ澄まされているんだ」


そして、私を招き入れながら…その術式を解除すると、彼はフラリと立ち上がり…私達へ紅茶を振る舞おうとする…。


「良いわ、私がやるから貴方は座って!」

「ん?…いや、君達は客なのだから私が饗さねばならん立場だろ――」

「良いから良いから、師匠は取り敢えず休んでよ、流石にそんな身体で饗されるのは此方が困るって!」

「いやしかし――「先生御免なさい!」――ムグォッ!?!?」


ソレを制止し私がポッドの方へと進み、それでもと足踏みする孝宏を結実ちゃんが抑え、椿ちゃんが孝宏の口に果実を押し込む…そして漸く、孝宏は観念した様に椅子に座り…その両手を上げた…。



○●○●○●


私の前には淹れたての香り高い紅茶が、並べられたカットされた果物の盛り合わせはさながらカツ丼の様に私の眼の前に置かれ、六つの鋭い視線が私へ突き刺さる。


「何故私が客にもてなされているのか…は、一先ず置いておこうか、後御茶を有難う」


私は彼女、字波美幸へそう礼を言いながら紅茶に口を付ける…美味い、格別に美味い…乾きに乾いた舌に、喉に、胃に、身体に、水分が満ちるのを感じる…砂漠の旅の後に呑む水の様な気分だ。


「――さて…早速話を聞こうか字波君、私が焼かねば成らない〝塵屑〟は一体何kgかね?」

「えぇ、ざっと10kgは下らない――ッ!?」


と、そんな気分も程々に…私は早速字波君が此処に来た用件について問うと、彼女は一瞬そう言いかけ、次の瞬間違和感に気付いたのか私を驚きの目で見詰めて固まる…。


「――アハッハハハハッ、相変わらず君は可愛い反応をするねぇ、誂い甲斐が有って実に結構だ…だが、その問題については頗る不愉快だがね」

「…どうやって……」

「ソレはまた後で教えよう…それで?…結実君、君の〝祖父〟殿との面会は今週中に予定を付けよう、椿君、君の使い魔の〝植樹〟は君が決めると良い…私に許可を求める必要は無いよ」


そんな彼女を誂いながら、私は他二人の此処に来た用件を答えると二人もまた同じ様なリアクションで私を見る…ソレがまた面白くて私は再び吹き出し…彼女達の驚愕の視線を受け止め、己の気が済むまで一頻り笑い声を上げるのだった…。

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