誇りは硝子の様に脆く
――キィィンッ――
「――魔力の貯蔵無く大規模魔術を行使するのは気分が良いなぁ!」
(字波君め…何時もこんな感覚を味わっていたのか…!)
「――さぞ心地よかったろうなぁ…!」
夜の空、大地と天を覆う雲の天幕がその刹那に剥ぎ取られる。
――カッカカカカッ――
「〝巡りて風〟、〝渦巻きて水〟、〝育むは土〟、〝燃え揺れる炎〟…〝星の理に新たな器を〟」
遥か大地の彼等は見た…己等の遥か天上で煌めく〝墜ち行く星々〟を。
「〝其は生命の理〟…〝闘争の具現〟、〝斬り裂く刃〟、〝穿ち抜く槍〟、〝押し潰す槌〟、〝燃え盛る矢〟…〝叡智に生まれし血濡れの器を以て我〟、〝星の理を隷属せん〟」
遥か天上の彼等は見た…己等の遥か眼下で煌めき叫ぶ〝己等の似姿〟を。
そして……煌めく虹の〝武具〟を宙に生み出したソレは、眼下の〝玩具〟へ獰猛に微笑み掛け…其れ等〝虹の災害〟に号令する。
「〝虹輝なる偽器の災害〟!」
その瞬間虹はより一層輝きを増し、空の領域を飛び回る蝿へと降り注ぐ。
――ドドドドドドッ――
何十と空を引き裂く無尽の〝刃〟…その雨の中を〝黒の蝿〟は駆け回り、必死にその刃を躱す。
「『ッ!?』」
――ギリィィンッ――
しかし、その躱された刃は落下すると同時に現れる〝魔術陣〟に吸収され、新たに上から、横から、下からと軌道を変えて迫り来る。
――ジュッ――
「『ッ〜〜!?』」
赤い矢が肉を掠める…その身は見る間に焼け焦げ、肉は黒炭に変わり果てる、水の槍は掴む事も出来ず腕を貫き、風の剣は不可視の一撃で容易く深々と斬り付け、大地の槌は重くその骨を砕き折る。
その中はさながら〝地獄の舞台〟と言えただろう…決して止まる事は許されず、避ける事も許されない…苦悶の歌を響かせ、苦痛のままに踊る様は恐ろしいの一言に尽きた。
だが……。
「『ウ…アァァァァッ!!!』」
その〝舞台〟の中から、〝哀れな主役〟は飛び出すと、〝舞台裏の脚本〟目掛けてその拳を振るった。
●○●○●○
〝獣〟はその光景に心底から〝歓喜〟した…身を焼く烈火の熱を、痛い程肉を抉る激流を超えた先で、風の刃を潜り抜けた、礫の投擲を押し進んだその先で傲岸に己を見世物にする…その〝怪物〟へ拳を撃ち込んだ、撃ち込めた…その事に。
――ゴキッゴキゴキッ――
自身の筋肉を隆起させ、ゴリラの様に誇大化したその剛腕を軋ませ…ソレは穿つ…己が出した今までの一撃で、どれよりも重く、どれよりも速い一撃を、その怪物の脳天に…。
――グシャリッ――
その一撃は確かに、その怪物の脳天を打ち砕いた…骨が肉を掻き分け、脳髄が血と混じって吹き出し、目玉は、歯はその顔が最早原型を留めぬ程悲惨な末路に成った事を、宙を進むその距離が物語っていた…。
「『……』」
歓喜した、狂喜した…しかし、何よりも〝獣〟は安堵した…目の前の怪物の沈黙に、ピタリとその場で静止する〝虹の災害〟に。
――恐ろしい暴虐の余興はコレで終わったのだ…――
そう、〝獣〟は心の中で安堵する…そして。
――グラァッ――
頭蓋を失ったソレの〝身体〟は最早、宙に立つこともままならず大地へと落ちて行く……そう〝思っていた〟…。
――ピタッ――
その光景を、ソレは忘れないだろう…その恐怖を忘れる事は死して尚、永劫の忘却を受けて尚魂に刻み付けられるだろう…そう思う程に、その獣は目の前の光景に心臓を〝締め上げられた〟…。
物言わぬ骸は、力を失い当然の如く地に落ちる…その〝摂理〟を否定した。
物言わぬ屍肉は、肉体を操る〝脳〟を喪失したにも関わらず、まるで心底面白いと言う様に身体を震わせ、眼無き眼の前の獣へと拍手を送る…そして。
「『――いやぁ、素晴らしい〝一撃〟だったねぇ君ィ♪…ヘヴィ級何て目じゃない一撃だった♪』」
ソレは眼無き眼で呆然とする獣を捉え、声無き声で愕然とする獣を賛美する…その様は〝異常〟を極めていた。
「『ん?……オイオイ、何かね…まさか〝頭〟を無くした程度で〝死ぬ〟と思っているのかね?』――流石にソレは〝冗句〟では済ませられないねぇ?」
すると、その首から黒靄の如く魔力が吹き出し…狭い室内を反響する様に響いた声はやがて底冷えする様な、軽薄さと軽快さを混在させた様子で獣へと紡いだ。
「〝肉体〟は所詮物質に直接干渉する為の〝器〟に過ぎない……そんな事は悪魔ならば誰であれ知ってる事だろう?…否、今や世界に住まう人間のそのほとんどがその〝事実〟を常識に落とし込んでいる…ならば成る程、私の肉体を幾ら破壊しようとソレは、私の〝死〟と言うゴールには程遠いのでは無いか?」
その声の主はそう…まるで出来の悪い教え子に知恵を教える教師の様に言いながら、自身の頭に触れてその機能を調整する。
「尤も…私は半分〝人間〟で有り半分〝悪魔〟だ…以前の〝人間〟に寄っていた私ならば、死は肉体に引っ張られただろうが、残念ながら今の私は〝悪魔〟に偏っている…其の為に、私を殺すには私の魂を捉え、狙うのが合理的だが…」
そして…その調整を終えるとその男はそう言い…獣と目を合わせる…その瞬間。
「――さて、果たして君に〝出来る〟のかね?」
獣はソレを〝視た〟…悍ましき巨躯、その異形の竜を模した〝獣〟…そんな己の巨体をまるで歯牙にも掛けない風に軽々と掴み…己の眼に途轍もない圧力と恐ろしい感情の激流を注ぐ…この世ならざる〝怪物〟の姿を。
有り得ない程に浮き彫りになる彼我の隔たり…遥か地の底から天上の頂きを見上げる様なその差を眼の前にして…それは確かに〝感じ取った〟…。
「『ッ…ァァァ…ァァァアアアアッ!?!?』」
白痴の己に、本能の獣たる己に無意識ながら確かに存在していた…〝強者の誇り〟…その大切な〝誇り〟がたった今…眼の前に見せ付けられた彼我の戦力差を前にして、完全に圧し折れ、粉々に砕け散ってしまった事を…。
「さて、それじゃあ――もう少し〝難易度〟を上げようか♪」
その〝哀れな主役〟は、舞台裏の脚本家を前にして、理解してしまった…。




