手負いの獣
――グシャリッ――
何かが〝潰れた〟…それと同時に己が持つ五つの首の内三つが〝目を閉じた〟…困惑、混乱、焦り…血潮と共に巡るソレ等〝感情〟は、その刹那残る二つの首、その四の瞳孔が受け止めた世界の姿を見て事実を〝知覚〟する。
〝一人の女と三つの首を吹き飛ばされた異形の怪物〟
正にソレだ、英雄譚のソレ、神話のソレ…遍く物語に脈々と紡がれる麗しき美しき、逞しき勇ましき〝英雄〟と斃される〝怪物〟の姿…理解する、自覚する…この物語の〝主役〟は、〝あの娘〟で有る事を。
痛み、苦痛…叫び。
憤怒、恐怖…咆哮。
己は獣で有り…しかし未だ微かに残る知恵の残滓は、既に己の敗北を〝告げる〟…その事実が事更に不愉快極まる。
敗北する、死ぬ、殺される…矮小な人間に、己が餌と扱き下ろした人間に…それがどれ程の屈辱なのか…獣の己は理解する…故に初めて、獣のままに〝思考〟する。
抵抗する尽くを撃ち潰されながら。
人間への憎念を煮詰めながら…。
ただ……彼方で傍観する、〝魔の匂いを纏う者〟…その〝魂〟を捉え……そして。
――ドクンッ――
〝解を得た〟……。
○●○●○●
――ズドンッ――
「『――※※※※※！！！！』」
「ッ――！」
延々と武器を振るい、怪物をサンドバッグにしていた最中…天堂灯香は、その怪物が発した〝咆哮〟に微かな〝警戒〟を抱く。
苦悶の叫びとは違う、驚愕の叫びとは違う…満ち満ちる怒りと、執念の滲ませる…確固たる〝意思〟の叫びに。
「――何をするつもりなのかしら」
己の攻撃を喰らいながら、一切その動きを鈍らせないソレの動きを、金の瞳が射抜く…千切れ飛んだ三つの首はブクブクと泡立ち初め…その沸騰は病の様に身体中を伝播すると、異形の龍はその身体を〝肉塊〟に変える…。
――ゴポッ、ゴポゴポッ！――
その肉塊は〝膨張〟し、徐々に大きく膨らんでいく…その様はさながら〝風船〟の様に。
――ドクンッ、ドクンッ…――
〝肉の膨張〟が進む最中、灯香は〝視た〟…生命を読む〝眼〟で…その風船の内側を。
――ゴポッ、ゴポポポッ――
〝一〟…〝十〟…〝百〟……〝千〟…小さな生命が密集し、〝１つの生命〟の塊を形成している様を…そして、最早その数を数える事さえ億劫に成った…その直後。
――ズドオォォッ――
彼方から、膨大な〝魔力の光条〟が空を焼き…その肉風船を貫いた…するとその肉風船は萎み…その皮の内側に満ちたソレ…〝未熟なソレ〟を地面へと流れ落とす…ソレは…。
「ッ……〝醜い〟ね…」
『…〜〜〜！』
半ば肉塊のまま、目覚める事を余儀無くされた…〝未完成の生物〟…その大群の姿だった…。
○●○●○●
「オイオイオイッ…〝バイオハザード〟とか勘弁してくれよ…！」
己等を隔てる壁が無ければ、或いはその光景にそんな悠長な事は言って居られなかっただろう…そう思う程にその光景は、彼等〝軍人〟に焦燥を抱かせるものだった。
その組成は間違いなく〝人間〟だろう、赤い血、赤い肉、白い骨、臓腑、髪、皮…何処を取っても人間に間違いは無い…だが、その姿一点だけで、ソレ等は〝人間〟と言う枠組みを逸脱したと理解させられる〝恐ろしさ〟が有った。
――ズロッ…ズロロロッ…――
――カチカチカチカチカチッ――
下半身をドロドロに溶かした、不定形の足を動かしながら、人の形をしたソレは、人ならざる〝空洞の心〟をその顔に宿しながら…言語の代わりとでも言う風に歯を打ち鳴らし、此方へと肉薄する。
或いは下半身だけが人の形をした、上半身がドロドロの血肉と骨格で構成された様な〝化物〟か…兎も角その様を表現するならば…〝未成熟な人間の成り損ない〟とでも言えるだろう。
ソレは瞬く間に地面を蹂躙し…何千もの〝肉の塊〟達はその結界の外に有る〝生命〟を求めて一心不乱に動き続ける…。
「お、おい…何かヤバくないか…？」
そして遂に、三メートルの高さを肉塊共が埋め尽くしたその時…誰かが言った…すると。
――ピキッ――
その言葉に、まるでその通りだとでも言わん様に…結界に小さな〝罅割れ〟が奔った。
●○●○●○
「〝傀儡〟の術式か…彼奴等め、〝素材〟を何処かに隠していたな？」
結界が〝軋む〟…悍ましい〝死肉の群れ〟によって。
「〝結界〟が保たないね…コレじゃあ…」
（オマケに〝奴等〟の魂の位置も見失った…〝逃走〟に方針を変えたのか？…）
巡る思考は様々な仮説を立てる…だがしかし、其れ等全ては仮説止まりで、情報の乏しいこの現状ではどれも今一つの決定打に欠けた。
「…仕方無い…先ずは〝コレ〟を処理しよう……〝空の彼方〟、〝星々の巡る運河〟、〝恒星の子よ〟、〝大いなる星の亡骸よ〟…〝我等彼方よりの呼び声に導かれよ〟」
微かに引っ掛かりつつ…私は今現時点の最優先を認識し、対処する。
「〝光輝なる流星の子等〟」
空に浮かぶ…この結界全域を覆い尽くさん程の巨大な魔術陣…ソレは、私の身体に満ちる魔力を吸い尽くし…その術式の贄とすると…その魔術陣から何百の小さな〝礫〟が大地目掛けて落下し…その摩擦によって光り輝く〝流星〟と成って〝大地を穿つ〟…。
〝天災〟…その最たる〝流星〟…或いは〝隕石〟…流石未だ人々が手を出せぬ領域に有る〝未知〟…その威力は絶大だ…魔力消費も詠唱含め、汎ゆる軽減措置を取ってコレなのだから凄まじい…。
「仮に字波君がコレを全力で使ったら……気になるが止めておこう」
間違いなく〝国が消し飛ぶ〟事になる…。
そして、何の気無しに私は、遥か天上にまで立ち上る〝土煙〟へと目を向けた……その瞬間。
「ッ孝宏！」
土煙の中から、天堂灯香君が飛び出し…私の方へ駆け寄る。
「〝後ろ〟！」
「ッ――」
その瞬間…私は即座に彼女の声に従い、己の背後を〝切断〟する…其処には。
「ッ――何？」
私の〝斬撃〟を受けて、軽く吹き飛ぶ…〝天堂灯香〟君の姿が有った…。
そして、その状況に私が疑問を抱いたその瞬間……。
――ドスッ――
私の〝心臓〟を…〝魂〟を…〝灯香君の腕〟が貫いた…。
