悪魔が奏でし五重奏
――ザッ…ザッ…ザッ…――
「――察するに一か八かの〝空間転移〟を試したと言った感じかな…座標だけを設定し肉体をその空間に〝持って来る〟…時間も何もを跳躍する〝無茶〟……当然失敗するだろうさ」
私はそう言い、死に体の悪魔へと歩み寄る…その悪魔の視線はまるで化物を見るかの様に此方を捉える…その様は滑稽で、思わず吹き出しそうになる。
――ドクンッ――
「だがまぁ、此処で年貢の納め時って奴だ…〝悪魔狩り〟」
そんな思いを心に押し込みいざトドメをと言ったその時――。
――ドスッ――
私の胸に一本の針が生え…胸に巨大な穴が開く…その所為で一手私の動きが遅れ…あわや悪魔の心臓へと刃が食い進もうとしたその瞬間。
――ガンッ――
〝何者か〟の横槍によって、私のトドメは妨げられる…私の胸に突如空いた穴、死に体の悪魔を掠め取る手口…その〝何者か〟が〝何者〟なのか…私は直ぐに理解する。
「横取りとは礼儀の成っていない奴だね」
視線の先には…二つの気配…死に体の悪魔の肉体を抱き抱え、此方と距離を取る腕に何百万もの傀儡を操る糸を繋いだ〝無貌のマネキン〟の姿。
「――仲間を見す見す殺させる訳無いでしょう?」
「ハァッ…ハァッ…良く…やったナレイドル…!」
その悪魔は私へ無数の傀儡を差し向けながらそう宣う…〝仲間〟、〝仲間〟ねぇ…。
「そう言う冗句は、君が彼に向けてる〝嘲笑〟を抑えてから言い給え」
「――〝ヤーヴロトル〟…貴方は死にません…実に都合が良い…貴方はコレからも生き続けるのですよ…そう」
私がそう言うと目の前の二匹…いや一匹の悪魔は〝もう片方の悪魔〟へとそう言い笑うと――。
「私の〝力〟として」
――バクンッ――
そしてそのマネキンはその半分に分かたれた悪魔を喰ら…その様はまるで、胡桃割り人形の様にアッサリと…仲間と宣っていたソレを噛み砕き、咀嚼して…飲み込んだ。
――ズズズズズッ――
「フフッ、フハッフハハッ!――力が漲る、コレだ、コレならば貴様を――」
そしてその悪魔は、その身体にもう一つの頭蓋を生やしてそう宣う…いや、宣おうとした。
――『バキィィンッ』――
しかし、その言葉を最後まで紡ぎ終える事はなく…結界が破壊される音を奏でながら、突如飛来して来た…謎の〝異形〟によって一口に食い殺されてしまった。
●○●○●○
――ビチャビチャッ――
「ガギッ…ィ…貴様ッ…〝ドミルテス〟…何…を…!?」
その光景を天堂灯香はただ黙って見ていた…。
「……」
(同士討ち?……寝返ったのかしら?)
静寂の中行われた、その〝行い〟を…自身の仲間を一切の躊躇いなく、背中から穿つ…〝外道〟を。
「――ッ!」
その瞬間、その悪魔は仲間の問いに答えること無くその頭を食い千切り、胴を、腕を、脚をとその腸に納める。
――ビキビキビキッ――
途端、その悪魔の身体は一回り二回り大きく変化し、その人型の身体に異様に長い猿の手と蜥蜴の鱗を生やし出す。
「――あら、まぁ……吸収かしら?」
(さっきよりも〝強く〟成ったわね……フフッ♪)
その光景に何かを思い付いたのだろう、天堂灯香はその身体を弾ませて、目標に目掛けて駆ける。
――タンッ♪――
「ッ駄目じゃない、仲間を置いて逃げる何て♪」
「ッ…!?」
それは、仲間の捕食を見て…一人逃げようとしていた一匹の悪魔…その悪魔は自分を認識して迫る〝敵〟に、明確な恐怖と、確かな怒りを抱き…音を殺す事を止め、背を向ける……だが。
――ドシャアッ――
その逃走は無情にも〝失敗〟に終わり、巨躯の悪魔はその四肢をもがれてその異形の〝悪魔〟の贄と成る。
――バクンッ――
そして、その贄を…口を引き裂きながら一口に丸呑みしたその異形は、その目を〝狂気〟に揺らして雄叫び叫ぶ。
「『Aaaaaa !!!!』」
その声から、理性を消し去って……。
――ゾオォォォォッ――
「ッ!……」
「――ウフフフフッ…良いわ、良いわね…暇潰しには丁度いいわ♪」
そんな化物に、彼女は口をニタリと歪ませ…轟々溢れ出す魔力を滾らせ、戦闘の構えを取る……その彼女を認識した化物は――。
――ヒュンッ――
その背に蝿の羽を生やし…その場から逃げ出した…。
「ッ……あぁ、成る程♪」
その行動に彼女は一瞬、凄まじい憤怒を抱くものの、その化物の飛び去る先を見て、直ぐにその激情を収める…何故なら、その異形の行き着く先には――。
――バキィィンッ――
後二人の…己の餌が隔離されている鳥籠だったのだから……。
●○●○●○
「うわぁお…なぁにアレぇ…」
(〝ライト〟、〝マックス〟、〝シェリー〟の魂が入ってる?……つまり)
「――あら、御免なさい孝宏君…取り逃がしちゃった♪」
そんなショッキングな光景が眼前で繰り広げられていたその時、恐らくはあの〝捕食者〟を追い掛けて来たのだろう天堂灯香が愉しげな謝罪を告げて私の隣へやって来る。
「君ねぇ…絶対楽しくなりそうだからって手を抜いただろう?」
「――あら、そんな事無いわ…私だって一生懸命に追い掛けたのよ?…でもあの子ったら私よりも早く飛んで行っちゃったもの♪」
「……ハァ、そもそも相手が仲間を取り込んだ時点で仕留めれば良いだろうに」
私はそんな彼女の白々しい言葉に耳を傾け、その〝異形〟を見る。
「……まぁ良いさ、〝手術〟の難易度が少々上がっただけだ…根治は出来る」
「えぇ♪…これだけの魔力なら、相手として申し分無いわね♪」
「だからといって面倒な事態に持って行った事は許さないがね!」
「あら、そんなにネチネチ言わないで下さるかしら?…〝結果良ければ全て良し〟と言うじゃない」
「〝過程が滅茶苦茶〟な〝証明〟を〝証明〟とは言わんだろう」
そして、我々は二人……その見上げる程大きく、人の形を脱ぎ捨てた…五つ首の〝龍擬き〟前に、気を取り直す。
「〝前衛〟は任せたよ〝鬼仙〟君!」
「〝後衛〟は任せたわ〝教授〟♪」
そして、この夜最後の馬鹿騒ぎに、その身を投じるのだった…。




