肥えた蛆に蟻の群れを
――ギィィッ――
「フンッ……〝要件を〟…等と言うな…〝悪知の大公〟の契約者、あの方の契約者で有る貴様ならば、凡その事は推測出来よう」
椅子に腰掛け、人の皮を被った悪魔は不遜な態度で私を見る。
「――さて、どうだろうね…〝肉体を奪い、自由になる事〟…だが、それだけなら私の手助けは不要だろう…ならば…考えられる可能性は…〝君達の協力者〟として、全人類と敵対し、脅威の情報を提供する事…かね?」
「……フフッ、まぁそんな所だ…無論タダでとは言わん、働きによっては貴様の望む報酬を取らせよう…金でも、酒でも、女でも…悪く無かろう?」
そして、私の言葉にソレはそう薄く笑い…狡賢い笑みを浮かべて此方を見る…ふむ。
「………そうだねぇ…生憎私は〝富名声〟には欠片の興味も無い……だが望む物を貰えると言うのなら…〝君達を部下〟として、私の研究に手を貸して欲しい…それさえ呑めるなら、別に手を貸しても構わないよ?」
私がそう言うと一瞬、その悪魔は微かな憤怒を抱くと…しかし、次の瞬間にはまるで心から愉快そうに立ち上がり私へ手を伸ばす。
「ッ………フフハハッ!――そうか、そうか!…やはり貴様は良い、〝話が分かる〟では無いか!」
――キィィンッ――
その手に私は応え、手を握り…〝契約〟を交わす……それが――。
〜〜〜〜〜〜
――昨夜の出来事だ。
「――おぉ、そうで有ったな!…いやすまん、久しき己が肉体に気が逸ってしまった!……さて、契約は契約…我等は貴様を主とし、部下として貴様の命に従おう!」
「宜しい……それでは早速――」
眼の前に跪くソレの言葉に、私は頷き…彼の顔を見る…その瞳に籠もる……〝悪意〟を。
――ドボォッ――
「…ッ!……ガフッ…!?」
〝襲撃〟…何が起きたと慌てふためく事でもない…誰が、やったかなど自明を極める…眼の前に居る〝コレ〟等の仕業だ…。
――ビチャビチャビチャッ――
「――ゲヒッヒヒヒッ…〝謀反〟等、珍しき事でも有るまいよなぁ?」
「我等は確かに貴様の部下で有るが…ククッ…〝何時まで〟とは言われておらんからなぁ?」
――ドサッ――
〝身体〟が崩れ落ちる…異様に伸びた異形の腕が、背後をから壁際をグルリと回って私の胸を貫いた…そして。
――ギギギッ――
「〝殺れ〟…〝傀儡兵〟」
傀儡の主が冷淡にそう紡ぎ上げ、私を囲む様に大小様々な傀儡兵が、長く鋭い針の様な槍を持ち…振り上げる。
――ドスドスドスドスッ――
――ドスドスドスドスッ――
――ドスドスドスドスッ――
――ドスドスドスドスッ――
振り下ろし、肉を貫く…振り下ろし、肉を千切る、骨を砕き、抉り、血と肉の泥を作るようにかき混ぜ…私の身体を〝破壊〟してゆく…痛む、苦しい…だがそれよりもこの身を苛むのは何か……ソレは。
「――ハァッ…全く……〝想定通り〟過ぎて、退屈だねぇ…君達は」
『ッ!?』
揺らめく炎の様に熱く、しかし烈火ならざる〝静寂の怒り〟だった…しかし、誤解しないで欲しい……私は別に裏切られた事に腹を立てている訳では無い……彼等の悪意に気付かずに、私が愚かにも利用されている……等と、都合の良い方に考える〝悪魔の浅はかさ〟に苛立っているのだ。
「〝破裂しろ〟……〝泥の心臓〟」
私がそう〝符丁〟を紡ぐと、その瞬間…赤々とした血と肉の塊は刹那に茶色い泥の塊に変わり…悪魔共が掴んでいた心臓もまた泥の塊に変わり……その核で有る〝鏡〟はソレに秘められた魔力を凝縮し…〝拡散〟する。
私はそうして今回の役割を終える…馬鹿な〝蛆〟共の、その苦痛を最後まで、耳にしながら…。
●○●○●○
「――『悪魔とは読んで字の如く〝悪の魔〟で有り、その存在の本質は何処までも〝醜悪〟で有る』…ソレが私にとっての悪魔と言う存在で有り、例え契約で縛ろうとそうでなかろうと、私が悪魔を欠片足りとも信用することは無い」
如何に忠義に尽くそうが、如何に見てくれは改心しようが…その腸は黒ずんだままなのだと…〝私〟は知っている。
「目的は即ち、〝アスタロト〟の顕現…私の中に居るだろうアスタロトを蘇らせ、人類を駆逐しようと言う腹積もりか」
「シィッ!」
――ズバンッ――
「――ギィィィィッ!?!?」
土煙の中、私へまた迫る〝奇襲の腕〟…それは煙を裂き、私に迫るものの、瞬きの後には細切れの肉片へと生まれ変わる…しかし、それは私の差し金では無い…。
――カチャンッ――
脈打つ憎悪の私の剣…〝悪魔狩り〟の操る憎悪の剣気が、斬り裂いたのだ…。
「――チィッ…小細工には驚いたぞ人間ッ!…だがッ…貴様に悪魔5体の相手が出来ると思っているのかッ…その〝祈りの成れ果て〟如きで、我等を殺すつもりか!?」
そんな私を見て、全身の傷を再生で癒やすドミルテスは嘲りと殺意を込めて私を睨む…確かに、如何に悪魔特攻の武器を手にしようが私は所詮研究者…戦闘経験の少ない私には、本能と殺戮に暮れる悪魔を複数匹相手取るのは厳しいだろう…だが。
「――問題無いさ……其の為の〝仕込み〟だからね」
そんな事、当然折り込み済みだ。
――ズウゥゥゥンッ――
私はそう言い、指を鳴らす……その瞬間、屋敷全体に巨大な魔術陣が浮かび上がり、その魔力を膨張させる…そして。
「〝燃え盛りて焔の華〟」
その魔術の名を紡いだその瞬間…膨張する魔力に、赤い火花が生まれ……その焔は瞬く間に魔力を食い潰し、破壊と焼却の花弁を吹き荒れさせる…。
「『――〝総員〟、〝行動開始〟!』」
ソレが屋敷を諸共に吹き飛ばしたその直後…屋敷の外に待機していた〝兵〟達が、指揮官の号令と共にありったけの弾丸を叩き込む…。
「――君達の〝行動〟は実に都合が良かった…君達が寄生すら必要の無い程に成熟していたお陰で…君達が最早宿主を取るに足らない養分で有ると切り離したお陰で……此方も遠慮なく、君達を〝処理〟出来る♪」
私は弾丸と銃声の嵐の中で…蜂の巣にされる彼等を見ながらそう告げた。




