海を超えて
――バチンッ――
弾き出される様に、彼等は降り立つ…。
――ザザザッ――
「クッゥゥゥゥ…!?!?」
一匹の〝異物〟と共に…。
「しつこいわね…!」
その犬は、彼等へ牙を剥く…しかしソレは、決して彼等を傷付ける事は敵わず…その牙は彼等とソレの間に有る〝空間〟に阻まれ牙を突き立てる事は叶わなかった…。
「〝スーロ〟!」
「――応よ」
正に阿吽の呼吸…女性が魔犬を抑えていた術を解く…牙はその虚空を噛み砕き、一瞬の隙が其処に生まれる…その瞬間。
――ズアァッ――
魔犬の首を、スーロと呼ばれた男の…人間とは思えない〝異形の腕〟が抉り取り、己等の追手の、その息の根を止める。
「………フゥゥッ、終わった…」
「シェリー…マックスとライトの治療は?」
「ん〜…もうすぐ終わるよ〜」
そして、その旧い屋敷の様な屋内に平穏が戻ると…彼等はその外套を脱ぎ…只今の〝失敗〟に顔を顰め…シェリーと呼ばれた少女の手でその両腕を、足を縫合される縫いぐるみへと目を向ける。
「――はい、コレで完成…気分はどう二人共?」
少女はそう言いながら縫いぐるみを宙へ放る…するとそれから少しして、人形は見る間にその布と綿で構成された身体を、血と肉の生身へと〝変化〟させる。
――タッ――
「――最悪に決まってんだろシェリー!…此方は5人居て相手を連れて来れなかったんだぞ!?」
その瞬間、黒衣を脱ぎ捨てながら長身で筋肉質な男は腕の調子を確かめる様に地面を殴り付け、その床面をひび割れさせる。
「――〝マックス〟…苛立つのは分かるが落ち着け…今回が駄目ならまた次の策を練るまでだ」
「あぁ、分かってるぜ兄弟…だが少しは焦れよ、後2日もしねぇ内に〝新月〟だ!…俺達はもうこれ以上〝抑えられねぇ〟!」
マックスと呼ばれた男の憤懣を諌めようとリーダーだろう男は努めて冷静に諭す…その優しさを知ってか、男は怒りを抑えはするが、最後の方には強い意志を込めて、そう彼等へと告げる…その言葉には、誰も、彼も…5人のリーダーでさえ、何も慰めることは出来なかった。
「……どうにか…奴を捕らえて、口を割らせなければ…」
「だがどうする?…向こうにゃ俺達の狙いがバレたんだぜ?」
「オマケに、随分と〝賢い〟わ……此方の動きも読んで来るわよ、きっと」
「一度術を見せると直ぐ解析して来たし…長期戦は此方の事情的にも無理だね」
「なら……〝一撃〟で相手の防御をブチ抜き、無力化する…ってか…これまた難易度鬼高えな」
口々にそう言いながら、彼等はその身を引き締めリーダーを見る…すると、その視線を感じ取ったのだろう、リーダー…ライトは四人の仲間の目を見て、告げる。
「――〝不可能〟じゃない…やる価値は十分に有る」
と……そして、再び彼等が一人の標的の為に動き出そうとした…その時…。
「――お?……何だ〝リリス〟…何時になく準備が早えじゃねぇか」
「は?…何の事?」
マックスがふと、そう言う…それに対してリリスが眉を寄せてその男の方を見る…すると今度は男の方も不思議そうに眉を寄せ、己の先に指を指して言う。
「何の事って…〝ゲート〟だよ、〝ゲート〟…もう設置は済ませたんだろ?」
「え?……いや、まだ対岸の座標設定もしてないんだけど……」
それに対して、リリス含めた全員がその奇妙な会話のすれ違いに、その原因と成っただろう男の指の先を目で追う…すると、其処には〝在った〟…。
――『……』――
空間に浮かぶ…小さな黒く、〝丸い〟…〝時空の歪み〟が…。
「え……嘘、私の〝術〟じゃないわよ…ソレ…!?」
〝この場の誰の物〟でもない…〝空間に干渉しようとする〟力が……現実として、其処に在った。
彼等は気付いた…しかし、気付くには最早手遅れだった……彼等が始めた〝鬼ごっこ〟はしかしまだ…〝終わってはいなかった〟…と、言う事を。
――ガシッ――
その黒い…テニスボール程の大きさの黒い〝歪み〟の中から、突如として2つの手が伸び、空間を〝掴む〟……その手はまるで、自身が這い出る為の道を開くかの様に力を込めて、空間を引き裂き…彼等の心に鳴り響く警鐘を掻き立てる様に、禍々しい気配を隠すこと無く不気味な〝若々しい声〟を鳴らす。
「『――ん…いやぁ、道と言うには少し狭いねぇ…フンッ、コレならちゃんと〝通れそうだ〟♪』」
やがてその〝門〟は、リリスが作り出したソレとは比較にならない程大きく、その空間の歪みを拡げてその腕の主は暗闇の中からゆっくりと姿を現した。
「いやぁやぁ、こんにちは諸君、さっきぶりだねぇ……そう言えば自己紹介はまだだったかな?…この機会に是非とも名を覚えて貰おうか……と言う訳で改めて自己紹介だ…私の名は不身孝宏…故あって京都の八葉上魔術師養成学園の教師をして居るしがない研究者だ…最近の悩みは肉体に精神が引っ張られる事と、面倒臭い役職が私の名刺に加わってしまった事だ…宜しく頼むよ♪」
それは見た目は純朴な青年と言った風な出で立ちだった…しかし。
一度でもソレの〝冷淡〟に触れた者達は、その青年が如何に〝異常〟な存在なのかは一目見て理解出来るだろう。
若々しい身体の内に秘めた、静謐で極寒の零度の様に冷たい血潮の流れ、表情豊かな筈の顔には人に胡乱さを感じさせない様計算され尽くしたかの様な〝完璧が過ぎる笑顔〟を浮かべ…物憂げな、或いは儚げなその視線の深奥には無機質な機械の様な合理性と、面白い実験動物を前にしている狂科学者の様な歪んだ好奇心が両立され、その実験対象で有る己達を決して見逃すまいと、その表情に刻まれていた。
「――さて、此方の自己紹介は此の位で良いだろう……次は」
その様はまるで――。
「君達の名前を是非教えてくれるかな?…名前の記録が無ければデータの保管に差し支えるのでね」
彼等が心の底から忌み嫌う…人ならざる〝不浄の魔〟の様に…悍ましい何かを感じさせる物だった。




