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魔人教授の怪奇譚  作者: 泥陀羅没地
第五章:取り憑かれた者達の狂騒曲
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逃走劇の結末

「〝マックス〟!」


苦痛の叫びに、襲撃者の一人がそう叫び…刃が枯れると同時に両腕を撥ねられた男へと近付く。


「――平静を乱したな?」

「ッ――〝ライト〟!」


その瞬間、私は襲撃者の身体を掴み…その上を飛び越え、その勢いのまま手に握った刃を此方へ迫る男の脚へと投げ飛ばす。


――ドバァッ――


その刃はその矛先を狙い通りに脚へと向け、相手の展開した防郭魔術を塵紙の如く容易く砕くと、その左足を吹き飛ばす。


――ガシッ――


「ガッ!?」

「――君も無力化させてもらう」


そして怯む彼の首を掴み、彼の両腕もまた斬り落とそうとしたその直後。


「ッ――!」


――ドゴッ――


その奥に居た一人の〝動き〟と魔力反応を察知して掴んでいた男から手を離し、腹に蹴りを入れ、反動で飛び退く…その直後。


「ライト、動ける!?」

「――ゲホッ、ゲホッ…あ、あぁッ…何とかなッ」


瞬きの間も無く一瞬で、先程の男と両腕を撥ねた男が背後の襲撃者の元へと集う…恐らくは〝リリス〟と呼ばれた襲撃者の〝空間操作〟の応用か。


「一人は破壊、一人は空間…性質は把握したが、まだ情報の無い個体が3人…」

(そろそろ分かり掛けてきた……〝彼等〟の正体が)


私と彼等は互いに動かず、緊迫した空気をぶつけ合いながら機を伺う……その瞬間、再び戦闘の火蓋は切って――。


――カッ!――


――落とされる事はなかった…何、別に特別何か、この状況を掻き乱す存在が現れたりだとか、我々が突如友好を示し合うだ何て事が起きた訳では無い…単に当然、至極単純で自明の〝結果〟が、闘争の熱に浮かされて曇った私の眼には、殊更予想外に見えただけだ。


――ヒュンッ――


〝閃光〟…その認識から瞼を閉じる、1秒、いや2秒と少しは目を閉じた…瞼の血脈が赤く視界を染め…その赤色が薄らいだと同時に瞼を開く…ぼやける視界が〝現実〟と言う舞台を開いた…その先に映るのは、迫りくる襲撃者では無く、その対極――つまりは。


「……あ?」


〝逃走する襲撃者〟の影だった……一瞬、熱に浸った思考はそれに疑問と当惑を抱く、しかしその熱暴走を、冷ややかな理性が中和し、私は漸く己の過ちを理解する。


「ッ――クソッ!」

(馬鹿か私はッ、みすみす敵を逃がすとは!)


考えれば当然の帰結、彼等は襲撃者で、〝奇襲者〟だ…標的を電光石火で撃滅し、嵐の如くに逃げる事が〝目的〟だ…では、その作戦を機能させるのは如何なる状況か?…無論、それは〝相手が仲間〟に囲まれた状況でしか起こり得ない…その油断を突いて行われる〝やり口〟だ…では、その作戦が失敗し、標的を討てなければ彼等はどう動くか?…無論〝逃走〟だ。


(態々相手の増援が多い場所でやり合う酔狂等居るものか!)


そう思考して、私は再び動き出す…約5秒の時間を稼がれ、遥か遠くへまで逃げ果せた〝彼等〟の後を追って。


「逃げ方に迷いが無い……〝逃げの算段〟は着いてるか」

(ならば此処からは〝ラットレース〟だな)


追う私は彼等の〝捕縛〟を、逃げる彼等は捕縛より早くに〝逃げ切る〟事が目的の競争……その第一歩は相手側に軍配が挙がった訳だが。


「〝巻き返し〟は、まだ可能だ…!」


私はそう意気込み、空から駆け下りる彼等の後を追い、雲のコースを外れ、鉄の森へと突入するのだった。



○●○●○●


「ッ――来たわ!」

「問題ねぇ、この場所なら下手に攻撃は出来ねぇ筈ッ」

「〝妨害〟なら任せてよ!」


人混みの頭上を駆けながら、黒衣の逃走者は己等を追い縋る〝猟犬〟を睨む。


「流石に〝手強い〟な…〝悪魔と手を結ぶ〟だけは有る…!」

「帰ってからもう一度作戦を練らないとね」

「二人の回復もね!――ってそれよりも、〝来る〟よ!――〝前〟!」


三人の襲撃者がそう言い逃走する中、1人の襲撃者がそう声を上げたその瞬間。


――ズオォォォッ――


人入り乱れる〝都市〟の中心、その場所に巨大な壁が競り上がり、襲撃者の進路を塞ぐ…その妨害を前に襲撃者は、その速度を緩める事無く〝突き進む〟…。


「〝リリス〟!」

「〝分かってる〟!」


そしてあわや衝突と言ったその時、襲撃者の一人が魔力を放出し、術を紡ぐ…その瞬間、彼等はまるでその壁を素通りするかの様に何の苦も無く通り抜け、包囲を突破する。


そして、みるみると街の中心から外れ…潮の匂いが風に乗る、海の街へと彼等は駆け抜けて行った。


●○●○●○


――ザンッ――


「ふむ……」

(空間の指定は〝手動作〟…〝空間を操る〟には〝線引された空間〟が必要…か?)


便利な〝魔術〟だが…使用条件が手間だな……等と、港区に逃げて行く彼等を目で追い考える。


「――この辺りに〝逃げ道〟でも作ったのか…」


彼等は雑踏に消え…その姿を眩ませる……やはり直接的な追跡はこうなったか。


「――それに、用心深い奴が居るな」


彼等を視覚から見失ったその瞬間、四つの反応が其々異なる位置から私へと肉薄する……その正体は。


――ヒュンッ――


「〝人形〟…〝降霊術〟の類…いや、それにしては妙だね」


無機質に此方へと肉薄する、木の骨とフェルト皮を纏った〝人型(ヒトガタ)〟…否、〝人形(ヒトガタ)〟。


「〝魔力〟は在れど〝魂〟は無い…つまりは〝魔導人形(ゴーレム)〟系統の魔術…しかし」

(〝長期稼働〟の為の〝核〟が無い?…このレベルの魔導人形なら雑多な魔術師の相手には十分だと言うのに…)


彼等の拳を、刃を、弾丸を、爆撃を防郭で防ぎ…人形を視野に収める。


「〝対象〟――〝4機〟、〝捕捉〟――〝出力調整〟――〝切断〟」


――ザザザザンッ――


土煙を払い除け、4機の人形をその回路毎切断する……そして。


「――〝其処〟か」


私は海辺に積もる、彼等の〝魔力〟の残滓を辿り…その終着へと突き進むんだ。



○●○●○●


「――私の〝人形〟が殺られたッ、結構良い出来だったのに!」

「――リリス、ゲートの維持を解け!」


三人の襲撃者は海辺の倉庫群の1つ、寂れ…埃臭い、誰にも使われていない物置に侵入すると、その奥へと駆ける…その〝奥〟に漂い浮かぶ、彼等の〝門〟へ。


――キィィンッ――


それは何も無い空間に空いた〝穴〟、空間を硝子のヒビ割れの如く裂き、その場に留まる〝黒の穴〟…それは己を縛るように浮かんでいた魔術の紋様の消失と共に縮小を始め、その〝異常性〟を失おうとしていた。


――ドゴンッ、ドゴンドゴンッ――


その最中、ふと背後の鋼鉄の扉が音を立てて凹む…そして最後に一際鈍い、何か拉げた様な音を鳴らし、土煙から奇妙な黒い影が迫る…いや、それは影等では無く。


「『グルルルルッ…!』」


黒い黒い、〝黒を犬の形〟にした様な…そんな〝ナニカ〟…。


「ッ――〝ブラック・ドッグ〟!?」

「ッ触られるなよ、〝呪われるぞ〟!」


その襲来と共に彼等は最後の〝勝負〟に差し掛かる…〝門〟へ向かう三人と、ソレを阻止せんと迫るのは3匹の〝黒い魔力の犬〟、その鬼ごっこも遂には佳境に差し掛かり、勝敗は決した――。



――ブォンッ――


「「「ッ――!」」」


三人はその門へ飛び込む、その直ぐ背後に〝呪いの猟犬〟を連れて…それが黒衣の襲撃者、その最後尾の〝人形師〟に触れんとした刹那、彼等は門を通り抜け…〝空間の穴〟は消失する。


〝二匹の猟犬〟をその場に残して……。


「ッ――おっと、惜しい…後もう少しだったんだがね……良々、お前達は良くやったよ」


二匹の猟犬が己等の主の元へと駆け寄る、その二匹の頭を撫でながら…灰色の眼の青年は、空間に漂う〝魔力の残滓〟を見て…薄く、その口を〝笑みに緩めた〟…。

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