凶兆の霊猫
――パァンッ――
工房の主の顔が吹き飛び、萎びた肉とカラカラの骨が散乱し、腐った黒い違う地面へ垂れ落ちる。
「――さて諸君、今し方この不死身モドキを殺した訳だが…此処で一つ、〝敵の工房〟でやってはいけない事の一つを実際に見ると良い」
倒れ込んだ死骸は、黒い塵となってこの場から吹き消え…一度の静寂が戻る…しかし、依然として消えない終着的な視線を彼方の闇に感じながら、私は魔術を行使した腕を背後の生徒達に見せるように上げる…その――。
「一つ……相手の工房の〝性質〟が分かるまで、決して〝手を出さない事〟だ」
御世辞にも生き生きとしたとは言えない、童の細腕が、血が抜け、肉が萎び、骨が枯れた様な醜い腕を。
「先生ッ!」
「――〝呪詛〟だよ、発動条件は〝肉の器〟への攻撃、攻撃者の肉体から生命力を奪い、自己に還元する〝機能〟…うん、〝不死性〟の絡繰りはもう分かった」
――スパンッ――
私は腕を切り取り、塵一つ残さず焼却してこの空間にただ一つ存在する…〝暗闇の道〟を観る。
「〝本体は工房〟で〝肉の器〟は端末…〝魂を工房に組み込んだ擬似的な不老不死〟…〝魂は工房の核〟にして、〝空の肉体〟を駒として運用する、端末の防衛と工房の燃料を確保する為の〝自動呪術〟…そして」
その暗闇の奥から、此方へと彷徨い迫る…枯れ身の人形達の群れを。
「肉体の複製…さて、厄介だ……君は私達を攻撃出来るが、私達は攻撃出来ない……ならば〝逃走〟が候補に上がるが…さて」
そしてその視線を己等の退路〝だった〟場所へ向ける…しかし既にその退路は薄暗い坑道の壁に変わり、残された〝通路〟は前方の不死者の居る場所しか無いと分かると、私は溜息を吐いて術を行使する。
「――ソレも封じられたね、では逃走は無しだ」
――キュィィンッ!――
『※※※※※!!!』
雄叫びと共に、その枯れ木の不死達は生徒と私とを包む結界に肉薄し、その結界を殴り、或いは引っ掻く…事態は正に絶体絶命かに、思え…この窮地に生徒達は焦りを浮かべて私へ言う。
「一体どうするんですか先生!?」
「〝工房〟を壊さないとねぇ…本体が工房なら、その工房を壊せばこの人形達も死ぬよ」
「私の使い魔なら呪いは――」
「いや、駄目だね、君の使い魔は〝生命の象徴〟みたいなものだ…下手に生命力でも吸われて見給え、君の使い魔は死なないが相手の工房は無尽のエネルギーを手に入れた様な物だ…相手が他の切り札を隠し持っている可能性が有る以上は、その手札は切れないよ」
「じゃあどうするんですか!?」
「そう焦るない焦るない…焦らなくても手は考えてるよ♪…」
私はそんな彼等を宥めつつ、使い魔を呼び出すと結界内には真っ白な白猫がその金の双眸を不機嫌そうに歪めて私を見る。
「『何用だ…孝宏』」
「やぁアル、急だが済まないね…こんな風体だが絶賛窮地何だ…使い魔として協力しておくれよ」
「『断る、貴様が死ぬなら万々歳だ、さっさと死ね』」
「ほ〜う?……そうか、そう言うなら仕方が無い……私一人で何とかしようかな……」
「『……フン』」
そんな彼の冷たい御言葉に、私は諦め結界の外へと出る……。
「〝蛇蝎の秘庭〟、〝丑の刻〟、〝藁と釘〟、〝泥出せし業が縁を蝕まん〟」
結界を維持する為の〝核〟を生徒へ渡し…私はその〝呪詛〟を紡ぎながら、〝血と死の紋様〟を刻む。
「〝右手には右手を〟、〝左手には左手〟を、〝脚には脚を〟、〝腸には腸を〟……〝心臓には心臓を〟…〝因果は廻る〟」
その紋様は、私の身体を這いて蠢き…私の心臓を締め付ける…。
――ツプッ――
『ッ先生…!?』
『……ッ』
私はその胸に手を差し込み…胸の肉を引き裂きながら〝心臓〟を引き抜く……黒々と染まった、〝呪いの心臓〟を。
「〝災いあれ〟、〝禍滅あれ〟、〝報いあれ〟…〝死を以て死に絶えろ〟」
その心臓を、私の腕が握り潰そうとした…その瞬間。
――ヒュンッ――
私の背後から…〝白い影〟が突き抜けた……。
「『――忌々しい真似をしてくれる…』」
「……おや……協力しないのでは無かったかな?」
私はその主にそう問い、視線をやると……その視線は真っ白な獣の金の瞳を捉える。
「『黙れ…貴様が死ねば我も死ぬと知っている癖に、よくも抜け抜けと…』」
其処には真っ白な白い獅子の様な獣が居り、その目に不快を宿して私を睨んでいた。
「……フフフッ、嗚呼…そうだったね…というか、そう思うならもっと速く動けたろう?」
「『……黙れ、次口を開けばその腕を噛み砕くぞ』」
私は短気な愛猫の粗野な言動に肩を窄め…彼へ私の心臓を〝渡す〟…。
「それじゃあ、後は君に任せるとしよう……精々〝私が死なない様に〟…その心臓の呪いを使い潰してくれ……嗚呼、使い終わった後は綺麗にして返しておくれよ?」
「『……言われずとも返すわ、斯様な悪趣味な肉』」
そう言うと、アルは私の心臓を口に入れ……〝呑み込んだ〟……その瞬間。
――ズオォォォッ――
アルの身体を黒い痣が蝕み始める……しかし。
「『〝洒落臭いわ〟』」
アルがそう、心底から冷たく鈍い殺意の籠もった声でそう告げた瞬間…呪詛の痣がアルの魔力に呑み込まれ…アルの姿が変化する…。
「――さぁ諸君、2度目の〝見学〟だ…工房は主の領域…工房の創造主を絶対者とする〝一つの世界〟と私は言ったね……では、仮に…〝敵対者の工房〟に足を踏み入れたとして…イコールそれは絶対の敗北と言えるか?……その答えは〝否〟だ、明確に不利で有ることに変わりはないがね」
その姿を観ながら、私は生徒達に講義を始める…しかし、生徒達の視線は…。
「相手の工房に入った…その際の対処法は無数に有る…1つ、〝隙を突いて逃げる事〟…コレはレベルの低い工房か、余程未熟な魔術師か…或いは慢心仕切った馬鹿者を相手にしか通じない」
「2つは、工房を維持する〝要素〟を破壊する事…この場合鉱山を強力な武装で破壊するか、工房に居られない状況を作るか……そして、〝三つ目〟は、今眼の前にしている光景」
白猫の身を染める…黒い〝気配〟に向けられていた…。
「――〝相手の工房を解析し、工房の術式を破綻させる魔術〟を構築するかだ」
その言葉の終わりと共に、全身を〝黒〟に染めた黒獅子は…白銀色の瞳で眼下の枯れた死体達を見下していた。




