刺激的な講義
――ザッザッザッ――
放棄された鉱山、その坑道で、土を踏む音が静寂の中を踊る…略奪され尽くした無の闇を暴き立てる白々しい電光が揺れ、その略奪者達の先導に居る一人の青年はご機嫌な鼻歌を奏でながら道行く坑道の壁を削り、地面を掘り…フラリフラリとその道を踏破する。
「〜〜〜♪」
『……』
それとは対照的に、青年の背後を行く者達は皆警戒心に満ちた目で周囲を不必要なまでに警戒し…その視線を彷徨わせる。
「お、分かれ道か…以前は確か右に行ったから、今回は左を選ぼうか♪」
曲がり、分かれた坑道を進む中…ふと先導する青年は歩みを止めないまま、背後の〝生徒〟へと声を掛ける。
「――さて、諸君…唐突だが抜き打ち〝チェック〟を始める……この〝鉱山〟に入ってから、何か気付いた事は有るかな?」
「……魔力の流れが薄い…ですか?」
「ふむ、成る程…確かに周囲の魔力密度は薄い…現代社会は神代に比べて大気中の魔力密度が薄いとは言え、此処は特に薄い…良い答えだ」
その言葉に一人の生徒が答え、その青年…教師はその答えへ好色的な反応を返す…だが。
「――残念ながら〝外れ〟だ、現代に於いて魔力密度の薄い場所は少ないが珍しい訳では無い、其れ等は無数の要因が有るが…其処は置いておくとして…〝魔力の薄さ〟はこの坑道における〝異常〟の内には入らない……だが、些細な変化の可能性に目を付けた事は良い事だ、その調子で励む様に」
生徒の答えを冷たく否定し、悪戯な笑みで生徒達を見据え、彼等を焚き付ける。
「…〝工房〟の境界が見付からない事は――」
「残念ながら、ソレも〝外れ〟だ…そも工房とは〝工房の主〟にとって最大の〝財宝〟だよ?…分かりやすく境界を創ろうものなら〝財宝〟が此処にありますよと言っているようなものさ…優秀な魔術師は、その境界を自身にだけ分かる様、魔力の変質を偽装する…気付いた時には〝腹の中〟と言う寸法だ…憶えておきなさい」
「そもそも魔術工房何て無いのでは?」
「ほほう…面白い答えだ、〝私が君達を試す為に何も無い廃棄された鉱山〟へ足を運んだと考えた訳だ……〝否〟、それは違う、確かに此処には〝工房〟が有るとも…ソレに気付く為の〝ヒント〟は既に得ているとも」
生徒達の言葉を遊ぶ様に切り捨てながら生徒達を煽る男…その男へ一泡吹かそうと頭を捻る学生達はしかし、その頭に有用な〝魔術的な異常〟を発見する事はついぞ叶わず、ソレを読み取った男は答え合わせと言わんばかりに指を鳴らす。
――パチンッ――
「――さて、全員其処まで…さて、この抜き打ちチェックは全員〝不合格〟な訳だが…ハッハッハッ、いやいや、そう不機嫌に成るものじゃない…何せ、この鉱山に〝工房〟が有る事を突き止めたのは〝私ともう一人〟だけなのだからね…その一人?…無所属で八咫烏と手を組んでいる〝個人探偵魔術師〟さ♪…試しに天鋼級の友人を連れてきてみたが、結果は〝不合格〟だったよ…驚いたかい?」
そして彼等にそう説明すると、その怒りは和らぎ…生徒達の顔に驚きが映る。
「まぁそれは〝その魔術師〟がどういう性質をしているかと言う問題だよ、天鋼級は確かに〝最高峰の魔術師〟だが、彼等にだって不足は有る…さて、それではこの鉱山の〝異常〟を、この抜き打ちテストの〝正解〟を御教えしよう……それは…〝コレ〟だ♪」
男は彼等の視線を己の右手に集めると、その握られた手を開く……其処には、電飾の光を受けて煌めく…黄色色の金属が有った。
「……金?」
「そう〝黄金〟だ魔術等欠片も関係無い…ね?……おや?…もしかして分からないかい?…では、君達に大ヒント、〝この場所〟は果たして〝どう言う場所〟かな?」
『……ッ!』
「気付いたかい?…」
青年の様な男は、そう言い何かに気付いた生徒達の反応を見て目を細め…勿体ぶった答えを劇的に披露する演出家の様に、その黄金を空中に放って掴み、答えを紡ぐ。
「――此処は〝廃〟鉱山だ………〝何故〟…〝この大きさの黄金〟が、入って十数分の場所から発掘されたのかな?」
『ッ!?』
「〝偶然〟?…〝否〟…偶然とは尤も都合良く説明を付ける〝魔法の言葉〟であり、尤も愚かな〝真実を覆い隠す盲目〟だ…此処まで長く続いている廃坑の、浅瀬の大地に埋まっている黄金を、何故鉱夫達が見逃すだろうか?…有り得ない、得れば一千万は硬い黄金だ、血眼になった鉱夫達は僅かな砂金すら見逃すまいよ……〝偶然には絡繰り〟が有る」
そう言うと彼は資料を取り出し、読み上げる…。
「この鉱山は〝200年前〟に廃棄された…理由は〝黄金〟を掘り尽くした為だとされている…黄金の採掘には100人規模の採掘隊と、採掘用の重機、金属探知の機器が導入され、僅か数ヶ月で掘り尽くされた…まぁ此処はカリフォルニアじゃ有るまいし、黄金の埋蔵量が少ないだけだろうが…しかし、問題は此処からだ」
「――実は十年前から、この街では二月に一人二人、〝行方不明者〟が発生する、共通点は行方不明者は皆行方不明の一月前から妙に〝羽振りが良くなった〟事…その金の出処は〝質屋〟での金の売買と調査資料に記載されている…さて、推測は事実と事実の結び目を見付けたね…何方も〝黄金〟が関係している」
「だがこの近くにはまだ〝金鉱山〟は有るだろ」
「有るね……だが残念な事にこの鉱山以外に〝黄金〟は見つからなかった…金歯1本分もね…しかし此処だけは〝黄金〟が見つかる…〝不思議な程〟ザクザクと…」
そう言うと、男はその黄金を懐に直して推測を紡ぐ…生徒達へ聞かせる様に…〝人に聞かせる様に〟…。
「〝自分だけが知っている〟…〝この鉱山には黄金の礫〟が眠っていると…そう考える者達は誰にも何も言わず、静かに内密に、廃坑へと足を運ぶ、金を一欠片拝借し足が付かないよう〝質屋〟を転々とし…浅瀬から深奥へと、光に誘き寄せられる虫の様に深い坑道の闇に消え…遂には戻って来なかった…と考えた…〝何故黄金が浅瀬に?〟……〝間違い無く釣り餌だ〟…〝何故少人数を誘き出す?〟…〝魔術師に勘付かれない様にする為だ〟…〝何故魔術師から逃げる〟…〝違法な行いをしている為だ〟…〝その行いとは?〟……〝殺人と人体の私的利用〟…この黄金一つでこれだけの〝可能性が知れる〟…そして、此等の点から犯人は〝魔術師〟と判断し、この鉱山を基点にしている理由を〝工房が有る為〟と判断した」
『……』
そう言うと、その男は一拍置いてから苦笑と共に肩を竦めてその推測を笑う。
「尤もコレ等は全て推測だ…実際に真実を明かすまでは何時までも妄想の域を出ない…だから、その実証と、君達の〝学習〟を兼ねて此処に来た…さて……私の〝推理〟はどうかね…〝鉱山の亡霊〟君?」
そして、虚空の闇へそう問い掛けた……その瞬間。
――ブワッ――
暗闇の奥底から凄まじい〝瘴気〟が噴き出し…坑道が変化する。
「――いやはや、君を引き摺り出すのは苦労した…君は〝魔術師〟を襲わない…万が一にもこの工房の位置がバレるのを防ぐ為だ…しかし、そんな君の〝理性〟もそろそろ限界に近いんじゃ無いかな?」
その変化はやがて、坑道を〝道から空間〟へと変化させ、その闇の奥から濃密な魔力を保有した〝ナニカ〟が此方へと迫る…ソレを知覚しながら、男は生徒を一塊に誘導し淡々と推理を紡ぐ。
「工房に散漫した微かな〝瘴気〟は、君が〝人では無い事の証明〟だ…しかし〝魔術師〟を襲わない、人を誘惑し襲う手口は〝完全な妖魔では無い事の証明〟だ…つまり君は〝妖魔に近しい存在〟に成った……自らの肉体を変質させる魔術師は少ない…元来の形を歪めるのは〝人格の消失〟というリスクが付き纏うからだ…それでも人がその手の術を求める理由は一つ…〝不老不死〟の為だ、〝永劫の生命〟、〝死の否定〟、〝定命の人では果たせぬ悔恨〟の為だ…君は〝悠久の生命〟を求め〝肉体の変質〟に手を出した…だが〝完全〟では無かった…ソレは君がこの〝十年〟で起こした〝行方不明事件〟が証明してくれる」
男はそう言い、その冷たい冷気を帯びた視線を、闇の彼方から這い出す〝非人間〟へと向け――。
「君は〝人間の生命を啜らねば生命を維持出来ない〟……違うかね?」
そう告げた……その瞬間。
――コロコロコロコロッ――
「『アァァァァァ……匂ウ…匂ウゾオォ……〝生命〟ノ匂イガ……!』」
礫を蹴り転がす様に、暗闇から這い出すように……〝ソレ〟は姿を表し…その異常なまでに痩せこけた蒼白い骨と皮の顔を外套で覆いながら男へと向け、その姿を現した。




