魔術の房
「さて、今日はいよいよ…我々魔術師にとって欠かす事の出来ない知識……魔術師の〝研究所〟であり、敵対者を迎撃する為の拠点…魔術師本人が磨いた魔術、その性能を存分に引き出す為の〝領域〟…即ち〝魔術工房〟について解説していこう」
私の言葉は、心地良い静寂に広がり…小さな魔術師達の耳に通る。
「〝工房〟とは前述の通り、魔術師が己の専門とする魔術を研鑽するための施設であると同時に、自らをその領域の〝絶対者〟へと確定させる〝空間〟だ……と、大層な言葉で表現したが、実際工房を創るのはそう難しく無い」
――パチンッ――
つらつらとそう説明し、言うよりも見るが早いかと実践する様に指を鳴らすと、その瞬間。
――ピリッ――
『ッ…!』
「うむうむ、良いね…君達も感じ取れたかな?……その通り、今この瞬間、私はこの教室そのものを自身の〝工房〟とした…君達が感じ取ったのは、〝工房化した教室〟に流れる〝魔力の変化〟だ」
私がそう言うと、その瞬間…教室の壁の黒板が独りでに動き出し、その黒板にチョークが白い文字と絵を紡ぐ。
「〝工房〟を創るに当たって…まず必要なのは〝領域の設定〟だ…分かりやすい話が結界術の〝結界範囲〟の指定かな?…諸君、教室の出口を見給え」
私の言葉に彼等は皆、己の首を出口へと向ける…ソレを確認し終えた後、私はこの工房を調整し、その境界を可視化させる。
「此処が、この工房の境界線でありこの工房の効果が機能する範囲…この境界を跨げば、その時点で工房の優位性は消える…それは魔力も変わらない、この工房内に流入された魔力は境界を超え、私の工房へと入って来ると同時にその性質を〝私の性質〟へと変化させる…それにより、私が使用する魔術の質は上がり、燃費も大幅に軽減される等…工房を構える利点は非常に大きい」
言わば工房とは〝己の世界〟と言っても差し支えは無いだろう……ふむ。
「(その視点で見れば、夜門もまた一つの〝工房〟と言えるな…)――いや、失敬…続きだね…工房の利点は、その機能の〝カスタム性〟だ…工房に求める機能を加え、工房を洗練させていく事もまた、魔術師の技量を推し量る一つの〝目安〟と成る…中には、複数の工房を〝接続〟し、一つの〝工房〟として運用すると言う珍しい例も有る…その場合個々の工房にそれぞれ単独では機能し得ない〝機能〟を極限まで高水準で備え、接続させる事でシステムを連動させる絡繰りだ……が、コレをするには余程の財力が必要不可欠だから、一先ずは置いておくとして……さて、では工房についてのさわりの説明はこの位で良いだろう…」
私はそう言い、腕時計の針が刺す時刻を確認して再び口を開く…。
「さて、先ずは工房の創り方について説明した…次は工房の機能について……なのだが、口頭での説明より、実際に見た方が早いだろう……と、言う訳で少し〝移動〟しようか」
「?……何処にですか?」
私の言葉に生徒の1人がそう問い、立ち上がる…私はソレを制止して、生徒達に動かない様伝えて扉と窓をカーテンで覆い隠す。
――シャッ――
「――場所は此処から西に20キロは離れた〝とある廃坑跡地〟だ…おっと、そう驚かない…何も此処から徒歩で車で行こうって訳では無い……魔術師らしく、〝魔術〟で移動するのさ」
私の言葉に生徒達は怪訝な顔をして、周囲を覆う〝黒布〟へ目を遣る…流石私の生徒達、直ぐに私の行動を注目し始めたね。
「フフフッ……では、諸君…カーテンを捲って見給え……其処に広がるのは我等が学園の大地と、誰の物でもない蒼天の空だ…確認したかい?…宜しい、ではカーテンを降ろして…そう、内外を完全に視認出来なくする様に…したかい?…宜しい……それじゃあ――」
――〝パンッ〟――
彼等に指示を出し、再び外と内とが隔絶された状況の中、私は手と手を合わせ、軽い破裂音を響かせて手を叩く…その行動に、目に見えて何かが起こった訳ではなく、その後数秒は沈黙と静寂と微妙な空気が私へと突き刺さる…しかし。
「――さぁ、諸君!…それではもう一度外の光景を見てみたまえ!」
『……』
「良いから良いから、さぁさぁ早く!」
『………』
私はソレを気に留めず彼等へ再び外の光景を確認する様告げる、その言葉に彼等の猜疑はより深くなり、私を訝しむ冷たい視線が前進を射抜く…それを押し通して私が強く勧めると、彼等は半信半疑ながら、その黒い隔絶の幕を開け放った……その瞬間。
『――はぁ!?』
その光景に、彼等は皆驚天動地の叫びを上げる……何故ならば、其処は勝手知ったる学び舎の中では無く。
「此処が件の〝廃坑〟の有る区域だ…そう、只今から日帰りの〝フィールドワーク〟と洒落込もうか!」
少し閑散とした、しかし活気に溢れた鋼鉄業の街の中へと、姿を変えていたが為に。
「さぁ諸君、早速行こう直ぐ行こう…なぁに、身の危険は無いよ、保証するとも!」
「そ、それより今のはまさか――」
「〝転移術〟さ、〝構造〟を同じにした物体を複数用意し、その中身を入れ替える〝空間操作〟だ…奇しくもつい最近この手の技術を体験してね、構造を分解して私流にアレンジしたのさ」
「いや、それってつまり――」
「まぁそれは今の講義には関係無い…時間が溢れている訳では無いのだし、手早く講義を済ませよう……来たまえ諸君、これから君達には〝本物の工房〟とは何たるかを心の髄から理解する事になる……努警戒を怠らずにね」
生徒の言葉を私は軽くいなし、歩を進める……そんな私の背中を無数の生徒の双眸が何かを言いたげに見つめていたが、やがてそれを諦めたのかため息を吐き…私の背後を生徒達が追って進み始め……そして。
――ザッ――
「以前渡した〝首飾り〟は身に付けているね?…宜しい、此処から先は廃坑だが毒素が溜まっていることが有る…首飾りを身に着けておき給え、毒を浄化してくれる」
我々は、人気の無い鉱山へとその脚を踏み入れていくのだった




