晴れ晴れした日常、曇天の心
――ザッザッザッザッ…――
「――いやぁ、ゴメンゴメン、少し邪魔が入って遅れてしまった…時間を取らせたね」
「い、いえ……数分ですのでお気になさらず…」
工場の入口へ着くと、私を出迎える様に工場長が立っている…その彼へ謝罪を述べながら早速と工場へと入っていくと、彼は先導して私を案内する…しかし、何故目を逸らすのかな?…。
「その……流石に工場内では、その〝白衣〟は脱いでもらえますか…」
「ん?……あ、そういう事か」
彼の恐る恐るといった言葉に視線を落とすと、その妙な余所余所しさに納得が行く…そう言えば抵抗する犯人を捕縛する為に〝止むを得ず〟実力行使をした事をすっかり忘れていた…。
――パチンッ――
「いやぁ、道理で周囲の人間に避けられる訳だ…コレなら問題無いだろう?」
「えぇ…それでは早速〝依頼〟されていた〝製品〟について説明致しますね」
「宜しく頼むよ」
――ガガガガガガッ――
そうして工場に入り、最初に耳を劈くのは重厚な機械による合唱、熱を上げて動く〝製鉄施設〟から順繰りに流れていく〝鋼鉄の板〟がベルトコンベアに流され、半分はそのまま次の機械へ、もう半分はコンテナへと積み込まれていく。
「孝宏さんの投資のお陰でこの通り、工場は無事倒産を免れ、社員達に給料を支払えました…本当に、何と言って良いか…」
「別に崇めろとは言わないさ、それよりも…コレが〝件の鋼材〟かい?」
ソレを見ながら、私は問うと彼は感傷から一点、商い人の顔に表情を変えると、その鋼材に触れて商品の説明を始める。
「そうです、孝宏さんの要望通り、〝耐熱性〟に優れ、且つ〝魔力伝導性〟の高い〝鋼材〟…コレがその鋼材です」
「ふむ……熱に例えると具体的にどれ程の〝火力〟に耐えられる?」
「約〝4000〟程…此処から更に魔術で補強すればその1.5倍は耐えられます」
「魔力伝導のデータは?」
「所謂〝基礎的な魔術〟程度の魔力なら行使から誤差0.03秒以下を記録しています、其処から〝中位魔術〟に成ると0.1、上位規模は…流石にこの工場で試せるものでも無いので、データは有りません」
「…成る程、それは仕方ない」
「如何でしょうか?」
私の質問へスラスラと受け答えると彼はその顔を私へ向ける、営業的な笑みの裏には微かな緊張と不安が見て取れる…そんな彼の不安に対して私は暫く黙り込み、この〝鋼材〟に触れて沈黙する…。
「――素晴らしい〝性能〟だ、この2週間未満で良くこれだけの物を造れたね?」
そして彼へそう賛美を告げると、彼の顔から緊張は消え、其処に安堵の色を浮かべて姿勢を崩す。
「ッ!……ホッ…いえ、実際の構造自体は早期に纏まったんです…しかし、鋼材の材料となるタングステンを仕入れるのに一苦労しました」
「流石に優秀だね……うん、良し……今生産できる〝鋼材〟は全て買い取ろう」
「ッ本気ですか!?」
「うん、〝試作〟としてコレを使ってみたい…金に糸目は付けん……だが、少し頼みたい事が有る」
「なんでしょう?」
私はそう言い彼に視線をやると、彼はまたも真剣な商人の顔になり私を見据える…。
「今以上に〝耐火性〟に優れた鋼材は…生産可能か?」
「……具体的なラインは何度でしょう?」
「……〝1万度〟だ」
「万…ッ!?……いえ…成る程、確かにハードな条件ですね…」
そんな彼へ条件を提示すると、彼は確かに面食らうものの、直ぐに頭を巡らせ、その瞳に知性を帯びさせる…。
「――条件が二つ程有ります」
「――良いよ、受け入れる」
「……まだ何も言っていませんが…」
「〝期限〟と〝研究資金〟だろう?…期限は定めない…研究資金についても、全面的に支援しよう…条件はコレで良いかな?」
私の言葉に彼は一瞬呆けて私を見る…その視線は探る様に私を見つめ…やがて、その商人は私へ強い自信を宿した瞳と共に私へ告げる。
「訂正が一つ有ります……〝期限〟は〝半年〟で大丈夫です」
「ほぉ?……自信が有るのかい?」
「えぇ…ウチの社員達は優秀なんですよ、任せて下さい」
私と彼はそう軽口を返し、その手を固く握り…契約を締結させる。
「―それじゃあ、半年後に完成品を貰い受けよう…期待しているよ?」
そうして、私は宝物庫にコンテナを詰め込み……その場を後にする…。
「さて……野暮用は済んだね」
そして気が付けば昼時となり、私の腹の音が軽く響く……。
「アル、何処か良い食事処は有るかい?」
「『〝山狗〟に行く途中で見た〝焼き鳥屋〟だな』」
「お、焼き鳥か…良いね…それじゃあ今日は其処にしよう」
そして、他愛も無い会話を交わしながら…私とアルは人混みの雑踏に混じり、消えて行く…。
『……』
空は晴天…夏日が身を焼く〝太陽の季節〟……だと言うのに、何故だろうか。
この、なんてことの無い休日が…嵐の前の静けさの様な…そんな不穏な〝静寂〟を帯びているような気がするのは……。
「……まぁ、良いか」
きっと…気の所為だろう。
○●○●○●
「皆…揃ったか」
其処は人気の無い港、その潮気の強い香りが満ちる倉庫の一角で…数人の人影が陰間で密談を交わす。
「〝リリス〟…〝ゲート〟の固定は出来たか?」
「――えぇ、〝一回分〟は固定出来たわ…良い?…〝三日〟保つか分からない…悠長にしては居られないわよ?」
「――あぁ、無論〝失敗〟する気は無い…」
「そんじゃまぁ、早速〝動くか〟」
「賛成〜…新月までには帰りたいからね〜」
彼等はそう口々に言い合うと、その陰間から姿を現しながら堂々と街道を渡る…しかし、その妙な〝外国人達〟を咎める者は誰も居ない。
其処にいた誰もが、まるでその場に今しがた居た奇妙な外国人達の、その一切を〝知覚していない〟かの様に振る舞い…誰一人として、その事に触れることは無く――。
――ザッ――
「さぁ…〝悪魔狩り〟を始めよう…」
5人組の男女は、皆…そう言いある方向へと歩を進め…街道の人混みへと溶け込んで消えた。




