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魔人教授の怪奇譚  作者: 泥陀羅没地
第五章:取り憑かれた者達の狂騒曲
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些末な出来事

――キィィンッ――


「――さぁ、コレで〝契約〟は全て果たされた、彼女の魂魄は完全に修復され、その身体は現在進行系で修復ポッドで修復されている…肉体が完全に作られるまで〝3ヶ月〟…魂魄の休眠状態が解けるまで〝1年〟と言った所だ」

「あぁ、ありがとう御座います〝先生〟!……本当に、本当にありがとう御座います!」


私はそう言い、抗菌タイルの上で涙を流す父親と、泣き崩れる母親に説明する。


「あと、休眠状態とは言ったが〝機能〟は最低限生きている、何かを伝える事は出来るから、今後の予定でも伝えておけば良い」


そう言い、かれこれ3桁回数の説明を終え私は疲労に腰を落とす。


「――ハァァッ…疲れた……!」

「ははは…此処数週間毎日作業してましたもんね……お疲れ様です孝宏教授」


そんな私へ温かい緑茶を注いだコップを手渡すのは…この〝病院〟を総括する院長の男性…その男性は42歳にしては若々しい童顔を穏やかに緩ませ、私の対面に座る。


「――彼等親御さん達にとって、貴方は紛れも無いヒーローですよ」

「ハッ、ヒーローね……一人を助ける代わりに数人の寿命を奪う奴がヒーローだと言うのなら、そうだろうね」


複雑に融合した魂を紐解き、再構築する…並の魔術師なら卒倒物の技術を〝学ぶ〟為の実験台…所詮それだけの話であり、その結果何人の少年少女が助かろうが知った事ではない。


「……兎も角、私の目的は済んだ…場所の確保は助かったよ井原君…一応今回の〝手法〟は資料に纏めてあるから…好きに使い給え」


そうして私は院長の彼へ資料束を投げ渡し院内を後にする……外に出ると燦々降り注ぐ陽の光が私を焼き、それと同時に軽快な機械音が耳を突く。


――ピッ――


「――もしもし?…何かね…はぁ?…〝浄化施設〟を訓練施設に?…好きにしたまえよ…何?…私に助力ぅ?――生憎私も多忙の身だ、技術はそっちにも教えたろう、後は君等でやれ!」


――ピッ――

――ピピッ、ピピッ、ピピッ――


「――ハァ、今度は何だね!?」


機械音は鳴り響き、私の神経を逆撫でする…そして吹き出す通知と電子文の山に目を通せば辟易する程送られてくるのは〝八咫烏からの指名依頼〟と〝お偉方の嘆願〟…その内容は取るに足らない妖魔の討伐と私の知識を宛てにした技術開発の依頼…〝あの事件〟以来、私を取り巻く環境はある意味史上最悪の状況と成った。


「――ハァァッ」


紫煙を吐く…苦い煙が私を取り巻き、不愉快な私利私欲と、見え透いた〝堕落〟が目に映る…知っていたつもりだった。


「…少し、〝甘くなり過ぎた〟かな」


かつての時代との変化に浮かれていた所為も有るだろう…それ故に私個人の〝能力〟が人間社会に干渉し過ぎてしまったと言うのが正しい〝原因〟か。


「……〝万能は堕落を呼ぶ〟…か」


一人の突出した個が、長く主導者に居座り続けると…人は堕落する、〝主導者〟へ依存し成長を止めてしまう……単純明快な理屈を、此処最近の私は見落としていた……と、言うよりも最近の私は〝異常〟だ。


前はもっと〝合理的〟な思考をしていた筈だ…一体何時から〝変化〟した…?……。


『―――今年からお世話に成ります、字波美幸と言います!』

「―」


――ピピピッ、ピピピッ――


その思考は、鳴り響く携帯の叫びと振動によって妨げられ…私の視線は携帯の画面に映し出された人物の名前に引き寄せられる……その電話の主の正体から、私は遂にこの下らない電子の情報の中から、私にとって有益な〝報告〟が来たことを理解する。


「――もしもし……やぁやぁ調子はどうかね?…順調?…それは良かった!……それで態々電話した理由は……うん、うん!?…もう生産開始!――了解、直ぐに向かおうッ!」


電話で短い間やり取りをし、電話の向こうの相手が告げる嬉しい誤算に声が張る…そして用件を伝え終えると相手は電話を切り、この陽射しの良い蒼天の様に私の心は浮足立つ。


「フフフッ…あれこれ考えるのは一旦止めだ、先ずは眼の前の〝研究〟に心血を注ごう」


そう意識を改め、一歩を踏み出そうとした直後…。


――ドオォォォンッ!――


「――は?」


私の眼の前で、その出鼻を挫くかの様に事件が起きる……。


――ピキッ――


「――取り敢えず、手始めに犯人には〝厳しく〟処理しよう…うん」


大丈夫、〝生命までは〟取らないさ…其処は保証するとも。


――キュィィンッ――


「――何だ…!?」

「――口を閉じ給え」


――ベキッ――


「グヘェッ!?」

「舌を噛むよ?」


●○●○●○


――ガラガラガラッ――


「ン?……何だ、〝字波〟か…本体に用件が?」

「……」


扉を開ける音に反応してか、そう私へ声が掛かる…その声は私が良く知っている人物に酷似しているが、その口調と言葉の内容から、私の眼の前に居る…その〝男〟が私の求める者では無いと知る。


「……〝スワンプ〟…彼は何処?」

「さぁな、確か○○病院に用があるとか言っていた気もするが…つい四時間前の話だ…今何処で何をしているかまでは把握して無い」

「そう…」

「愛しの本体で無くてすまんな」

「ッ!」


――ギロッ――


私の言葉に、その〝男〟は誂うようにそう言いカップに口を付ける…その言葉に私は微かな怒りを込めて睨み付けると、その男は肩を窄めて苦笑混じりに謝罪する。


「ハッハッハッ、いや悪いな…確かに不躾だった…生娘の純情を突いて遊ぶのは悪趣味だったな、いや悪い……しかしまぁ何だ、アレが返ってくるまでの間の話し相手程度になら成ってやる、そう気を悪くしないでくれ……それとも、話し相手が鏡では不満かな?」

「……全く…次から気を付けなさい」

「承知したよ、字波美幸」


そして私は彼の前に座り、陽射しが温かい昼の休日を堪能する…香り高い紅茶、甘く口溶けの良い茶菓子、テーブルの上で成る音楽…そして。


「――しかし…本体も大概鈍い……君も大変だな字波美幸」

「…随分と興味があるのね?」

「そりゃあね……古今から人々にとって〝愛〟は優秀な娯楽の一つだ、それは反面…根も葉もない悪意を孕むことは有るが…それでも人々の中で尽きることの無い永遠の〝会話のネタ〟なのさ…何、別にさっきの様に誂おう何て思っちゃいないさ……所謂恋バナと言う奴さ、君は気楽に相談し、私はソレに対して理想的な言葉を返す…会話とはそういう物だろう?」

「…ソレも本体の記憶から?」

「まぁ、半分正解かな…半分は私個人が〝創造主と君の関係〟が面白いから関わろうとしているだけさ…さぁ話し給えよ字波美幸…」

「その姿に話すのは何だか嫌ね…」

「む……確かに、姿形がアレと瓜二つと言うのもあれだ…では、〝こうしよう〟」


――パチンッ――


そう言うと、眼の前の男は指を鳴らし…その姿を〝変える〟…黒い長髪の、白衣に身を包んだ白い美しい少女へと。


「――コレなら問題有るまい…さぁ、改めて楽しい〝女子会〟と洒落込もうか♪」


そう言い終わると、その少女は猫のように気紛れな目を細めて、私の言葉を待つ…。


そして……穏やかな昼下がり、私と彼、彼女のなんてことの無い〝お茶会〟は…小さく華を咲かせるのだった…。

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