禍ツ者ノ巣
――ザッザッザッザッ…――
「――〝現時点〟の状況は極めて〝危険〟だと言わざるを得ない」
私は彼等を引き連れ、そう言いながら肉々しい通路を踏み進む。
「――〝異界〟は二つ、内1つ、〝京都の異界〟は崩壊したとアルから報告が有った…だが、残念ながら京都の異界は〝虚像〟…本来の役割を果たす物では無い、我々の戦力を削ぐ為の囮だった……コレは分かりきっていた事だ、問題は〝この異界〟だ」
「――そもそも此処は何なんですか先生?」
「む――此処は〝異界〟…街一つを巨大な魔術陣として形成された〝結界魔術〟…だが、その性質は極めて〝夜門〟に近い物だ…〝生命を取り込み、瘴気を生み出し、異界で世界を侵食する〟…正しく〝夜門〟が持つ危険性と酷似した…しかし〝人為的な夜門〟と言える代物だとも」
(やはり、私の推測は間違いでは無かった…しかし、何処の誰が、どんな目的で……)
「――いや、今は目先の危機に対応しよう」
「それよりも、本当にこの道が目的地何ですか?」
思考の海から意識を引き上げ、道を進む…一見出鱈目に歩いている様に見えるかも知れないが、ちゃんと〝考えている〟さ…。
「そうだとも…〝魔力探知〟は我々にとっての〝テセウスの眼〟だよ…異界、複雑怪奇な多重分岐構造の迷宮にはそれ相応の歩き方がある……先程から一定の間隔で〝音響探査〟、〝魔力視〟を使い通路の〝魔力濃度〟を観測している…最奥が瘴気の根源で有り、其処に繋がる道は他の道よりも瘴気、魔力が濃い…尤も近付けば近づく程瘴気の濃さを見極めるのは難しくなってくるが任せ給え」
この手の比較は学者にとっては朝飯前だからね。
そうして我々は足早に進む、道中迫る〝肉獣の群れ〟は生徒たちや使い魔に任せつつ、最短最速で道を練り歩き、数分後……。
――ドクンッ…ドクンッ…!――
我々は遂にこの異界の心臓部付近へと至り、今、遂にその最後の道を踏破した……。
――ザッ――
「……何だ此処…」
「凄く広いですね…」
「アレは…お城?…どっちかって言うとピラミッドかな?」
「……凄く…怖いです…」
「正しく〝最深部〟だ…」
辺り一面に広がるのは巨大な肉の空と床…その空間の中心には見上げ果てる程豪勢に作られた赤黒い結晶の〝神殿〟…其処から肉の触手が無数に伸び、天井に床にと張り付き、鼓動と共に脈動しているその様は正しく其処が〝心臓〟で有ると物語っていた。
「さて…異界の最奥、その神秘に感動している時間は無い…早速本丸を殴りに行くよ」
そうして我々はその神殿の辟易するほど長い階段を登り、その神殿へと脚を掛け…いざ、敵の座す〝祭場〟へ向かわん――。
「――だから、時間は無いと言ってるだろう…〝真っ直ぐ行くよ〟」
私はそう言い、懐から〝黒い魔術媒体〟を取り出し、壁目掛けて押し込む…その瞬間。
「〝展開〟――〝紅き女帝の血槍〟」
――ズドォッ――
膨大な魔力の炸裂と共に、赤い血の槍が一直線に結晶の城を破壊して突き進む…良し、コレで道ができた。
「――ふむ」
そうして進む事暫く…私はその先に感じた気配に少し沈黙し…懐から予備の〝消耗品〟を取り外しておく…。
「おやおやおや…まぁまぁまぁ……コレは吃驚、仰天はしないが驚いた…」
そして遂にこの異界の主と邂逅した……と思ったその時、予想打にしていなかった訳では無い〝人物達〟と出会う。
「「……お前は…」」
其処に居たのは、全身を武装化した人間の様な姿をした青年と、中世の上流貴族の様な立ち居振る舞いと衣装を纏った〝真っ黒クロスケ〟が互いに矛を向けて此方を見詰めていた。
「――〝緊急召喚〟…悪いが君達は此処でお別れだ…この異界に居る〝山狗〟達と行動しなさい…序でに伝言として、彼等に〝防衛〟に徹する様伝えてくれ、それじゃ!」
「え、ちょッ――」
結美君が何かを言い終わらぬ内に術を起動させ、山狗君達の近くに召喚する…コレで生徒達の安全は確保出来た……さて。
「――どういう状況か…はまぁ、一目瞭然だねぇ…裏切り?…背信…いや、〝利害関係の破綻〟かな?」
私はそう言い、彼等の背後の玉座…其処で物言わぬ骸の様に成った〝肉塊〟の姿を見てそう言うと。
「その通りだよ…〝不身孝宏〟」
返礼と共に強力な雷撃の籠もったナイフが射出され、私の結界を1枚破る。
「そして今から〝三つ巴〟に成るな」
その瞬間、私と青年の隙を見逃さぬ様に〝靄人間〟君は、その黒靄を私と青年へと差し向ける。
前座も何も無く始まった戦闘は白熱を伴い激化する…筈だった、少なくとも彼等、〝二人の中〟では。
「――驚いた……実に〝都合が良い〟展開だ♪」
「「――何?」」
熱を帯びた戦局はふと、私の一声で静寂を纏う二人の刃がその速度を鈍らせ、懐疑猜疑の視線が私を射抜いた刹那――。
――ズドッ――
「「…カフッ…!?」」
二人の胸を貫く〝肉の触手〟が、場を制する…彼等二人は仰天し、私はその背の先の〝彼〟へと言葉を紡ぐ。
「――随分、予定が狂った様だね?」
――ギロッ――
その言葉に反応する様に肉の触手達は目玉を生み出し、私を捉えると声が響く。
「『――否、至極正道で有る』」
「ハハハッ、ナイスジョーク」
――ズルズルズルッ――
「ガァァッ、ァァァ!?!?!?」
「何故……生きて……!?」
「順当に考え給えよ、君達に力を与えたのは誰だね、彼だ…此処の〝核〟は?…コレもまた〝彼〟だ…この異界が崩壊を始めない時点で彼がまだ生きている事は容易に検討が付くだろう……つくづく、〝悪魔と契約した〟人間というのは頭が足りないねぇ――」
「「ッ……!」」
私は引き摺られてゆく彼等へそう吐き捨てながら傍観する…するとどうした事だろう、彼等の視線が私に向くと次の瞬間、
――ガシッ――
「……おや?」
「「せめて…お前も巻き添えに………!」」
悪足掻く様に、諦め悪く彼等は私の腕を掴みそう宣う…全く。
――ズバンッ――
「潔く死に給えよ、見苦しいねぇ」
「「――え…?」」
私はそう言い呆然と私の腕を掴み、玉座の〝肉塊〟へと引き摺られていく彼等を見届ける…そして。
――バクンッ――
彼等はそのまま、その肉塊に現れた巨大な口によって噛み砕かれ、血潮を垂れ流して死に絶える。
「『――見殺しとは…酷い奴だ』」
「あのまま殺しても君の餌だろう?…ならせめて一暴れでもして君を削って欲しかったんだがね……まるで使えなかったよ…ソレより――」
空間全土に響き渡る声にそう返しながら、私はその肉塊の脈動を見て言う。
「早く〝受肉〟してくれないかな?」
その声に反応してかは分からないが、その言葉の直ぐ後に、眼の前の肉塊は漸く姿を変え始めた。




