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魔人教授の怪奇譚  作者: 泥陀羅没地
第四章:曲げられた神秘と論理
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造花は萎れず、しかして枯れる

――ギギギッ――


「『アハッ、アハハッ…大キイワッ、凄ク大キイワネッ…アノ子モオ友達ナノカシラッ!』」

「『嘘ッ、嘘デショッ…飛ンデイルダケデ〝肉獣〟ヲ殺ス何テ……!』」


宙を舞い遊ぶ煙の靄は、まるで人を嘲くかの様に踊り、過ぎ去る…その煙が過ぎ去った地には、凡そ生命の形をしたモノは何一つとない……そう、その生命の形が何であれ、人世の常識外の〝生命〟で有れども…皆等しく〝潰え〟――。


『※※※※※ォォォ……ォ…ッ…!』


その姿を〝液状の血泥〟に変える……。


「『コレハッ……呪イノ類カッ!?』」

「『御呪イッ!…ジャアジャアッ、アノ鴉サンハ魔法使イナノネ?――ソレジャア私ハオ姫様カ゚良イワ!』」

「『黙レッ!』」


その一連の光景は、錻力の人形とその操り手達を恐れさせるに十分で有り…異形の繰り手達は空を飛ぶ〝魔鴉〟に目を遣る。


今一番恐ろしいのは〝アレ(魔鴉)〟だ、アレは幾百の〝肉獣〟達でさえも容易く屠ってくる…しかし、幸運にも、まだ〝凌いでいる〟…。


「肉獣ヲ創リ続ケルノヨッ、彼奴ノ矛先ガ此方ヲ向ク前二…ッ」


異形は言葉と共に、異界を揺らす…それから少しして直ぐにまた、一匹、また一匹と肉の壁、肉の通路を通って肉々しい異形の獣達が駆けてくる。


「ヨシッ…コレデ――」


そして〝異形の怪物〟は安堵する…身の危機から逃れられたと…しかし、その時。


「――〝一安心〟?…いやいや何言うてんねん〝枯れ華〟ちゃん」

「『ッ!』」


己の背後から届く、その背を撫で付ける様な不愉快な声に、ソレは思わず飛び退いた…。


「『貴様ッ……!』」

「『アラ、アラッ…マダマダ元気一杯ナノネ?』」


其処に居たのは細身で特徴的な細目の、狐のような男…その男は異形の言葉に肩を竦ませ、疲労を滲ませた声で、しかし余裕を感じさせる声で異形へ返す。


「元気?……さぁ、どうやろか…僕は何時だって大忙しの疲れ切った社畜やよ?…若々リフレッシュな少年少年達みたいには行かへんよ」


――ギィィンッ――


その言葉に異形は憤怒を込めた鉄の刃を投げて返し、火花を散らしてソレを弾いた如月秋久へ血を滲ませた眼を向けて吠える。


「『減ラズ口ヲッ!』」

「そら口が減ったら僕のアイデンティティ崩壊待った無しやし…それよかええの?…そない僕に夢中になって…」

「『貴様ヲ殺シテカラ考エルッ!』」

「う〜ん……その事やけど、残念やねぇ…」


おちゃらけて薄く笑う男へ異形は遂に殺意を溢れさせ、一歩踏み出そうとする…しかし、その憤怒の一歩は、大地にその脚の底を刻まぬ内に――。


「〝もう手遅れ〟や」

「『――ハ?』」

「『――エ?』」


――ゾッ――


大気を震わせる程の魔力と、その巨大な〝魔術陣〟から向けられた強大な〝殺意〟によって〝後悔と絶望〟に変わる。


「――〝赤より紅き月光よ〟」


そして異形の眼は捉えた…己が生命を、歪んだ華を狩り取る者の、その姿を。



●○●○●○


「〝悍ましき凶月〟、〝狂おしき狂月〟…〝血を食み〟、〝肉を食み〟、〝生命食み〟、〝脈打つ赤き心臓よ〟」


血と肉が天を登る…怨嗟は蠢き、唸りと共に一点へと収束し、赤よりも紅く、悍ましくも鼓動打つ〝赤い月〟を背に、その女は言の葉を紡ぐ。


「〝共鳴るは我が心臓〟、〝月身を重ね〟、〝我が意思は怨仇を討つ〟」


その黒髪は靡き、長く艶やかなその身を黄金の様に輝かせる…人の域を超えた美貌は冷たくも美しい雪の如く儚げに、しかし…その瞳は朱く、鋭い血濡れた刃の如くに遙か先の異形を射抜く。


「〝血濡れた赤き悍月(おぞれづき)よ〟、〝その力を我へ捧げよ〟」


やがて、赤い血肉の月は収縮し…濃密な力を宿した〝赤黒い槍〟と成ったソレは、その女の前へと進み、その手へと収まる。


「――〝憐れみ無く死せ〟、〝恐れ抱き絶えろ〟、〝一切の希望無く〟、〝一欠片の慈悲も在らず〟…〝我が罪業は汝を貫く〟――〝一筋の救い無く〟」


そして、その槍をその女性は強く握ると…振り上げ、遥か彼方の怪物を見る。


「〝死を与える狂月の赤槍ルベルランス・ルナティック〟」


そして、天を引き裂く赤の槍は…月光の狂気を帯びて怪物へと迫った――。



○●○●○●


救いは無い…〝最早少女は救われない〟。


「……」


眼の前の少女を…数秒後、死の槍に滅ぼされる少女を見て、如月秋久は1人…数多の感情を内在した視線で少女を見る。


「……運が悪かったなぁ…〝来美〟ちゃん」


全ては手遅れであり、この同情さえ無価値な物でしかないのだろう。


結末は変えられなかった…例え一人の男が、自身の一族の地位を陥れ、他家の一族の栄光までもを奪い去ってまで…〝ただ一人の少女〟を救わんと足掻いても、この結末は変えられなかっただろう。


「せめて……〝人間のまま〟、殺してやりたかったんやけどなぁ……ほんま、世の中上手く行かへんもんやわ…」


如月秋久はそうヘラヘラと笑いながら、煙草の吸い口を噛み潰し…濁った思考で仮初の可能性を視る。


『もしも、〝あの男〟の力が有れば…』


憐れな少女を、一族に消費される一過性の愛玩具でしか無かったあの少女を〝人の営み〟に迎えてやれたのかも知れないと……男は考え、そしてその思考を嘲りと共に破り捨てる。


「……机上の空論、か…」


――ドッ――


赤い一閃が少女を、少女を操る異形の手を呑み込む…凄まじい魔力が一挙に解き放たれ、まるで一つの肉を貪り喰らうピラニアの群れの様に少女の身体は塵へと変わる…。


「……嗚呼」


きっと、偶然だろう……或いは、そう思いたい己の脳が起こした妄想か……。


「〝良い明日を〟…〝来美〟ちゃん」


最後の最後……ほんの一瞬、死の間際…錻力の人形の少女の顔が、柔らかく暖かな人間の…かつて救わんとした〝少女の顔〟に見えた気がした。


――ピキッ、ピキピキッ――


「…――ハァァッ!……つっかれたわー…!」


そして、そんな如月秋久の声と共に――。


――パキンッ――


京の都に生まれた〝異界〟は、音を立てて砕け散った…。

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