百万分の一の成功
「〝霊宿の木〟、〝悠久の果てに生まれし爾〟、〝爾が肖りしその名の下に、今遍く全ての苦痛を癒せ〟」
「――ッ!」
ソレを見た、その瞬間…己は駆けていた……己の心に満ちる〝不快感〟に駆られて。
「――チィッ、〝間二合ワン〟…!」
「〝癒やしの名を冠せし木輪〟」
しかし、それよりも早く…〝余りにも早く〟…指を組む少女の祝詞は紡ぎ上げられ、少女を中心に凄まじい〝聖浄な魔力〟が広がり…私を飲み込んだ。
――ジュウゥゥゥッ!――
「――ガアァァァッ!?!?!?」
聖なる魔力が、己が身を蝕み焼き焦がす…瘴気を打ち消し、浄化し…力を削ぎ落とされていくのを感じる。
――ジュッ――
その力の奔流が収まると…瘴気によって隔絶された〝水晶の神殿〟を肉と血の異界の上に顕させる。
「――コノ〝水晶ノ神殿〟カ、コレガ〝浄化ノ術式〟ヲ補強シ促進サセテイル…ダナッ…!」
焼け爛れ、聖の力に汚染された身体を持ち上げながら5人の〝魔術師〟とその使い魔達を睨む…その言葉に返したのは、瑠璃の柱の上から私を見下ろす黒猫だった。
「『その通り、水晶は魔術の性能を高め、瑠璃は不浄を祓う力を補強する』」
「〝攻撃〟二見セ掛ケタ〝祭場〟ノ構築…コンナ見エ透イタ〝陽動〟ヲ見落トストハ…!」
「『その〝失態〟が貴様の敗因よ!』」
――ドッ――
「――〝善なる英雄の魔剣〟!」
そして、また迫る…濃密に収縮された〝聖の力〟…不浄を殺す為の〝刃〟の…その力の奔流が。
「――〝敗北〟カ…ソレヲ決メルノハマダ〝早計〟ダナッ!」
死は目前に、滅びは必至…しかし未だ〝決着は着かず〟…負けた、敗北した?……馬鹿を言うな、まだ〝己は動いている〟だろう。
――ジュッ――
肉体の修復を全力で、不要な〝部位〟は切り捨てる…咀嚼、牙、尾、臓腑…内に駆動する、直に停止する〝モノ〟を全て捨てる…。
自身の死は確定的なのだろう…其れは認めよう…だが。
「……私達の勝ち―」
「――ソノ思イ上ガリヲ〝否定〟シヨウ!」
「ッ!?」
奔流を逆行し、勝ちを確信する彼等の眼の前に躍り出る。
「――勝敗ハ〝二ツ〟、〝己ノ敗北〟カ……〝相討チ〟カ!…」
眼の前には1人の少女…その真っ白な剣を握り返し、残る片腕で少女の頭蓋へ手を伸ばす。
回避は不可能、受けるも不可能、味方の援護も何もかも〝間に合わない〟…。
「〝完全勝利〟ヲ与エル程、己ハ潔ク無イゾッ!」
「ッ――!?」
さぁ、どうする…剣はこの心臓を穿つ事は叶わない…この一撃を防ぐ術はもう無――。
――ゾクッ――
「……ッ――!?」
その瞬間…己の目の前で起きた出来事に、己の心は激しく動揺する……そして、その動揺が致命的な〝隙〟となった事を、己は後になって理解した。
――ザッ――
「前二…イヤ、剣ヲ捨テ――」
「〝主無き祈りを、此処に〟…!」
少女が前に出る、一歩踏み出し…驚くべき事に、その手に握られた〝聖なる魔剣〟を自らの意思で手放す。
しかし、それだけでは終わらない…少女は口遊む祈りの様な言葉と共に、その手を腰へと伸ばす…その動作を追う、己の視線はその行き着く先を見て瞠目する。
(――〝黒い〟…〝剣〟…!?)
その腰には、古さを帯びた何の力も感じない〝黒い剣〟が備えられていた…そして、その剣が抜剣された瞬間。
――ゾッ――
先程感じた〝悪寒〟よりも、更に〝強力無比〟な圧力と…ソレを形成する、〝尽きることの無い殺意〟が己の身へ、一身に注がれた。
●○●○●○
迫る〝怪物の爪〟を見る…焼け爛れた怪物の、その恐ろしい瞳に浮かんだ〝驚き〟を見る…見る、観る、視る…眼の前に肉薄する〝怪物〟、その一身をだけ…確かに捉える。
〜〜〜〜〜〜
『お嬢さん、コレを君に』
『?…何ですか?…〝剣〟?』
『――トドメを刺す際には、必ず〝コレ〟を使い給え…〝コレ〟がアレを殺す最後の〝欠片〟だ…』
〜〜〜〜〜〜
そして、懐に帯剣した……真っ黒な剣を〝抜く〟…その瞬間。
――『〝―――〟』――
私の身体が独りでに動く…けれど、それは強制されたモノでは無く…確かに〝私の意思〟での行動だと、矛盾した理解を得る。
――ザッ――
一歩踏み出す…その一瞬で私の頬を怪物の爪が掠める…直ぐ近くまで迫った顔を、怪物の赤い瞳を視る…そして、その視線を落とし、私は焼け爛れた怪物の胸へ狙いを定め――。
――ザクッ――
その胸を、黒い剣で貫き…。
「――〝我が名は〟…〝無名の悪魔祓い〟…〝魔を赦さぬ復讐剣也〟…!」
「コ……レハ…!?」
――ブワッ!――
その剣から凄まじい魔力が噴き出し、私をも吹き飛ばす。
――キィィンッ――
「『無事か小娘…!?』」
「ル、ルイナ……うんッ、やったよ私!」
「問題は…コレで倒したのかどうかって所だね…」
魔術で受け止められながら、私達は〝その光景〟に、緊張を抱く…怪物の絶叫が奏でる、壮絶な〝力の蠢動〟…その光景は、〝真っ黒な十字架〟の様にその力を型取り、怪物の身体を呑み込んでいく……そして、その身体を完全に呑み込んだ、その瞬間。
――ガッ――
『ッ!?』
黒い十字架の靄の中から、1人の〝腕〟が飛び出し、その中心部を掴む様に腕を突っ込んだ…。
――ギュオォォォォッ――
「――んん…?……フム…此処は…」
その手が掴んだ〝剣〟を引き抜くと、真っ黒な剣から噴き出していた魔力が急速に収縮し…其処に怪物では無い、1人の〝黒髪の少年〟を残して静寂が満ちる。
「――先生…?」
「――んん…此処は…意識は有る、肉体も稼働している…〝策〟は上手く嵌った様だ――」
「先生ー!!!」
しかしその瞬間、少女達はその少年目掛けて突撃し、そう叫ぶ…そして、その言葉と突如身に迫る数人の少年少女達の突進に。
――ドサッ!――
「ぬおぉぉ!?!?――な、何だぁ!?」
その少年…〝不身孝宏〟は、目を白黒させて少女達に押し潰されたのだった…。




