瑠璃と水晶
「――先ず前提として言うと…〝絶対に助ける〟と言う保証は無い…コレは飽く迄も〝延命〟と言う手法で、君の存続を延長させるという契約だ」
「……延長…」
「〝そんなものが何に成る〟…と言いたい様だが君にとってはこの程度の〝可能性〟でも藁にも縋ると言う物だろう…まぁ大人しく聞き給え…んん、少し息苦しく成ってきた」
そろそろ喋る事も苦しくなって来たが…私は目の前の泥塗れの〝私〟を見て続ける。
「君を私が〝取り込む〟のさ…この〝拘束された魂〟に…肉体への一切の干渉を封じられた、其処で居るしか無い〝私〟がね」
「ッ……ソレは…!」
私の言葉に〝私〟は言葉を詰まらせる…ソレがどういう意味かを理解したのだろう。
「私と君をより強く〝同化〟させる…今回の様な事象が起こり得ない様に…〝善悪〟の〝独立〟を起こさないよう…〝完全に〟」
ソレはつまり〝双方の自我の喪失〟で有り、〝新しい私の自我の形成〟だ…いや、元が〝私〟なのだから体外的には一切変わらないが。
「――さて、君は君の生存の為に〝自身が死ぬ〟事を受諾するかね?」
「――認めるわけ無いだろう…!」
私の言葉に這い蹲る私がそうがなる…まぁ、分かりきっていた事だ。
「――そうか、では結構…この話は無かったことにしよう!」
「ッ……!?」
「さて、では我々は後どれだけの秒数〝生きていられる〟だろうかね?…十秒?…二十秒?…流石にカップ麺が完食できる位何て言うのは欲張りだろうねぇ」
彼の拒絶に私は至極あっさりと取引を白紙に戻し…ジワリジワリと迫る〝侵食の影響〟を認識していく。
「――〝共存〟だッ…私とお前がこのままッ…このまま一つの肉体で生きて行く――」
「――そしてまた、同じ事を繰り返すと?…ハッハッハッ、冗談キツイね」
そんな最中に、〝私〟から紡がれた交渉にさえならない稚拙な発言を私は切り捨てる…全く、彼は何か勘違いしているね。
「――〝君は交渉人〟では無い、〝被契約者〟だ、私が提示した〝契約〟を呑むか否かの取捨選択だけが君の〝権利〟だ…履き違えては行けないよ?」
「ッ………!」
「――どうするかね?…私の契約を呑むのか呑まないのか?…悩む時間は無い…とだけ言っておこうか」
○●○●○●
――ババババッ――
「――フム…」
撃鉄と硝煙が獣の身体を吹き飛ばす…縦横無尽に駆ける老齢の戦士が起こす、嵐の様に激しい〝血の舞踊〟を赤眼は捉え、ポツリと呟く。
「――テッキリ、オ前達ガ取リ巻キヲ対処スルカト思ッタノダガ……アノ人間、中々酷ナ真似ヲサセルモノダ」
そして、その顔を5人の少年少女達へ向けると…その独り言に、楽しそうな〝興味〟を滲ませてその異形は問う。
「――サテ、デハ始メヨウカ…勝算ハ有ルノダロウ?」
――ドッ――
その瞬間、異形は放出する魔力を更に増大させ…外部を瘴気の靄で覆う。
「――サァ、是非見セテクレ」
そして警戒に足踏む彼等へ異形の怪物は肉薄しようとした……その瞬間。
――ブブブブンッ――
「『〝多重展開〟…〝詠唱開始〟』」
「ナッ!?」
「〝多重錬成〟――〝瑠璃の真柱〟」
天井に響く、何者かの声に異形は天を見上げ…そして見る…術を紡ぎ上げる一匹の〝梟〟を。
「〝使イ魔〟カッ!?」
「『――相手は魔術師ぞ?…使い魔が居るなど当然であろう?』」
「ッ――!?」
「『〝簡易詠唱〟、〝神秘の門よ、領域を開け〟―〝水晶の理界〟!』」
そして、空間を歪ませて透明のヴェールを外し現れる…二又の黒猫を。
――シャンッ!――
その瞬間、降り注ぐ淡い澄んだ蒼の柱と水晶の大地が瘴気で隔絶された空間に満ちる。
「――ハッ!…ソウカ、焔ノ魔鳥ヲ従エル者モ居ルノダ、ナラバ他ノ者モ従エテイテ道理カ!」
――キィィッ――
その2匹の猛攻を躱し、異形の怪物は吠え嗤い梟を睨んで〝跳ぶ〟…しかし。
――ジリィィンッ――
その爪が梟の身体を引き裂こうとした瞬間、横合いから飛翔した冷気を纏う白い槍が怪物を大地に叩き落とす。
「――もう俺等を忘れたのかよ?」
「貴方の相手は使い魔では無く〝我々〟ではないのですか?」
そして、そう言い肉薄する氷の〝人狼〟と炎の〝巫女〟の赤と青の暴威が怪物を包み込む。
「――良イ魔力ダ…」
燃え盛る炎と、凍て付く冷気が怪物の身体を焼き焦がし、或いは徐々に凍らせ砕いていく…しかし。
――ガシッ――
「ダガ、ソレデハ〝己二届カナイ〟…!」
「「ッ!」」
その攻撃は確かに怪物の身体を傷付けていく…しかし、そのダメージより早く〝回復〟する化物の腕が二人の腕を掴み離さず…双眸が二人の男女を〝捉えた〟…。
「ソシテ、マタ判断ヲ誤ッタ――忘レタカ、己ニハ〝第三ノ武器〟ガ有ル事ヲ!」
その声と共に、化物の尾が炎と雪を切り裂き二人へと迫る…しかし、二人の表情は崩れない…それどころか〝笑み〟を浮かべて怪物の双眸を真っ向から睨み返し。
「「――〝任せた(任せました)〟!」」
そのまま、また拳を…或いは炎を怪物へと振るった…迫る尾の凶刃を一切気に掛ける事無く。
――キィィンッ――
「ッ――〝標的補足〟……〝切断〟!」
その代償は数秒とせず、二人の首を刈り取る……筈だった、しかし…その予想に反して、現実は驚くべき事に、刈り取られたのは〝二人の首〟では無く、〝一つの尾〟の方だった。
「今ノハ――ッ」
「「オォォッ!!!」」
――ドゴォッ――
混乱も一瞬、その瞬間怪物の身体を撃ち抜いた二つの〝一撃〟は、怪物の身体をくの字に歪ませ吹き飛ばす…その膨大な力の〝破壊〟が齎す苦痛を身に受けながら、怪物はその目を1人の〝男〟へと向ける。
――ポタポタポタッ――
「ハハッ…ハァッ…ハァッ…確かに凄い〝技術〟だ……だが、こんな〝イカれた術式操作〟をしながら、相手の切断部位を補足し続けて切断する何て…〝正気の沙汰〟じゃないだろッ!?」
其処には、血の涙を流し荒い息で苦痛に耐える1人の青年がそう呟き……笑っていた…。
「――〝素晴ラシイ〟…!……ヤハリ、オ前達ハ〝脅威〟ダッタ……ソノ〝成長〟ハ認メヨウ…ダガ!」
その状況に怪物は感嘆と敬意を込めながら吹き飛ばされた身体を起こして身体を再生させる…。
「―オ前達ノ攻撃デハ、己ヲ倒ス二マダ足リナ――!?」
そして、その言葉と共に溢れんばかりの闘争本能を沸き立たせて〝敵〟の居るその方角を見た……その時。
――コォォッ――
水晶と瑠璃の舞台に、真っ白な清らかな魔力が噴き出し…怪物の目に、二人の〝少女〟を映し出した……。




