空席だらけの舞踏会
「『アハッ、アハハッ!――素敵、素敵ヨ貴方ノ躍リ!』」
「ソレはどーもッ!」
――ギッギギギッ――
「――ちょいちょい、まだアカンの〝字波ちゃん〟!?…僕そろそろキツイで!?」
「ちょっと、まだ5分も経ってないでしょ!?――後3分粘りなさい!」
「無茶言うなや!――ヒィッ!?」
騒がしく口論する男と女の声が戦場に響く。
「此方も余裕無いのよッ、結界を維持しなきゃいけないしッ…増援は受け持って貴方に〝強化〟掛けてるんだから文句言わないで!」
「ヌグッ――其処突かれたら何も言われへんやんけ…ッ!」
其処には、巨大な結界の中に気絶した人間を運び…周囲に湧き出す肉の獣を1人で処理する真紅の女と、二つの醜い手と一つの人形で構成された〝怪物〟を相手に格闘する優男が言葉を交わしながら、目の前の相手へと集中していた。
――ヒュンッ――
「『――嗚呼、不愉快ネ…ヤッパリオ前ハ嫌イダ…自分ノ力ヲ隠シテ、他人二負担ヲ強イル屑メ』」
その様子を見ていた怪物の片割れは、そう言いながら目の前の男へ侮蔑の声を上げる…だが。
「〝能ある鷹は爪を隠す〟――って言うやろ〝枯れ華〟ちゃん?――そもたかが〝仕事〟になんぼもやる気マックスで働けるかいな…そんな真面目ちゃんは長続きせーへんで?」
「『ッ…黙レ!』」
その言葉に対して男は、見透かしたような哀れみを込めた視線でその〝手の怪物〟を見詰めて言葉を返す…それに気が障ったのだろう、その手の怪物は目に見えて力を込めてその手を操り、人形をより激しく操作する。
「――ウフフッ、〝闘牛舞踊〟ネ♪――良イワネ、素敵ヨ…ナラ、歌モソレ二合ワセナキャ♪――」
その人形の動きに、もう一つの片割れの手は愉しげにクスクスと笑いながらそう言うと、その手を動かし、人形の口を開き次の瞬間。
「――〝情熱ノ蹂躙歌〟♪――〝〜〜〜〜♪〟」
その口の中から響く、熱の籠もった力強い歌声と共に瘴気が周囲に広がり、彼等を囲う無数の〝獣達〟に瘴気が纏わりつく。
「ッ!?――如月、その歌を止めて!」
――ギィィッ!――
「今やってる!――チィッ!」
「『アハハッ♪――モット激シク踊リマショウ!』」
――ドッ――
目に見えて分かる〝異常〟に如月秋久は元凶の人形の喉へと短剣を突き出す…しかし、ソレはその人形の手によって容易く払い除けられ…返す刀の脚撃で如月秋久は後退る…。
「ゲホッ!…クソッ、僕の専門は対話やってのに…何でこんな目に…!」
「『ハハハッ、ハハハハハッ!――死ネ、死ネッ〝裏切リ者〟ッ!――オ前ノ死体ヲ引キ裂イテ獣共ノ餌二シテヤルッ!』」
「お〜怖ッ、僕より君のが美味そうに…あぁ、君等の本体は〝ソレ〟やっけ?…じゃあアカンわ、流石にあの化物達でも〝ゲテモノ〟は食いたくないやろしねぇ?」
そしてまた、2つの影がその距離を埋め…甲高い金属音の応酬が再び始まった。
●○●○●○
――ビキビキビキッ――
「〝血濡れの鉄杭〟!」
大地の血が沸き立ち、その赤の杭が迫りくる〝獣〟を仕留めていく…無尽蔵に湧き出す敵を寄せ付けることもなく仕留めるその様は、至極順調かの様に見えた…しかし。
――ザッ…ザッ…――
「ッ……不味いわね…」
字波美幸は苦虫を噛み潰した様にそう呻き、己の目が捉える光景に〝判断を鈍らせる〟…。
『※※※……※※※※※……!』
ソレは異様な迄に筋肉を隆起させた、他とは明らかに〝違う〟獣の姿。
「〝支援魔術〟による〝肉体強化〟…よね?」
(〝強化〟と言うより〝変化〟に近いけど……ってそうじゃない)
その〝屈強な獣〟達は他の獣達を轢き潰しながらこの結界目掛けて突撃する。
(どうする?…結界の出力は下げられない…かと言って今の迎撃だけじゃ処理し切れない…如月への〝強化〟は外せない)
猶予は数秒、その数秒で字波美幸は思考を巡らせ最善の取捨選択を迫られる。
(候補は二つ、〝結界〟に出力を回し籠城するか、〝攻撃〟に出力を回し、近付かれる前に〝殲滅〟…何方も分が悪い賭けになる)
前者は〝結界内〟の安全は確保出来る…しかし何時までも獣達が結界に執着するかは分からない上、籠城も無制限に出来る訳では無い。
後者は、気絶した〝仲間〟に危険が迫る…人形が〝支配〟に思考を切り替えた瞬間アウト。
(――打開策は…〝支配の余地無く全敵性反応の殲滅〟)
……無茶苦茶な〝賭け〟だ、余りにもリスクとリターンが見合っていない。
(……残る、選択肢は……)
僅かな猶予、最後の策を思案し…私はその視線を〝其処〟に向ける。
「――〝コレ〟ね」
○●○●○●
――我々は人々の為に礎と成ろう――
ソレは〝宣誓〟…私達の誓いの言葉…己の幸福を捨て、未来の為に〝艱難辛苦の道を往く〟と言う〝覚悟の表明〟…。
――ザンッ――
「コヒューッ…コヒューッ……隊長…〝俺を捨てろ〟…!」
「〝世に平穏のあらん事を〟…てね」
「あぁ、怖えがしゃあねぇ…やってくれよボス」
〝山狗発足〟から今日に至るまで、〝28人〟…私がこの手で切り捨てた〝彼等〟を片時も忘れた事は無い。
「『――そうだろうとも、何時も見ているものなぁ…〝仲間の死に目〟を、泡沫の微睡みで』」
その声を……私は知っている。
「『今回は誰だった?…〝ロクデナシの古谷〟か?…〝小心の杉木〟か?』」
私の使い魔が、夢の中でそう笑い掛け…私を見る。
「『――何時までも寝ぼけている場合か〝日鶴江理佳〟…全く…貴様も、貴様等も…俺を〝使い魔〟にしたと言うのに、何処までもこんな所で寝そべっている場合か?』」
その声は昏く、黒い…〝鴉の様〟に冷たく――。
「『――起きろ日鶴江理佳…我が愛おしき〝冷徹の女帝〟…お前を呼ぶ声が聞こえないのか?』」
その瞬間、暖かな光と引き上げる様な強い〝気配〟が、私を包み込んだ……。




