贄貪り、異界の門は開かれる
「『――時は満ちたり』」
薄暗い闇と土の〝神殿〟で…汚泥の様に張り付く〝瘴気〟を脈動させながら…一つの〝声〟は、老いとも若いとも、男とも女とも区別の着かない声でそう紡ぐ。
「『〝天上に地獄有り〟、〝我が悲願は今や星々より遥か近くへ落ちた〟…!』」
その声は、まるで無邪気に、渇望する様にその言の葉に愉悦を滲ませて言う…恐らくは滅多に歓喜を抱かないのだろう…その声は震え、その〝人影〟はソワソワと忙しなく身体を揺れさせていた…。
「『〝千の贄は此処に〟、〝血の紋は敷かれ〟、〝憎悪は満ち盃を潤す〟』」
その声は続き、そう言の葉で詩を紡ぐと…その身からは悍ましい瘴気を噴出させ、脈動する〝瘴気〟は待ち侘びたと言わんばかりに無数に、無尽蔵にその身を拡大させてゆく。
「『〝夢も現も泡沫なれば、なれば我が意は夢を現に再創せん、我が夢、我が悪夢、我が悲願、我が憎悪…焚べるるに不足なき我が願いを核に〟、〝我が大いなる主の下知を以て今〟――〝侵世の門は開かれる〟!』」
そして、その神殿が悍ましい赤黒い光で満たされたその時――〝人影〟はその口を醜く引き裂いて告げる。
「『〝遍く生命に憎悪を〟…!』」
その…醜く、悍ましく、恐ろしい〝願い〟を。
●○●○●○
『ッ!?』
その時…その場に居た生者は皆、その〝悪寒〟に従い…立ち尽くす。
「ッ何…〝コレ〟!?」
「――嘘だろオイッ、〝コイツ〟ァ!?」
彼等は皆、否応無くその目に、脳に刻み付けられる…今、己達が置かれた状況を。
――ドクンッ…ドクンッ…――
最初の異常は……〝黒い泥〟が天高くまで伸びていった…其れ等は不気味に脈打ち、流動し…自然の摂理、宇宙の法則を捻じ伏せて空へと上がる。
次の異常は、その泥が天を完全に覆い尽くしたその瞬間…場の空気が変わった…生暖かく…不快な、何処そこの虚空から見つめられている様な、何かがジッと己等に狙いを定めている様な…そんな不気味な気配に変わる。
その次は…大地が〝変わった〟…何の前触れも無く、パッと…瞬きの刹那、まるで元からそうで有ったかの様に…大地を一瞬にして〝血の床と死肉の壁〟で出来た〝地獄〟に変える。
世界が〝蝕まれた〟…己等の現が、〝有り得ない狂気〟に塗り替えられた…その様はまるで――。
「〝夜門〟……!?」
世界に突如として、〝異界〟が創り出されたかの様な…そんな突然の、最悪な〝奇跡〟が、街一つを丸々と包み込んだ。
●○●○●○
「――〝夜門〟、そう…〝夜門〟だ!」
素晴らしい…良い発想だ…!。
――キィィィィンッ――
「〝研究者〟殿ッ、何を…!?」
隣で騒ぎ出す〝ソレ〟を無視し、己は虚空に〝投影〟する…この異常が起きる前の〝地形〟を。
「――ハハッ、ハハハッ!…そうか、そうだったか!…〝やってくれたな〟!」
己は今や〝変化した状況〟へ対応するべく、眼の前の〝彼等〟へと口を開く…少なくとも隣の男よりは彼らの方が〝使える〟だろう。
「――〝偶然〟では無い…この街に構築された、我々の〝拠点〟…その配置も、奴等の拠点の配置も…この〝戦い〟も…全てが〝隠された悪意〟によって生み出された必然だ…〝見てみろ貴様等〟…コレが〝術の完成形〟だ」
外郭の拠点は〝円〟を創り、中の拠点は〝区切り〟…〝近い拠点〟は――。
「〝術式の強度〟を高める〝儀式の装飾〟…見てくれが分かり辛いか…ならば〝分かり易くしよう〟」
己が言い終わるその前に、投影された図式はより分かりやすく〝加工〟され、ソレを線と曲線と文字で構成された〝式〟へ変化させる。
「……何、この〝魔術式〟」
「辛うじて〝結界の術式〟がベースに成っているのは分かる…だが」
「見たことの無い〝言語〟…いや、〝言語〟かコレ?」
其処に投影されたのは、街一つを包み込む巨大な魔術陣…だが、それに刻まれた文字は凡そどの国、どの文明にも属していない〝奇妙な絵〟で構成されていた…。
「面白い……分類するなら〝象形文字〟だろうか、動物、自然現象、災害、文化…古くからの〝言語〟だ…しかし、その絵、つまり〝造形〟はこれまた〝面白い〟…〝どの国〟にも当て嵌まらない〝未知〟の物だ」
ソレは良く見れば何かの動物を象った絵の様でも有り、しかし中には線と角で構成された文字も有る…極めつけは。
「〝象形文字〟、〝楔形文字〟、〝ルーン文字〟…其れ等の〝全ての言語〟と共通する点が有る…〝どの国〟にも分類出来ない、しかし〝どの国〟にも〝共通する点を持つ言語〟…こんな物は見たことが無い…!」
驚きも有るがしかし、それ以上に〝沸き立つ〟…コレは凡そ〝常人〟が描き得る代物では無い。
「――コレは〝誰が創った〟のか…!」
最早〝戦争〟どころでは無いこの奇妙な場で…私は一際強い〝好奇心〟を抱く…その時。
――ドクンッ――
この空間全土を木霊する様な〝脈動〟が空間を揺らし、ドス黒い〝瘴気〟が足元から滲み出した…。
「ッ!?……コレは…!?」
そしてソレは…周囲に居る〝彼等〟を無視して私へと〝寄り集まり〟始める…その瘴気を、〝己〟は知っていた…。
「ッ……そういう事かッ!」
己の身体に瘴気が纏わりつく…ソレは離れること無く、寧ろより深く〝己〟に喰らいついて来る。
「この戦争は〝茶番〟だったッ…〝魔術主義〟も、〝科学主義〟もッ…〝贄を集める疑似餌〟だったのか…!」
その中心で〝暗躍〟していたのは――。
「〝敵〟は…〝悪魔〟…だ…っ…ァ」
己は言葉を紡ぎ上げて彼等へ〝警句〟する…その言葉は何処まで〝届いていた〟かは分からない…唯一分かるのは。
――ドクンッ――
この戦場が〝最悪を生もうとしている〟と言う事だけだった…。
○●○●○●
少年少女達はその光景に冷や汗を流し身構える…沈黙する〝瘴気の塊〟へ強い警戒心を抱きながら…。
――ズズズズッ――
「――ただ〝死んだ〟…それだけじゃ無いよな?」
「えぇ…明らかに〝何か起きてる〟…!」
沈黙する男の体は完全に覆い尽くされ…気が付けば隣りに居た〝男〟も、その場から姿を消していた…そんな状況が続き、その瘴気の塊が圧迫する空気に彼等が深い息を吐いた…その瞬間。
――ギロッ――
ドス黒い瘴気の塊から〝恐ろしい赤い瞳〟が彼等を睨み付けていた。




