善人じゃない
――ザッ…ザッ…ザッ…――
「〝夜門〟…ソレは〝妖魔〟を産み落とす〝異界化した結界〟で在る…ふむ、確かにそうだな」
確かに…〝異界化した結界〟で在り…その〝能力〟は即ち〝妖魔の生成〟だ…それは間違い無い。
「しかし、それは〝正しく〟…しかし〝その認識は間違い〟だ」
この処置が取られる以前は、至る所で〝夜門〟は発生した…ソレは、〝魔術が現代〟に融合した歪による〝自然現象〟だと…きっと、彼等はそう考えているのだろう。
「何故誰一人と〝可笑しい〟と思わなかった?…否、改めて考えれば矛盾点の塊が過ぎる……何故、〝夜門は異界化するのか〟…簡単だ、〝結界内の構造の改変〟だ…〝結界を構築し〟…〝内部構造を改変〟し…〝瘴気から魔〟を生成する…そして〝夜門〟は現世を侵食し続ける…コレ等を〝自然現象〟とするには余りに〝歪〟過ぎる」
自然現象には〝無駄〟が無い…その存在を維持する上で、〝活動〟、〝負荷の排出〟、〝循環〟が無駄無く行われている、ある種の芸術と言える程に洗練された無駄のない機能が搭載されている。
しかしコレには〝排出〟が存在しない…以前の私の推測では、この〝夜門〟とは即ち〝魔物を生成する工房〟と考えていた…だが、この〝夜門〟には〝出口〟が無い…ただ、〝中〟に取り込む機能しか無い…。
「〝排出〟も〝循環〟も無い…ただ〝蝕み〟、〝塗り替える〟…言う成れば〝兵器〟の様だ」
実に興味深い……一体コレを〝考えた者〟はどういう意図でコレを創ったのか?…どうやってコレを〝自然現象〟に見紛う程に〝頻発させた〟のか…気になって気になって〝興奮〟が収まらない!…が。
「まぁ……取り敢えず今はこの〝夜門〟を処理する事を考えようか」
――クチャッ…クチャッ…――
「ァアア…嫌だ、嫌だ…死にたく無いッ…シニタク…ナイ…!」
「ふむふむ…どうやら、〝君〟がこの〝夜門〟の主かな?」
『ッ!?』
――ドッ――
私の声掛けに、背を向け〝音の鳴る何か〟を貪っていたその〝存在〟はその場から飛び退き此方へその金の〝双眸〟を見せる。
「その俊敏性…恐らくは〝変貌した魔獣〟辺りかな?…ソレも酷く大きい…それに…随分と人を〝憎んでいる〟様だ」
――ザッ…ザッ…――
「あ、あ…お、オイ……助け――」
「助け?…〝救助〟?…君は自分の身体の状況を見てまだ〝助かる〟と?…手足は食い切られ、腸も潰され…今も尚生きているのは君が半ば〝死体〟で有り、其処の〝夜門〟の主の意思によるモノだ…だろう?」
『……』
私はそう言い、物陰の奥にいる〝双眸〟へ問い掛ける…その問いに、ソレは答えない…〝答えない〟…と言う〝答え〟を提示する。
「つまり、君はもう助からない訳だ…悪いが諦めておくれ」
「そ、そんなァッ…いや、嫌だ…金なら出すからッ…な、何とかしてくれよォ!」
死の間際に、その男は情けなくも喚き散らす…肺も殆ど潰れていると言うのに、一体何処からそんな元気が出るのかね?…。
「――馬鹿を言うなよ〝君〟…コレも全て、〝君が選択した結果〟だろう?」
私は死に体の彼へそう言いながら、その瞳に覗き込む…その絶望の表情に、私は大した興味も湧かない。
「私は忠告した、〝一人は危険だと〟…金級の一団が造作も無く殺られたと言うのに、何故君一人で何とか出来ると思えるんだ?」
「ア……ァァッ…」
「ソレに…私は君を〝助ける〟義理は無い…我々は同じ社会に属しているからと助け合う訳では無い…不愉快ならば理由を付けて拒絶し、不利益ならば被害を最小限に抑えて処理する…その自然界とは異なる〝淘汰〟と〝共存〟のサイクルが〝我等の世界〟と言う物だ…君は私が助けるに足る〝心象〟も〝利益〟も示さなかった…ならばやはり、君は私にとって〝不必要〟だ…或いは君が私の〝教え子〟で在れば…〝義務〟の下に助けはしたがね…生憎と私は〝善人〟じゃ無い見ず知らずの無価値な生命を救う程〝優しく無い〟よ」
そして、私は眼前の双眸を見て言葉を紡ぐ。
「お話は以上だ……やぁやぁ、態々待ってもらってすまないね君…私は〝不身孝宏〟…しがない研究者で魔術師で教授だよ…君の名は?」
『……』
私はそう言い、喚く〝爆弾〟を無視して前方の双眸に問い掛ける…しかし、ソレは何も答えずにただ警戒と疑問を此方へ向けて動かない…ふむ。
「名を語らないと言うならば仕方無い…せめてその〝姿〟でも見せて貰おうか」
私はそう言い、足元の〝爆弾〟を掴む。
「ガァッ!?」
「さぁ行って来たまえ〝爆弾〟君!」
そして前方の双眸へ、向けて投げつけると…その〝爆弾〟は臓腑を撒き散らしながら双眸へ迫る。
――キュオォォォォッ!――
『ッ!――ニャアッ』
その爆弾が放つ魔力の〝膨張〟に気付いたのだろう…ソレは短くそう〝鳴く〟と、その爆弾を遥か頭上に〝弾く〟…そして。
――カチッ――
その天井へ爆弾が減り込んだ瞬間…巨大な爆発が起き、その余波が全方向に及ぶ。
「――ふむ、やはり〝鳴き声〟からして〝猫の魔獣〟か…それも並外れた〝人への憎悪〟持ち…となれば恐らく元は〝捨て猫〟かな?」
そして、その天井は音を立てて砕け…パイプと廃材を雨霰の如くに舞落とし〝欺瞞の月光〟が穴の空いた室内を照らす…。
「――成る程、捨て猫〝達〟だったか」
『……何だ、お前は…?』
月光の光の下に〝ソレ〟は姿を表す……其処に居たのは〝巨大な猫〟…で在り…或いは〝痩せ細った白獅子〟…の様な〝ナニカ〟だった。
「〝人語〟を喋る猫の妖魔……と成れば、該当するのは〝猫又〟と思うが…イメージの猫又とは大分に異なる容姿をしているね君」
私はそう言い、一見鬣に見えるソレに蠢く人面ならぬ〝猫面〟を見てそう告げる。
『貴様は人間か、人間か?』
『否、人ならざる気配だ』
『冷徹、残酷、無慈悲』
『敵か、仲間か?』
そして白猫もまた、私へ疑問を口にする。
「良いね、臆面なく質問出来るのは長所だよ君…お答えしよう、私は〝魔人〟だとも…即ち〝悪魔と人の混ざり者〟だ♪…そして私への印象は君の主観によるモノだ、君が見た通りに受け取るが良い…ソレを残忍と思うも正当と考えるも、私には関係のない事だ…そして、〝敵味方〟かと言う問答に関して言えば…恐らくは前者だ……私の目的は二つ…〝夜門〟の調査研究だ」
『…残るは?』
私はそう言い白猫の問いに答え、白猫の促しに乗り言葉を紡ぐ。
「〝夜門〟の〝処理〟だ――」
その瞬間、眼の前に迫る白猫とその〝鈎爪〟…その速さたるや豹を彷彿とさせ、しかし豹よりも何倍も俊敏な動きに私は目を見開く。
「――面白いな、〝君〟は♪」
その瞬間、私と〝白猫〟の間から〝閃光〟が生まれ…〝爆発〟が我々を包み込んだ…。
『ッ…コレは…あの〝餌〟の…!』
「――その通り、と行っても〝爆発〟の原理さえ分かればこの程度は大した術でも無い…だが益々君は面白いな…自らの〝身体能力〟に加え、〝身体強化〟に似た魔術…爆発の予兆から即座に身を退く判断力と、やはり興味が尽きないね♪」
私は硝煙を振り払い…その白猫へ目を向ける。
「是非…〝識りたい〟ねぇ…君の事♪」
その私の言葉に、白猫は何故か一瞬後退った様な気がした。




