崇高なる資格
――ガヤガヤガヤッ――
「ほぉ…中々の味だ、家のシェフに今度作らせてみるか…」
「……食事に」
――ガヤガヤガヤッ――
「おぉ、コレはコレは富樫の」
「お久しぶりですな白石殿」
「権威…」
――ガヤガヤガヤッ――
「ほほう…中々の絵ですなぁ」
「この彫刻も、細部の作り込みが素晴らしい…嘸や値が張った事でしょう」
『調度品』
誘い文句は〝魔術師だけの会合〟だったが…成る程、〝嘆かわしい〟事この上ない……此処は。
(((〝魔術師の上流階級〟による下らない〝社交界〟だ)))
学術の某等欠片も存在しない…金と権威と欲の坩堝…此処だけ文明レベルが中世なのも、彼等の悪趣味の度合いを匂わせる。
絢爛豪華な金銀細工、魔術の欠片も関与していない油絵、彫刻。
(蓋を開けてみれば、中にあるのは〝魔術師〟の血が濃いだけの人間…期待外れも甚だしい)
態々気合入れて〝改造〟した必要も無かったか…。
(――だが、此処で立ち去る事も出来ない)
(えぇ、今回の一件には〝大規模な紛争〟が予想されます)
(相手の情報は多いに越した事は無いってもんさね)
脳内で言葉を交わし合い、〝私〟と〝狡知〟、〝理知〟が彼等の場に混じろうとした…その刹那――。
――ドクンッ――
(((ッ!)))
確かに感じた…その奇妙な〝魔力反応〟に足元を見る…その瞬間。
――カッ――
足元で怪しく輝く魔術陣を我々は〝目にする〟…。
「コレはッ…〝黒魔術〟ッ…!」
「この規模は不味くないかね!?――〝八咫烏〟に感知され――」
「クククッ〝その心配〟は無いですよ、〝優秀な魔術師〟殿」
我々がその魔術に対し〝精神保護〟の防護魔術を展開していると、ふと我々の背後からそんな声と共に〝感情の無い声〟がそう我々へ投げ掛けられる。
――バチバチバチッ――
その刹那、私は懐から〝ナイフ〟を投げ付け、ソレを避雷針に〝雷撃〟を放つと声の主は悲鳴を上げる間もなく〝黒炭〟と成って死に絶えた……様に見えた。
『〝死霊術〟だな…使い魔の〝五感共有〟に近い〝同期〟だ…相当の〝練度〟だ』
しかし良く見ればその〝声の主〟は異様な程痩せ、死肉特有の鮮度の無い血肉の臭いが鼻に付く…早くも釣り針に魚が掛かったらしい。
『随分と手荒な〝歓迎〟だな貴様』
私はそう言い、その死霊から発生する魔力の〝残滓〟を辿り…床に倒れ堕ちた〝者達〟の一人に目を向ける……するとその中の一人…〝身に覚えのない黒衣の男〟がユラリと起き上がり、我々へ不健康な顔を向けてニヤつく…いや、恐らくアレは彼なりの〝笑顔〟なのだろう…それにしては何処となく〝危うさ〟を感じるが。
「こ、コレはコレは失礼を、わ、私は〝黒羽朔郎〟…我等が組織〝崇高なる知恵〟の幹部…皆様方からは〝死霊者〟等と呼ばれております、以後お見知り置きを…」
その男はそう言うと不格好ながら礼節を尽くす様にお辞儀する…しかし、その見た目と身に纏うオーラが彼の〝お辞儀〟に何か〝後ろ暗さ〟を纏わせる。
「――ま、先ずは先程の御無礼をお詫び致します…えぇ、我々は〝魔術師〟の為の組織…ですが、〝この程度〟の〝黒魔術〟を防ぐ事の出来ない、〝魔術師モドキ〟に、我が組織の〝門〟を潜らせる訳には行きませんので…」
そう言うと、彼はこの部屋の奥の扉に手を翳し…そしてその手に握る白枯れた杖を地面に突く…すると、背後の扉は一人でに動き初め、私達と極小数、若干の精神負荷を見受ける男女数名を除く、倒れ伏した者達が一斉に起き上がり、開いた扉の奥を目指して幽鬼の如くに歩き始める…低度な〝洗脳症状〟だ。
「ご、御安心を…彼等は〝資格者〟ではありませんでしたが、その人脈や権威は我々の糧と成ります…ですので〝協力者〟として我々と手を結んでもらうつもりです……さて、〝退室〟も終えた所で…そろそろ〝行きましょう〟か」
そして、観察する私達を御構い無しに、その男…〝黒羽〟と名乗る男はそう言い、ニマリと笑い再度〝床〟を突く…次の瞬間。
――ブワッ――
「『ッ!?』」
今度は我々全員を包み込む様に巨大な魔術陣は起動し、同時に〝我々〟の身体が妙な浮遊感に襲われる……まさか、〝信じられない〟が…しかし〝コレ〟は。
「「〝転移魔術〟ッ…!」」
「お、おや…やはり御存知でしたか…やはり、貴方方はこの中でも飛び抜けて〝優れている〟らしいですね」
『〝技術〟は知っている…だがしかし、こんな〝大層な術〟をこの規模で…それも〝生命〟で行使しようとする者が居るとはな』
〝転移魔術〟……私でさえまだ試した事のない〝技術〟…空間と空間を飛び越え、僅かな時間で遥か彼方の場所へと〝対象を送り込む〟技術…それがまさか、こんな所で〝相見える〟とは…。
「「とんだ大馬鹿だ(ですわね)…!」」
浮遊感が極限まで高まり、魔術の光が目を焼いた…次の瞬間、光は収まり…我々は〝何も変わらない部屋〟に立ち尽くす。
「な、何だ……〝不発〟か?」
「当たり前だッ、そもそも〝転移〟魔術等そんな有り得ない技術…あの低度の魔力であの規模を扱えるものか!」
やがて、彼等の驚愕は困惑に変わり…口々に震え声で批評を始める…ああ、そうだとも…確かにあの規模で〝転移〟等という〝法則〟を無視した行為が行える筈がない……そう、〝本来〟はだッ。
『面白い、面白いぞ…〝同一の移し替え〟だ、〝全く同じ〟…寸分違わない〝二つのエリア〟を作り…ソレを〝ゲート〟にして〝中身を移し替えた〟…!――成る程、素晴らしい発想だ、実に現実的に〝非現実〟を可能にしたな!』
不可能じゃ無い、私の使った〝我、其処に在って其処に無き故〟と同じだ…いや、コレの場合はもっと強烈にその〝不確定性〟を利用している、〝完全に模倣した建物〟が〝ある種の結界〟で有り〝術式〟…両方が同じ物、同じ〝術式〟を〝全く同じ〟に保有する事で〝同一の物体〟と〝法則を欺いた〟訳だ……有り得ない事じゃない、〝人間の双子〟でさえ同じ事例は有る。
『嗚呼、素晴らしい、素晴らしい!――コレを造ったのは誰だ、恐るべき〝天才〟だ!』
「…フフフッ、えぇそうでしょう…我々の〝主〟が齎した〝至高の魔術〟…貴方方ならば、感じ取って頂けると思っておりました♪」
そうして私の言葉に彼は恍惚とした表情で私の言葉を肯定しながら、その扉を開け放ち…その先に続く長い、長い〝回廊〟を歩き始めるのだった…。




