有り触れた惨劇の予兆
「――おめでとうございます●●さん!」
俺を囲む〝声〟が、暗闇に響いた…何かに持ち上げられている、寒い怖い、痛い、苦しい…。
「さぁ奥さん、この子を抱いてあげて下さい――」
――『■■■■』――
そんな刹那、温かい何かに包まれた刹那に気が付けば〝俺〟は立っていた。
「お〜い●●、そんなに先に走ると転んでしまうぞ〜!」
声に振り向けば、其処には〝両親〟が居た…有り触れた、けれど懐かしい感覚に成った…。
――ズキッ――
その感覚を覚えた瞬間、心臓が痛む…その痛みに耐え兼ねて俺は道に転び、地面へと頭を落としたその瞬間――。
――バンッ――
〝地獄〟を見た……辺り一面血塗れで、玄関の先には二つの〝左腕〟…地獄だった、地獄だった、地獄だった…気付きたくなかった、知りたく無かった…苦しくて、分からなくて、理不尽で泣いた……気がする。
『犯人は未だ逃走中、現場に残された痕跡から犯人は〝魔術師〟と思われます』
魔術師が〝両親〟を殺した…そう理解した瞬間、〝俺〟はその心の中に始めて黒い〝何か〟感じた……その時は分からなかった。
だが…直に理解した。
『犯人を捕まえたわ』
『クソッ、クソッ!――●●、●●ッ!●●ッ!!!――僕は君を愛していたのにッ、何故僕を裏切ったんだァァァッ!!!』
コレは〝憎悪〟だと…喚き立てる〝魔術師〟を見て理解した…動機は逆恨みだった、思い込みで両親は奪われた…酷く、惨く…。
――『■■■■■■』――
また、切り替わる…其処は〝血の墓場〟だった。
『何…で…?』
『お前達が〝魔術師〟だからだッ、お前達は将来また罪無き人々を殺すのだろう?…だから今の内に〝摘んでおく〟のだ』
『そん……な…』
辺り一面を、老若男女の〝魔術師〟が血を流して死んでいた…四肢を切り裂かれ、撃ち殺されて…その光景に、一度の〝充足感を得た〟と…俺は覚えていた。
――ポンッ――
『素晴らしい、素晴らしい〝功績〟だよ●●君…君のような優秀な同志が居てくれて、我々は心から感動している!』
ふと、肩を叩く人が居た…良く知っている、俺達の指導者の一人…俺達をまとめ上げる組織の長が直々に俺へそう語り掛け、俺の手を握る。
『君の働きのお陰で、我々は再び〝立ち上がった〟!――君の働きを今後は、君の後の同志達が尊敬し、そして我々をより精錬された組織へと導いてくれるだろう!』
その言葉が俺を満たす、心地の良い彼の言葉はそう続き、俺の手に1つの〝指輪〟を握らせる。
『――この指輪は〝我々の組織〟が優秀な同志に送る畏敬の証だ、是非受け取り、我々の為に邁進して欲しい』
その言葉に俺は――。
――『コレダネ』――
●○●○●○
――カツンッ――
『いや、実に素晴らしい成果だ』
私は此処で、仄かに暗い〝静止した世界〟で彼等の手元の指輪を〝掴む〟…。
『見て分かる程に単純で、とてもわかり易い〝痕跡〟だ……君に微かにでも〝魔術への造形〟が有れば、この〝悪意〟に気付けたかも知れない……いや、既に価値観を形成し終えた君には、もはや避けられない〝破滅〟だったか』
指輪に掘られた〝細工〟は美しく、雅で…そして〝象徴的〟だった…だが其れ等は全て〝虚飾〟で有り、その本質はドス黒い〝破滅〟なのだ……ソレを物語るこの〝黒い力〟は良く知っている。
『〝人への憎悪〟……いやはや、不思議だね、不思議かな?――否〝必然〟に繋がった…全く無関係に思える二つの〝事件〟…其処に存在する〝人を憎む何者か〟…さて、さて…何時までも〝指輪のフリ〟をしていないで姿を見せ給えよ〝君〟』
私がそう言い、その指輪を虚空に投げる…慣性の乗った指輪はその空を弧を描いて登り、やがて落下を始めるかと…そう〝思われた〟…しかし、その瞬間。
――ピタッ――
その指輪は己が大地に堕ちる事を認めないとでも言うように〝虚空に留まり〟…その指輪の中に刻まれた〝歯車〟が音を立てて回る。
『何だ、お前は…誰だ、〝お前〟は?』
語る指輪はそう…底冷えする様な寒い声で私へ語り掛け、その指輪から人型の〝靄〟と成ってその双眸の朱い〝狂気の眼光〟を此方へ向ける。
『少なくとも君の親類縁者では無いね、それでも無関係とは言えないかな…君と私は既に同じ〝舞台〟に居るのだから』
『……〝不愉快な声〟、〝耳障りな言葉〟、〝人の形〟、〝我が憎悪〟…貴様は〝人〟…しかし〝人とは異なる〟…〝飛びまわる蝙蝠〟が如き』
『ハハッ、詩的な表現だ…つまりはアレかな、〝どっちつかずの放蕩者〟とでも言いたいのかな?……最近良く来るんだよねぇその手の〝勧誘〟…此方は〝人間側〟だって言ってるのにさ』
眼の前の異形を前に、私はどうでも良い主題から逸れた話しを紡ぎながら彼を〝観る〟…やはりと言うべきか、〝コレ〟は本体では無さそうだ。
『…貴様へ問う、貴様は〝我が憎悪〟共へ与する者か?』
『〝まぁね〟…私は君を追って此処に辿り着いた、偶然では有ったが…コレでハッキリとしたとも言える、この〝三つの事件〟の繋がりが見えた』
黒靄は私の言葉に耳を傾け、疑問の視線を私に向ける…その視線は〝問い〟を投げ掛ける様に私へ注がれ、ソレに応えて私は口を開く。
『〝魔術至上主義〟と〝科学至上主義〟…ソレを〝焚き付けた〟のは君だね?』
『然り』
『君は〝人を憎んでいる〟…だからこそ彼等と手を繋ぎ、味方面で協力を嘯き、そして〝彼等を戦争させる様に操った〟』
『――然り』
『そしてとうとうその〝工程〟は完了し、自体は君の望む未来へ動き出したと〝推測〟するが…果たしてどうだろうかね?』
『――然りッ、貴様の妄想の通りだ〝我が憎悪〟の尖兵よ、最早我が〝破滅の呼び声〟は止められぬ、対立する者共も、対立せぬ者共も皆等しく〝人〟なれば、我が〝憎悪〟たる〝人〟なれば!――ならば〝須らく討滅せねばならない〟…ソレに与する者も等しく』
その黒い靄は感情を爆発させてそう嗤い…そして私の身体を掴んで嘲弄する。
『止められると思い込むならば、ならば〝足掻くが良い〟…この破滅の種が何処まで膨らむか……愉しみだ』
そしてその靄は狡猾な知性を帯びた悪辣な〝言葉〟を遺し…この〝男の記憶の世界〟を覆い、砕いた。
――パリンッ――
その瞬間――。
「『タカヒロッ、〝何時まで其処に居る〟!』」
「ッ!」
「『〝逃げろ〟、〝巻き込まれるぞ〟!』」
私は現実に戻ると同時に、眼の前の怪物が巻き起こす不自然な〝膨張〟の果てに巻き込まれ……〝自爆〟を直撃した。
「ガフッ……!――〝強制自爆〟とはやってくれる…!」
(だが〝掴んだぞ〟、この〝舞台の全貌〟を!)
――ズズズズズッ――
「〝アル〟、〝アル〟!――私は今から〝山狗の根城〟に行く!――お前は〝コレ〟を〝字波君〟に渡せ!」
「『ッ――…チッ、良いだろう』」
私は己のズタボロな肉肢を放置し、背に〝黒鉄の翼〟を生やしながら、〝黒鉄の腕〟でアルへ〝記憶保存の魔道具〟を投げ渡す。
そしてその後を振り向く事無く、私は〝山狗の城〟へと闇夜に紛れ込みながら飛び去って言った……。




