正邪の救済
――ドシャドシャドシャッ――
吐き捨てられたのは…〝頭〟だった…いや、〝頭の様な物〟…と言ったほうが、些か正確か。
「此奴は……まさか、〝人間〟か…!?」
「そうだとも、〝人間〟だ…姿形の差異で人間非人間と区別されるなら、〝非人間〟だが…その肉、魂は紛れも無く〝人間由来〟の物だ」
我々が目にするのは〝腐肉の山〟…無数の人型の〝肉塊〟が混ざり合い蠢き鼓動を打つ…そんな〝凄惨な地獄〟であった。
「老若男女、魔術師、非魔術師、人畜問わずに混ぜ合わせられた〝存在〟だ…無理矢理〝魂〟を繋ぎ合わせても居る…死んでいる様でも有り、生きてる様でもある…何とも悍ましい」
「正気の沙汰じゃねぇ…ッ!」
「狂気の所業だとも、コレが〝狂気〟と言わずして、〝狂人の所業〟と言わずして何と言えようか?」
私はただ歪な生を貪る彼等に触れ、採取し、分析しながら…人道的な彼の憤懣に相槌を打つ。
「大半が〝行方不明者〟で構成されているのだろう…そして、これの創造者は頗る〝悪意〟に満ちている人物らしい」
私の目に映る…彼等の〝魂〟を覗き込みながら、私はそう言う――何故ならば。
「――〝被害者の意識を残したまま〟、〝この化物を創った〟のだから…他者の絶望を糧とする〝悪魔然〟とした人物である事に疑いはないね」
少し理論立てれば分かるはずだ、〝複数の意識〟を残した〝魔物〟は、精神の咬み合わせが悪ければ途端に〝狂い出す〟…ならば無数の死体に完全に同化させた〝魂塊〟を捩じ込む方が余程〝兵器として使える〟…。
「〝遊び〟…そう、〝遊び〟だコレは…犯人は遊びで彼等をこんな風に作り変えたのだ…実に〝幼い悪意〟だ…コレは」
犯人は精神的に未熟なのだろう……いや、いや…今は〝コレ〟の対処を始めよう。
「さて……この〝憐れな被害者〟達は、どうするのが正解だと思う?」
「……どうするって…〝殺してやる〟のが慈悲だろ…こんな状況から助けられる訳ねぇだろ…」
私は彼へ〝問う〟…その言葉に返答されたのは、そんな〝やるせなさ〟と、〝憐れみ〟に満ちた声で有った……確かにそうだ、彼等は最早〝正常な方法〟では元に戻る事は叶わない。
「―――〝正規の方法〟ならば、そうだろうね」
しかし、〝邪道〟で有ればどうだろうか…〝外道〟の法で有れば、彼等を〝元の生活〟に戻せるのでは無いか?……その疑問に私は声を大にして〝告げよう〟…。
「〝戻せる〟とも…〝外法〟を用いれば…綿飴を舌で溶かすよりも簡単に…ね」
私が何故、こんな事を言うのか?……それは私の〝意思〟がそうさせるのか、悪魔の〝性〟がそうさせるのか…或いは、その両方なのかも知れない。
「――〝選択者〟は君だ、〝君達〟だとも、〝正しく殺す〟か、〝邪に生かす〟か…選択者は〝君達〟だよ」
私はそう言い、今目の前の〝友人〟へ…二択の選択を迫った…。
○●○●○●
意味が分からないとは…恐らく、こういう事を言うのだろう…。
「まさか……〝助けられる〟ってか?」
「――嗚呼〝可能〟だとも」
俺が独り言の様に紡いだ、その言葉に…今目の前に居る〝男〟は事も無げに〝肯定〟する。
有り得ない、この手の技術には疎くとも…〝此奴等〟が既に、正規の手段で助かる見込みが無い事は分かる。
〝コイツ〟の説明では、肉体も魂も生きたまま混合していると言っていた…其れ等を〝戻す〟とはつまり、単純に。
「一人一人…〝切り分けていく〟って事だぞ…何人居るんだ…コレの中には…!?」
「――まだ〝解析中〟でね、私の予想では大体〝1200人〟前後って所かな…それが二つだから…うん、約〝2400人〟だ」
「ッ〜!」
――ガッ――
「巫山戯んなよ…冗談言ってる場合じゃねぇんだぞ…!」
ソレの言葉に、俺は胸倉を掴み掛かり…怒りを吐き出す…コイツには何の罪も咎もないと言うのに、感情的に俺はそう口にした事を覚えている、そして…。
――ジッ――
「ッ…!」
「――無論、〝コレ〟は冗談では無い」
そんな俺へ、ごく冷静に…いいや、〝機械的〟にそう言った…コイツの〝顔〟も。
「――何も〝無条件〟では無い、無条件に〝生と死〟は反転しない…そんな〝理〟は有っては成らない…そう、汎ゆる物事には〝対価と代償〟が備わっているのだ…万物に、須らく…そして今から言う〝外法〟は、その〝対価と代償〟の尺度の大きさ故に、〝確実性〟を保証する代物だ…其処の所を、〝一から〟説明しよう」
俺の顔を見て、孝宏はそう言うと…その顔を薄く笑みに歪めて俺へ身体を向けながら〝淡々とした説明〟を始める。
「先ず、前提として…コレから起きる内容には幾つかの〝制限〟を掛けさせてもらう…コレは私個人の〝能力の秘匿〟が目的でも有り、この〝術理の漏洩・悪用〟を防ぐ為の措置である事を理解してほしい……〝この情報〟は〝私と白鵺翔太〟、そして〝彼等の親族〟にのみ公開し、そして今後一切、この〝力〟及び〝私〟への詮索は許可しない…良いね?」
「嗚呼…分かった」
俺はそう言い、俺の言葉を待っていた孝宏の方を見ると、その孝宏は頷き…〝説明〟を始める。
「取引の内容はこうだ…〝被害者達の末路を変化させる事〟…即ち、〝人に戻し〟、〝日常に彼等を返す〟事、良いね?」
「嗚呼…そうだな…」
「混ざり合った魂と肉体の〝分離〟は〝可能〟だ…私が責任を持って行うと誓おう…寸分の狂いなく〝完全な復元〟を約束する…しかし、問題は〝生命の延長〟だ…〝既に死が決まった状態〟から〝生き返る〟と言う〝法則外〟の事象には重い〝代償〟が課せられる…それは……〝30年分の生命〟だ…被害者達に〝30年分の生命〟を与える代わりに、被害者達の家族全員から〝30年分の生命〟を貰う」
「ッ…」
そう冷たく言い放つ〝孝宏〟はそう言い、俺を見て告げる。
「……無論、コレは強制の選択では無い、生かしたければ〝生命を支払う〟と言うだけの話だ…世の中理不尽な死は沢山有る、その理不尽を〝そういう物〟と受け入れ、家族の死を受け入れるのか、〝禁忌〟に手を出してでも家族を〝生かす〟のか…ソレは彼等の選択だ…私は、〝何方でも良い〟…だから、君が選択するのだ……〝2400〟人の為に〝何千人〟へ重い代償を支払わせる道を選ぶのか、それとも理不尽な災害として〝2400人〟の生命を終わらせてやるか…選ぶんだ」
その、言葉に……俺は―――。




