夕暮に雷鳴り
――カァッ…カァッ!…――
「はて、さて…人目も比較的多く、良識的な少女が通るこの道程…何か感じ入る物は有るかな〝翔太〟君」
夕暮に〝夜の使者〟が飛び回り、来たる日没を告げる…そんな中、赤よりも紅く朱い空の下、陰鬱で物悲しい影の道を踏みながら、我々は最後の調査に一縷の望みを賭けながら談話に耽る。
「ん〜……駄目だな…やっぱ何も分かんねぇよ…孝宏は?」
「生憎此方も駄目だねぇ…数日の間にこの道路を進んだ者は何百人と居るだろう…嗅覚は使い物に成らず、五感も第六感も生憎と機能しない…完全に手詰まりと言わざるを得ないねぇ」
目に映るのは散乱したゴミと不衛生な汚れた路地裏、其処に感じる幾つかの視線は恐らく、〝野良〟の獣達だろう…ごく有り触れた日常の光景だ。
「土台無理な話では有ったがね…最新とは言え数日は経過している、挙げ句我々は事〝事件捜査〟に関して専門家では無い…ただの〝魔術師〟だ」
「……そりゃぁそうだが…」
「――ハァッ、今から憂鬱だ…〝魔術師なのにこんな事件も解決出来ないのか〟…と、物事を軽視する傾向に有る〝傍観者〟達からの非難に頭を悩ませなければ成らないかな?…全く、社会の〝魔術師〟への認識が〝便利屋〟に変わっている気がするねぇ…全く嘆かわしい」
魔術師が何でも出来ると思ったら大間違いだ…と、心の中でぼやきながら、私は未だ宙ぶらりんの〝三つの事件〟に明確な〝苛立ち〟を浮かばせる…。
「どの事件もコレと言った成果は無し…結局私では大した力にも成れなかった上、無駄な精神的負荷を受けてしまった…ハァッ…あの時調子に乗って妙な驕りを口にしなければ………」
――カッカッカッカッ――
「そう背負い込むなよ、そもそもこの事件が俺達の手に負えねぇってだけの話だろ、情報も全然無いんだからそう気に病むな……って…どうしたんだ?」
彼の声が〝離れ〟て聞こえる…しかしその内容を私は途中までしか把握していない。
「……臭う」
彼のを話よりも、何よりも…ふと私の鼻を突いた〝奇妙な臭い〟…。
それは妙な指向性を持って〝私〟の周囲を渦巻き、その臭いを徐々に濃い物へと変えていく…姿形は見えないまでも、それが指し示す物が何であるかは漠然と把握する事は出来た……〝何かが来る〟…。
「どうしたんだ孝宏…まさか、何か見つけたか?」
「ッ…いや、何も見つけていない、が……さて、どうだろうか…関係が有るのかどうかも不明だが、〝何か〟が来ている、構えておき給え」
「……敵か?」
「敵だろうねぇ……死肉と腐敗と血と臓物、後は獣臭さが内包された存在が味方かと言われたら、私は首を横に振るだろう」
「…ソイツは確かにそうだな……で?…何処から来るんだ?」
私は隣で苦笑する彼の言葉に私は足元の〝マンホール〟に目を向ける…その瞬間――。
――ドォッ――
「おぉ!?」
「孝宏!?」
私の足元に有るマンホールが勢い良く吹き飛び、その上に居た私も派手に吹き飛ばされる…。
――ドスドスドスッ――
「ムッ――〝破砕〟」
そして再びマンホールを貫いて迫る〝ヘドロの触手〟を魔力の衝撃波で吹き飛ばし…己の手を振り下ろす。
「〝断ち切る風〟」
振り下ろされた手からは私の衣服を靡かせる強風が纏われ、その振り下ろされた手の軌道に従い、その風は刃と成ってマンホールの硬い鉄を切り裂いた…そうして初めて、私は此度の襲撃者、その正体を目にする。
「ウルルルルルルッ…!」
「ふむ……コレは…中々〝大きい〟ね」
その姿は、〝巨大〟な…しかし固定的と言うには流動的な…有り体に言えば〝ヘドロ〟の様な物を纏った〝化物〟の姿だった…いや、コレはヘドロと言うよりは……。
「ウルルルルルッ!」
「〝泥の皮〟…と言った所かな…?」
私はその巨躯を震わせて迫る無数の〝触手〟を前に落下姿勢のまま何の受け身も取らずにそう呟く…そんな私の身体へそのヘドロの触腕が触れんとした刹那――。
――ズバッ――
「ウルルルルルッ〜〜〜!?!?!?」
「――オイオイ、こんなデカブツ何で今まで〝見つからなかった〟んだ?」
その触手は触れるより早く、斬り飛ばされて細切れになり、異臭を放ちながら焦げカスに変わり果てる…そして、私の頭上でそう言う彼の声に耳を傾けながら私は真っ二つに成った〝化物〟へと目を向けて推測を述べる。
「先日の調査で、下水道に放った偵察用魔法生物が消失した…その後の位置情報の更新では出鱈目にルートが表示されていた事から、〝下水道〟に妙な仕掛けでも施されてるのだろうね」
この〝規模〟の妖魔が何の前兆も無く現れたのだから、ほぼ間違い無いだろう。
「さて…コレをどう処理するべきか…」
「あん?…どうこうってもう始末して――」
私の言葉に彼が余所見した、その時…彼の身体目掛けて巨大な触腕が我々へと直撃する…。
――ドゴォォッ――
「――大丈夫かい?…余所見は厳禁だよ翔太君?」
「チッ…俺とした事が、ちと調子に乗り過ぎちまったか…まさか真っ二つにしても死なねぇとは」
吹き飛ばされた先の〝マンション〟をそれはもう派手に傷付けながら、我々は瓦礫の中から起き上がり、遠目に見ても分かるほど巨大なあの化物へと目を向ける。
「何はともあれ、アレをあのまま野放しにしておく事は出来まい…最優先は〝結界内〟へ隔離する事、アレを仕留めるには場所が悪過ぎる」
「応…孝宏、テメェは結界と此処の住民達の治療を頼む…それまでは〝俺一人〟でアレを処理するぜ」
二つに別れた化物が、そのまま〝2匹の化物〟と成り、無差別に暴れるその光景を見ながら余裕気な彼の言葉を私は承諾し、彼へ背を向ける。
「それじゃあ宜しく頼もうかな…〝最速の天鋼〟…〝万雷〟の白鵺翔太君?」
「任せろ相棒…あのデカブツにゃ誰一人殺させねぇよ」
私の言葉に彼は勝ち気な笑みと共にその身体に雷靂を纏い、雷鳴と共に夕暮に現れた化物へと襲い掛かるのだった…。
「さて、と……此方も仕事を熟すとしよう」
私はそう言い、この瓦礫に満ちた高層住宅の修復と救助に集中する……。
『………』
……私と彼へ注がれる、化物の奥底に潜む淀んだ瞳に、気付く事無く。




