人道に潜む影
――ズオォォォッ――
暗闇の中、暗闇に満ちた〝下水道〟を〝ナニカ〟が這う。
――ズズズズズッ――
それは臭い立つ大地に〝影の中〟から表れ、薄汚い汚水の中で、一度二度と鼻を鳴らし、再び〝影に消える〟…。
何かを追い求める様に駆けずり回るソレ等は、片時も休むこと無く人気の無い下水道を通り抜け…否、数度〝人と邂逅〟したが。
「?…何だ?……今、何か居た気が…」
「気の所為だろ、それよりも次の場所に行くぞ…此処のパトロールももう十分だろ」
ソレ等に気取られる事無く、下水道の闇へと溶け消えてゆく…。
何を探しているのか、誰を探しているのか…それは直ぐに分かるだろう。
――ヒュッ――
下水道の奥、人気の無い下水道の中でも取り分けて〝汚染〟された古びた壁…その壁へと〝影〟は入り込み…そして、その壁の奥に秘匿された〝地下深く〟へと足を踏み入れ…目にした。
――ズオォォォッ…――
満ちに満ちた〝瘴気〟と、その暗闇の中で輝く赤黒く輝き、狂乱に満ちた瞳を…彼等はその〝目〟に映し――。
――ブツンッ――
その直後に、全ての〝感覚〟が途絶え…彼等の存在は無に帰すのだった。
「――ふむ…これは…?」
(〝影犬〟達からの通信反応が喪失した?…それに〝視界情報〟も安定しない)
それに幾らルートの更新をしても出鱈目に位置が変わる。
「……今回も予想外の〝ナニカ〟が潜んで居る可能性が有るな……」
こう連続して事が起きると〝二つの事件〟をこじつけてしまいたくなるねぇ……。
「兎も角…此処の調査は暫く〝停滞〟しそうだ…一応八咫烏に此処の増援も頼むとしよう」
私はそう独り言を呟くようにそう言い、本来ならば職務中で有るはずの時間帯の中、夏の終わり、秋の訪れの間の中、小波小気味良い蒼天の空を眺めながら日向ぼっこを楽しむのだった…この濃いソースともっちりとした食感、そして何より油気の強い焼きそばがまた、〝夏らしさ〟を感じさせる。
――ズルルルルッ――
そんな事を考えながら、私は味のしない焼きそばを啜るのだった。
●○●○●○
「『――何だ?…こんな時に限って侵入者か!?』」
〝死の気配〟が満ちるその〝空間〟で、一人の男の声が劈く。
――ギョロッ――
「んん?…何だこれは…犬の…〝死霊〟か?…成る程、大方〝工房〟から漏れる瘴気の残滓を辿ってきたのか」
その声の主は、気色の悪い目と口が生えた小さな〝異形〟の姿でそう言い、眼の前に転がる首の落とされた黒い死肉の犬を見る。
「ふぅ…一瞬、〝魔術師モドキ〟共に見つかったかと冷や汗を流したが…コレで〝リーダー〟からの罰則は受けなくて済む…」
そして、その犬の死体に何も無い事を把握するとほっと安堵の息を吐き、その異形をそこ等に立ち尽くす死霊の一匹の身体へと埋め込み、その場から消え去る。
「『――作戦決行まで後〝一ヶ月〟…それまでにリーダーの指示を遂行しなければな…次は……○○の霊園を当たろうか……〝リーダー〟より賜った〝この力〟さえ有れば…死霊の軍隊を創るなど造作もない…フフフッ、他の奴等の悔しそうな顔が見物だな♪』」
最後に、暗闇の中で独白の言葉を口にしながら…。
○●○●○●
「――と、言う訳だよ〝翔太〟君、現在双方の事件は共に〝組織犯罪〟で有る可能性は分かったが、それ以外は肝心な所で〝痕跡が消えている〟…調査も暫くは難航しそうだね」
「『そうか…いや、御苦労だったなぁ孝宏ッ…誘導したとは言え調査に協力してくれて感謝するぜ、窃盗と墓荒らしの件は分かった…明日は〝行方不明者〟の方か?』」
「あぁ…セオリー通りに、〝最新の現場〟から始める事にするよ」
「『そうか…確か、最新の〝行方不明者〟は……』」
「東京の港区だね」
「『東京か……オッケー、それじゃあ3件目も頑張ってくれ…此方も手が空けば調査に協力すっからよ!』」
「了解」
――ピッ――
スマホを懐に戻して、私は夕暮れを傍観する…朱色に染まった空と山に消えてゆく太陽を眺めながら…明日の〝仕事〟の事を考える。
「誘拐事件の調査…ねぇ……実際誘拐事件何て日常で頻発してる物だと思うんだが…」
(いやまぁ…人道的に考えると無視は出来ないのだが…それでもコレは今回の三つの内で一番面倒臭い依頼だろう)
何せ、犯人の目的が多すぎる…身代金、痴情の縺れ、性欲の拗れ、人体実験、人身売買…欲望の振れ幅が大きい以上、どうしたって〝時間〟が掛かる。
「窃盗も墓荒らしも、気にならない訳じゃ無い…」
己の目の前で浮かぶ〝趣味で無い謎〟程、苛立つ物もそうと無いだろう。
「――このまま問題を放置しても、私の研究に支障が出そうだ……ハァァァッ」
私はそう深い溜息を吐き出し、懐から紙巻煙草の箱を取り出し火を付ける。
「――全く、面倒臭い」
紫煙を吸い込み、吐き出す…コレでのストレス発散が、最近ではヤケに多くなっている気がする。
「……前は年に二本で十分だったんだがねぇ」
私はそんな事をぼやきながら、小豆色に染まり始めた空と、不夜の街へと変貌を遂げるこの街を見下ろしながら…その煙草に再び、口を付けた。
●○●○●○
「――ハァァァッ」
「お疲れの様だね、字波理事長」
夕暮れの中、私の深い溜め息にその〝男〟がそう笑いながら私を見る。
「えぇ、そうね……本当に疲れるわ」
そんな彼……私の大事な人の〝鏡写し〟にそう言いながら、私はその書類の内容に目を通す…。
「……随分と〝苛立っている〟様だが…その書類には何が?」
そんな私を見て何かを感じたのか、彼が私を慮る様にそう言い、私の肩越しに書類に目を向けると、今度はその口から疑問が流れる。
「〝他校〟との〝教育交流会〟?……一見何とも無い事のように見受けるが…君の様子を見ると、コレが君にとって〝面倒〟な事なのは想像に難くないねぇ」
「……今回は他の学園も巻き込んで来たわね…相変わらず頭の回る奴等だわ」
「……ほほう…成る程、読めた…察するにこの〝招待状〟を送ってきた〝貴導魔術師学園〟とやらは……」
「えぇ……〝魔術至上主義〟よ」
その言葉に私は頭を抱えながら、この書類を紙束の一番下に滑り込ませた。




