夜は魔の時狩りの時
――タッ…タッ…――
「ふわあぁ……いやはや、良い〝月〟だねぇ?」
音も無く屋根屋根を飛び回りながら空を見る……今宵は満月、清らかな蒼の月光とは裏腹に大地に蠢く悪鬼羅刹共が現れ立つ〝魔の夜〟…。
静かな夜の、人と人ならざる者との戦いの時間で在る。
「ま、待て!」
「んん?…おやまぁ、さっきまで散々人を見下していたのに、随分と遅い様だね君は?」
「黙れッ、中銀級の雑魚の分際でッ、逃げ足が速いだけだろうがッ」
「……あっそう」
そんな夜の中で私は今夜の〝相棒〟へそう返し、周囲を〝観察〟していた。
時は遡ること三十分前……。
「……遅いねぇ?」
私は小豆色の空が空隅に追いやられる光景を見ながら、既に〝指定時刻〟から十分は遅れている〝相方〟の到着を待つ。
何故こんな場所で待ち惚けを食らっているのかと言えば、今日の夜はこの世界が神秘と混合した際に起きた現象…〝夜門〟と呼ばれる興味深い現象が起こる日だからで有る…まぁ、〝夜門〟の対処には最低でも〝金級〟が5、6人は必要で、我々はその間の周辺パトロールと〝妖魔駆除〟が仕事なのだが。
〝夜門〟とは…分りやすく言えば〝魔物、妖魔〟の大発生で在る…この世界では妖魔は〝陽の時間〟には出て来ない…ソレは恐らく、この世界が魔の世界となったのと同じきっかけで在る〝人々の認識〟故だろう…人々が〝魔物、妖魔〟を〝夜の、陰の住民〟と認識していたが為に、〝妖魔〟は夜に表れ出る様に成った…例外は有るがね…そして、〝夜門〟とはそんな妖魔達が多く発生するエリアの事を言う。
そして〝夜門〟発生から半年後…とある〝魔術師〟がその〝夜門〟の発生条件を見つけ出し、ソレ以来各県に〝夜門〟の発生誘発地点が複数個作られる事と成った。
…その発生条件とは、先ず〝夜門〟は妖魔を生み出す前に其処いらを〝異界化〟する…その理由は恐らく瘴気を異界内で満たす事による〝妖魔〟の増殖だろうと推測され、その〝夜門〟を形成するには〝条件〟が有る。
ソレは〝瘴気〟が溜まり易い場所だ…〝心霊スポット〟や〝取り壊し前の廃工場〟、〝廃ビル〟等…霊園は〝神職〟達が清めている為除外されるが前は霊園も候補にされていたらしい。
…とまぁソレは兎も角〝瘴気の溜まり場〟に成り得る場所に生成されるのだ…全く、コレを発表した魔術師は英雄と呼ばれても良いのでは無いかな?…。
――ブオォォォッ――
「ッ!……来たね、全く…年寄は待たせるモノじゃないと言うのに」
そうこうしている内にけたたましい駆動音と明らかに燃費の悪そうなエンジンの唸りを上げ、真っ赤な高級車が私の眼の前でコレでもかと見せびらかす様なドリフトを決める…まぁ、〝彼の性格〟が情報通りなら、違和感は無いか。
「――お?…時間通りに来てるじゃねぇの、感心感心」
「残念ながら〝10分〟遅刻だ〝安土大晴〟」
私は悪趣味なアクセサリーをジャラジャラ着けた、肥えた豚の様な男…否、戦魔術師の〝安土大晴〟へそう言い軽く咎める。
「は?五月蝿えよ餓鬼が、テメェ何級だよ?…あ?」
すると、その事が気に障ったのか男はその顔を不快感に染めて此方へ凄む…その肥えた情け無い肉体では威圧感は欠片も感じられないがね。
彼の情報は事前に〝八咫烏〟の情報部門
より送られている…どうやら彼はそこそこの名家出身の魔術師でそれなりに甘やかされた生活をしているらしい…得意魔術は〝爆破系統〟…ソレ以外は役に立た無いと来た…市街地の戦闘で〝爆破魔術〟とは、人選を疑うね。
「〝中銀級〟だ、そして君よりも位が低いからと遅れた事実を指摘されての逆上は筋が通っていないだろう?」
「ハッ、たかが〝中銀級〟の雑魚が〝上銀級〟の俺に楯突く気かよ?」
「自らの失態を棚に上げ、他者を見下すのは愚者としか言いようが有るまいよ」
「テメェ――」
「さぁ、到着したなら手早く準備し給え…君の癇癪に付き合う暇は無いんだよ」
私はそう言い喚くソレを無視して他の魔術師グループへ通達する。
「『こちら地点A…ただいまより巡回を始める』」
『了解、地点Bも巡回を開始する』
「『了解』…さぁ、楽しい仕事と行こうか……〝身体強化〟――〝静音駆動〟…行くよ、モタモタしないでおくれ」
そうして空は完全な夜と成り…我々の職務が幕を開けたのだった…。
○●○●○●
――ゾゾゾッ――
「「「「「ッ…来たか」」」」」
其処は遺棄された廃トンネルで、廃工場で…或いは自ら生命を断つ者達の樹海で…其処に集められた5人の魔術師達は、その渦巻く瘴気と〝作り替えられる空気〟に気を引き締めて来たるべき脅威に備える。
――ズンッ――
その〝死の冷たさ〟と言い換えられる程の冷たい空気が彼等を包みこんだその刹那…ソレは画面が切り替わるが如く、彼等を〝己が腹〟に覆い尽くす。
「k,hhhhhhi…」
「geyaaaa…」
「ゲゲッケケケケケ…」
仄暗い、出鱈目に周囲の物質を継ぎ接ぎして創られた広大な空間に、現れる魑魅魍魎…しかし、彼等にとってはソレは〝何時もの事〟で有り、慢心しなければ遅れを取ることの無い程度…だった。
「〝魔獣〟系が多いな…この中で捨て犬捨て猫達が繁殖してたのか?」
「多分な…獣型は身体能力が高い、特殊な能力は無いだろうが気を付けろよ!」
「分かってる!」
そうして、何時も通り……〝夜門〟は閉じられ、人々の安寧は護られる――〝筈だった〟
――ジィ…――
魔術との共生が進む程に、魔術の力が日常と化す程に…人々はその〝脅威〟への認識を甘くする…。
だからこそ彼等は気付かなかった……人が魔術への迎合を深め、〝進化〟するのと同じく…〝彼等〟もまた、その脅威をジワリ、ジワリと増して行く事を。
彼等は〝気が付かなかった〟…警戒という名の〝無警戒〟、〝先入観〟による〝錯覚〟故に。
己を深く、深ぁく…煮え滾る泥の様な熱を以て己等へ憎悪を向ける…その〝双眸〟に。




