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魔人教授の怪奇譚  作者: 泥陀羅没地
第四章:曲げられた神秘と論理
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仄かに香る悪意

――カリカリカリカリッ――


「〝アダム・フロント〟…西洋魔術師の中で彼の名を知らぬ者は居ないだろう、否…魔術師の中で彼を知らぬ者は居ない筈だ、何故ならば彼はかの〝大災害〟の後に混乱に陥った〝科学社会〟へ〝魔術の存在〟を公開した魔術師で有り、彼と彼の人脈から先細りするだけだった魔術と言う技術は今に至るまでに根強い〝技術〟としてこの世に残っているのだから…いやはや、そんな偉大なる〝先導者〟には是非生で逢いたかったよ」


「〝リヒター・ロイガーマン〟…魔術の表出に際し初めて魔術式の解剖に成功した人物だ…彼の構築した〝魔術理論〟は極めて拙い物で有ったがしかし、黎明期に於いて、彼の成し遂げた所業は、〝0を1〟にする様に称賛されるべき所業だった」


「〝アリアナ・ルビー〟…彼女はイギリスが誇る〝魔術師〟の一人だ、彼女の功績は何だったかな?…〝湯雪芽依〟君」

「えっと…〝部分的な転移魔術〟の実現…でしたか?」

「その通り、花丸を上げよう…彼女は子供の様に活発で、賢者が如くに聡明だった、豊富な魔力による魔術研究は彼女の資質を極めて高いレベルで引き上げた事だろう…惜しむらくは、彼女が若くして〝凄惨な死〟を迎えた事だろう…現時点でも彼女を除き〝転移魔術〟を構築出来た者は居ないと言うのが、この魔術がどれだけ〝リスクが高く、難易度が高い〟かを物語っているだろう」


私が偉大なる〝黎明の魔術師〟達を黒板一杯に留め、彼等がその言葉に大小注意力の差は有れど耳を澄ませる…ごく有り触れた〝講義〟は何事も無く経過する…。


「〝結弦大河〟君?…今は〝現代魔術史〟の講義であり、〝魔術文字〟の講義では無いよ?」

「ッ――!?」


――ジッ――


「――しかし、中々良く出来ているじゃないか…次の講義で君の試作式を主題にしてみよう」


――キーンコーンカーンコーン――


「さぁ諸君、退屈な講義は終わりだ…午後は〝模擬訓練〟だ、各自触媒を手入れしておくように」


そして午前の講義が終わり、学生諸君は思い思いに部屋の外へと出て行く…さて。


「今日はあの喫茶店には行けないねぇ」


彼処のパスタ、好みの味だったのだが…。



〜〜〜〜〜〜〜


――カッカッカッカッ――


「――まぁ、偶には知らない店でと言うのも悪くは無いだろう」

「『従魔可の所にしろよ?』」

「分かってるさ……因みに今日は何をお求めかな?」

「『魚』」

「本当に好きだねぇ♪……ん?」


ペット(従魔)のアルを肩に乗せて街道を散策する、街道沿いに並ぶ店の中から我々の条件に合う食事処を探している最中、ふと私の元へと駈け寄る女性が。


「そこのお兄さん、魔術師ですかぁ?」

「おや、その通りだが…如何されたのかね、〝お嬢さん〟?」


その女性は一見質素に見える衣装に身を包みながら、妙に馴れ馴れしい態度と言うか、妙な猫撫で声で私へと擦り寄ってくる…うん。


――フワッ――


「実は〜ティッシュ配りの御手伝いをしていまして〜…お一つ如何ですか〜?」


その女性は私の直ぐ横まで近付くと、その艶の有る手で一つのポケットティッシュを籠から取り出すと私へと差し出す……その女性の身体からは香水の強い香りともう一つの〝臭い〟が私の鼻を突く。


――グウゥゥッ――


「ふむ……では一つ頂こう、こんな夏に御苦労様…所でこのティッシュに記入されている電話番号は?」

「それは〜…〝私達の社長〟が経営している〝会社〟の電話番号です〜…御興味がお有りですか〜?」

「へぇ……いやいや、生憎と既に所属している場所が有るのでね…ソッチで困る事が有れば電話でもしてみようかねぇ」

「えぇ!…お待ちしていますよ〜〝魔術師〟様」


私は上機嫌にそう言う女性と別れ、また本来の目的へと戻る……すると。


「『あの女…〝臭う〟な』」

「あぁ♪…魅力的で蠱惑的、何よりも〝美味そう〟な匂いだった…フフフッ、お陰で飢餓感が強まった気がするよ」


私の手に握られた〝ポケットティッシュ〟は…私の瞳には仄暗い〝悪意〟を纏っているように見える…そう言えば、最近また噂に成っていたか…。


「〝魔術師至上主義〟…やはり人間は、何処まで行こうが〝野蛮人〟で有るらしい…全く、どの時代にもこの手の〝個体〟は蔓延るらしい…此処までくればそれも一種の生体だな」


人類史に纏わりつく寄生虫と言った所か…。


「『実に滑稽な事だ』」

「あぁ、全くその通りだとも」


――チリンチリーンッ――


そんな事を考えながら、私は丁度良さそうな古い食堂へと入るのだった。


「いらっしゃいませ…何名様でしょうか?」

「一人と従魔一匹で♪…お嬢さん、此処は魚が美味しいかい?」

「此処ら辺りじゃ一番美味いよ」

「それじゃあ此処に決めた…鮭定食を一つと、従魔様に焼き鮭をもう一つ、彼用の受け皿を付けてくれると有り難い」

「はいよ」




○●○●○●


「――おいボス、何時に成ったら動くんだ?」


其処は廃墟の奥深く、地下室の更に下に造られた隠し部屋の中で一人の男が部屋の奥に向かってそう問う。


「此処の所、〝墓荒らし〟が多発している…どう見ても魔術師共の仕業じゃないか!」

「〝魔術狂い〟共め、等々倫理を踏み躙ったか…!」

「動物と動物を掛け合わせるなど以ての外だ…あんなものに〝複合獣(キメラ)〟等と大層な名前を着ける等馬鹿馬鹿しい、あんなものは〝化物〟で十分だ」


その男の言葉に賛同する様に、彼等の中から口々に怒りの声が上がる…その並々ならない怒気はさながら〝狂い火〟の如く、見境無く燃え広がり…。


「静粛にしろ…皆」


一人の男の声によって静まり返る。


「――確かに、彼等を野放しには出来ない、しかし頻発する事件と〝彼等〟の因果関係を示す〝確たる証拠〟が無いのならば、それは単なる誹謗中傷に他ならない…落ち着き給え……我々は〝論理の民〟だ…感情的にならず、合理的に事を進め、理知的に物事に当たるべきだ…諸君…〝埋伏の時〟だよ」


その声の主はまだ若く、しかし若くとも威厳と、不思議と心を掴む様な意思を込めて彼等へと告げる。


「来たるべき日に、我々は〝世界の有るべき姿〟を取り戻すのだ…〝魔術〟に依存しない…〝科学の世界〟を」


その声の主の言葉が響いた…その刹那、この暗闇の中は喝采で満ちたのだった。

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