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魔人教授の怪奇譚  作者: 泥陀羅没地
第三章:蠢動する人成らざる者
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憎悪を込めて花束を

――パキパキパキッ――


「『〝吸魔の根〟』」


周囲に蔓延る妖魔の群れを〝搾り取る〟……根が妖魔を貫き、その身から力を吸い取ると見る間に妖魔達がカラカラのミイラに変わる…それは小さい妖魔も大きい妖魔も関係なく…触れて数分と経たずに枯れて死んだ。


「『〝発芽〟……〝捕縛シロ〟』」


――ドドドドドッ――


〝ソレ〟は大地に種子を撒き、その種へ妖魔から搾り取った力を与えて命を下す…すると種子は瞬く間にその身を成長させ…無数の根が私へと肉薄する。


幾度…と続く…その〝攻撃〟は、私の下僕を蹂躙し続けた…屈強な下僕達はその堅牢な血肉を奪われ萎びて朽ち果てる…。


「――ッ冗談やないわ…!」


あんな死に方等、到底許せる物か…己の美貌も、男を誘惑するこの肉体も…無惨に奪われ、枯れて死ぬなど…。





――『傲慢な女よ、何時か枯れ果てて消える栄光に何故縋る?』


老いた男がそう言った…冷めた無関心な目で…その屈辱が忘れられない。


「ッ……」

『あぁ、分かるとも…お前には〝ソレ〟しか無いのだろう?』

「五月蝿い…ッ」


嗚呼、許せない…許せないに決まっている…私を此処までコケにしたその男の、その言葉は私の〝全て〟だったのだから。



『紫陽花の女…男に絡み付き離れられない哀れな女、お前は〝色情〟にしか生きられないのだ…〝色欲の中の軽々しい愛〟しか得られないのだ』

「煩い…!」


屈辱とは当にこの事なのだろう……かつて誰よりも華を咲かせていた私が…老若男女の目を惹いていた私が……たった一人の男に心を奪われ…そして〝振られた〟等…。


『憐れな女…淫蕩に狂い果てた穢れた乙女よ…私はお前を酷く〝哀れ〟に思う』

「じゃあ何で…私に振り向いてくれなかったのよ!?」


嗚呼…みっともない…既に此処に居ない、〝私が殺した人間〟の影を、ずっと追い掛けている己を見て、そう思う。


愛した…〝あの人〟を、愛して、拒絶された…どれだけ誘っても、どれだけ愛を囁こうとも…決して私に靡かなかったあの男が…ずっと、ずっと〝憎い〟…。



だから、そうだから…あの時、あの男に妻が出来たと知ったあの時…もう、〝止められなかった〟のだろう…。


女を殺した、男の愛する者を全て殺してやった…あの男の全てを壊してやった…そうすれば、あの男が一番私を思うと、〝憎む〟と思っていたのに…。


『私はお前を〝愛さない〟』


何処迄も…あの男は死の間際でさえ……私を見透かした様にそう告げた…。



憎くて、憎くて、憎くて憎くて憎くて…殺したい程今でも想う〝私の愛〟を。


――『「〝艶莉〟」』――


あの人に伝えずに、枯れ果てて死ぬ等出来る筈が―――。



●○●○●○


『憐れな女』


我がその女を見て、最初に浮かべたのはそれだった…哀れで、愚かで、同仕様もない生き物だと…。


アレが持つ心根の〝形〟が何なのかは知っている…〝憎悪〟と〝未練〟だ。


『〝愛憎〟…と言う物か』


愛し、憎む…相反する感情で有りながら極稀に混在する奇妙な〝感情〟…その感情に、あの女は振り回されてしまったのだろう…。


そして…〝堕ちた〟のだ……何処迄も、何処迄も…深い虚無に…。


……酷く哀れなソレを見て、我は如何なる事を抱くのか………無論〝殺害〟だ。


我は〝主の悪性〟で在る故に……その本質は違えない…。


『「〝発芽〟……〝虹の花園(フラワー・ガーデン)〟」』


そう、我は〝憎悪〟と〝殺意〟を込めて…奴を〝殺す〟のだ。


『「――〝夢見の誘香ドリーム・アルカロイド〟」』

「………嘘」


そう、残酷に…。


○●○●○●



「――〝嘘〟じゃ無いさ」


辺り一面が、色とりどりの花を咲かせる…まるで御伽噺の世界の様に…しかし、そんな幻想的な世界等…私の目には入ってこなかった…何故なら、私の眼の前に立つのは…。


「――相変わらず、お前は〝愚か〟な真似をしているのだね」


あの日、あの時、私が喰い殺したあの男の姿が有ったのだから。


「ッ――あ、あぁッ…有り得ない…コレは罠、敵の罠に決まって――」

「――そうだ、有り得ないとも…コレは〝夢〟だ…〝幻〟だ…君が見る幻想だ……それでも私は〝此処に居る〟のだ…君がそう〝望んだ〟からね」


その男はそう言い、私の元へと歩み寄って来る…恋い焦がれたその男の〝歩み〟が私の元へと来ている……なのに、私には、ソレが恐ろしくて堪らない。


「近寄るなッ!」

「――それは出来ない…〝君が望んでいる事だ〟」


私の言葉が虚しく響く…進む男に反比例し下がる私の足…しかし、その抵抗も長くは続かなかった…。


――グラッ――


「キャッ…!?」


何かの根に脚を引っ掛け転ぶ地面に咲いた花びらが舞い、私は月の眩しさに目を細め…月を背にするその男を見る。


「さぁ…そろそろ終わりだ…〝艶莉〟」

「何で……何で〝笑ってる〟のッ……私は貴方の家族を殺したのにッ、何で…どうして貴方は私の思い通りになってくれへんの!?」


〝憎悪〟で良かった…〝私と彼〟を結ぶ物は〝憎悪〟で良かったのに……コレが幻想だと言うのなら、私は何処迄も〝愚か〟じゃないか……。


まだ…取り返しのつかない所業をしておいて、あの人の全てを奪っておいて…〝愛して欲しい〟何て。


「――嗚呼、何処迄も下らない…」

「〝艶莉〟…私は君が抱く私への未練だ…何処迄も〝偽物〟だ…それでも尚、君がこう望んだ、こうして〝終わる〟事を望んだのだ…だから、私は君にとって最も〝幸福な地獄〟を君に課すよ」


――ギュウッ――


その男は、私が見たことも無い穏やかな顔で倒れ込んだ私を抱き締める……偽物だと、分かっている、分かっていても…もう、同仕様もなかった…。


「〝艶莉〟…私は君を……君の過ちを〝赦す〟よ……だからもう、〝眠りなさい〟」


確かに…何て酷い〝罰〟なのだろうか……死にゆく罪人にとって、これ程残酷な刑罰はきっと、地獄にすら無いだろう…。




●○●○●○


「『〝憎悪を込めて花束をヘイトリッド・ウィズ・ブーケス〟』」


我は見る…最早動くことの無い、毒に蝕まれ生命果てた、鬼の乙女をただ…。


真実の愛を求(嘘の赦しに満たさ)めた者の末路(れて死んだ者)への、〝哀れみ〟を込めて。


――パキッ…パキパキッ――


この仮初の肉体を朽ち果てさせながら…我は其の場から消える。

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