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魔人教授の怪奇譚  作者: 泥陀羅没地
第三章:蠢動する人成らざる者
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悔い多い死を

――ブォンッ――

――ジャリィィンッ――


「『今だ、〝殺れ〟』」

「『心得た♪』」

「ッ――グォ!?」


振るわれた狼の氷爪と鬼の棍棒が交差する…火花を散らし拮抗するソレは、その直後に鬼へと降り掛かる〝氷塊の吐息〟によって中断される。


――ドドドドドッ――


「カッ――ァッ…!?」

「『〝氷漬けの氷檻(アイス・コフィン)〟』」


吹き飛ばされた鬼が宙を舞う…その血塗れの獲物へ、其れ等は一切の油断無く仕留めに掛かる…その様は良く躾けられた〝猟犬〟の様に。


――ピキピキピキッ――


吐き出された氷の息吹が積み上がり、見る間にその〝氷〟を〝氷の柱〟に変えると、三ツ首の猟犬はその巨躯を跳ねさせて身動きの取れ無い鬼の男へと肉薄する…しかし。


――ピシッ――


そう安易に仕留められる程単純な獲物では無いらしく、彼等が飛び掛かるのと同時に氷の檻に囚われていた彼もまた〝動き出す〟…。


「冷ッ――テェッ!?!?」


舞い散る氷の結晶が宙を美しく彩り、月の乱反射によってその存在が美化される…傍目に見れば、その光景は一種の芸術と言って差し支える事は無かっただろう。


「『ガオォォンッ!』」

「チィッ!?」


尤もそれは、今当事者として戦っている彼等にとってはどうでも良い…些事な事なのだろうが。


――ザザッ…――


「『しぶとい奴だ、まだ耐えるか』」

「『腐っても鬼、優れた治癒力に身体能力と言う訳だ…いやいや、天晴よな』」


三首の獣がそう言い、その六の目を己へと向ける…その目、立ち居振る舞いの余裕に舌を鳴らす。


「――このまま消耗戦でも続けるかよ?」

「『――ふむ、それもまた一つの策謀で有ろうな…時間を掛けて〝敵を確実に仕留める〟…そう言うやり方も有るな』」


一匹の狼の首がそう言い、口角を上げる…どの首も厄介な事に変わりはないが、最も厄介な奴は…と言うならばアレがそうだろう。


「『しかし、その手の長期戦の本質とは、分かりやすい〝リソースの削り合い〟だ…兵站が尽きれば死ぬ、士気が尽きれば終わる…遅滞戦闘を繰り広げ、忍苦の糸が切れた方が負ける我慢比べだ…そん双方共にリソースを浪費策謀は控えめに言って〝無駄〟だろう…私の予想を当てて見ようか?』」


他の首と異なる〝点〟を持つその首は…そう言いながら笑みに邪気を込めて続ける。


「〝死力尽きるまで我等とやり合う〟…敵方の戦力を一人でも削ぐ…」

「だったら――」


そして吐かれた思惑に、俺がそう返そうとしたその瞬間、俺の言葉をまた遮りその〝首〟が愉しげに続ける。


「――と、〝見せ掛けて〟…〝隙を見て撤退する、その為に相手の意識を逸らす事が目的〟――かね♪」


その声を聞いた瞬間…俺は己の持ち得る最高速で其の場から〝飛び出す〟…。


「勝ち目の無い敵とやり合うかよッ!」


捨て台詞にそう吐き捨てる…数秒遅れて駆け出す奴等との距離を引き離しながら、俺は心内で〝呟く〟…。


(クソッ…とんでもねぇ仕込みを入れやがってあの野郎!…あぁ、ムカつくぜ)


敵へと背を向け逃げる事は、確かに俺の〝戦士の矜持〟を傷付けた…堪らなく不愉快で、吐き気がする程に〝屈辱的〟な気分だ。


(――だが、死ねばそれまでだ)


戦士の矜持で生命は拾えない、〝絶対の敗北〟は覆せない。


「――次は絶対に〝殺す〟」


この屈辱を燃やし、あの忌々しい氷の畜生共に目に物を見せてやる…。


――ダッ――


兎に角だ……先ずはこの〝薄ら寒い雪道〟を抜けて……。


「………ぁ?」


ふと…我に返り〝疑問〟ガ浮かぶ……アレから逃げて数分経つ…それなりの距離を取った筈だ。


――なら、何故〝雪〟が消えていない?――


先まで続く湿気た獣道に疎らな白…凍える程冷たい冷気が今も背筋を冷たくする…〝気配一つ無い〟この場所は…〝奴〟が通った場所とは違う…こんな山奥にまで足を運ぶ筈が無いと言うのに。


――ゾッ――


その瞬間……背筋が〝凍る〟…俺はまだ…〝奴〟から逃れられては居ない――。


「『漸く気付いたのか?』」


声が聞こえた…気配も何も感じない夜道の、己の背後から………そして。







――パキンッ――


「ッ………そう言う…事か…!」


俺は…目を開く……吹雪く氷の世界で、雪に身体を包まれながら……身体に空いた大穴を雪に晒して…。


「〝幻術〟か……」

「『そうだとも、正確には君を完全に〝囲う〟までの間の時間稼ぎだから、幻術で無くとも良かったが…利便性の都合で此方を選んだ…ヒヤッとしたよ、予想よりも幻術の看破が早くて…後数秒早ければ取り逃がしていたかもしれない』」


そう言いながら、三ツ首の猟犬は歩を進める…嗚呼…完全に詰んだ。


「『敗者を甚振る趣味は無い…痛みを受ける間も無く殺してやろう』」


そう威厳溢れる声で、三ツ首の〝中心〟が告げる…それは正しく己を処刑せんとする処刑人の宣告にも似た意味が籠もっていた。


――ピキッ…ピキピキッ…――


「『おやおや、我々は御役御免かい?……まぁ元より期間限定の〝同化〟だからね……それじゃあ〝私〟は元の黒い1枚のカードに戻るとしよう』」

「『バウッ!』」


そして、崩れ去る二つの首はそう言うと氷の礫と成り…その雪の中に1枚の黒い〝札〟が落ちてゆく…それを俺は眺め…そして。


――ザッ――


「『言い残した事は?』」


己の頭上に居る…俺の処刑人と目を合わせる…言い残した事…か。


「色々有るな……敗北して悔しいし、苛つく、お前達を殺したい位に憎んでいるし、久し振りに暴れられて満足でも有る…言いたい事は兎に角多いが…強いて言うならば…そうだな」


幾度と考えた…己の終着と言う問答を振り返る…激しい戦いの末に、死力を尽くした戦いの末に相打ちで死ぬ事…当に理想な〝最後〟だろう…少なくとも俺にとってすればそうだ…しかし。


「〝理想〟とは口が裂けても言えねぇが……他の奴等よりかはマシな最後だろうよ」


そうだ……何時かの自由を夢見て、その果てに絶望した〝彼奴等(同胞達)〟と比べりゃ…俺は恵まれている方だろうさ。


「『……そうか』」


――ブォンッ――


そして……俺は暗闇に落ちてゆく…冷たい身体から、寒さが薄れて行く〝死の過程〟を身に感じながら…深い微睡みに落ちて行った…。

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