テストの時間と居眠り教師
――カタンッ――
「――え〜では皆、早速講義を始めていこうか」
その言葉に静まり返る教室…うむ、実に良い切り替えだ素晴らしい…一昔前の学校では教師の忠告を無視した挙げ句単位を落とされる哀れな学生を良く見たが今はそんなことは無いらしい…少なくとも此処は。
「さて…以前は魔術師としての〝大前提〟…〝魔術文字〟の知識を君達に教えたね…先ずはその教えた知識が定着しているかの軽いテストと行こう」
――パンッ――
私はそう言い手を叩く…すると一陣の風が吹き、教壇に置いていた紙を風に乗せて20人余りの生徒達、その目前に運ぶ。
「テストの内容は簡単、此処には〝魔術文字〟で作られた詠唱の一部分を抜粋して設問にして有る…数にして凡そ百問…制限時間は〝30分〟だ」
おや、その微妙で不満気な顔は…うむうむ、まぁ分からなくもないよ。
「君達はコレを〝幼稚なテスト〟と見くびっているのだろうが、それは違う…人間とは忘れやすい生き物だ、そしてソレを掘り返すには多くを知れば知る程に時間が掛かる…記憶と言う海の中から〝一匹の魚〟を引っ張り出す様なものだ、そして意味も分からずに魔術を研鑽しよう何て馬鹿な真似は、魔術を〝神秘〟の一側面でしか見れない人間のする事だ…このテストの目的は〝魔術文字〟の理解度と、その理解を脳髄に刻み付ける事だ…そして予め言っておくが思い出せないが為にその文章を用いて魔術を行使しようとした場合、私特性の素敵な〝呪い〟が降り掛かる…死にはしないが死ぬ程後悔するのでしないように」
思春期にも成ってこの講義中ずっと〝赤ちゃん言葉〟を使わないといけない何て地獄だろう?…。
「……もし、〝呪い〟が発動したらこの講義中その人物に集中して私からの問いが飛んでくるから気をつけ給え♪」
『……』
良し、良い緊張感だね…明言せずともその呪いが碌でもない物だと理解しているのは良い事だ…さて。
「それじゃあ行くよ?…始め!」
私はそう言いタイマーを押した…と同時に生徒達はそのペンをスラスラと紙の上で踊らせる。
……む。
○●○●○●
(うわッ、ホントに解ける!?)
(何これ超面白え!)
(悔しいですが…やはり能力は確かな様ですね)
「……Zzz…Zzz…」
(((((寝てるけど!)))))
静かな教室にペンの音だけが奔る…しかし彼等の目線は時折、椅子に座り足を組み目を閉じて眠っている…凡そ授業中の教師に有るまじき態度の男…しかし。
「あッ…」
一人の生徒が指を滑らせペンを落とす…その瞬間。
――パチンッ――
その眠りこけていた男はその身体の姿勢を動かすこと無くただ指を鳴らす…その瞬間、落下中のペンは空中に留まり、やがて何事も無かったかの様に生徒の手に渡る。
「……」
『……』
その光景に、教室の空気はより一層緊張感に包まれるのだった…。
●○●○●○
「――随分趣味の悪い覗き見だね?」
「ッ…本気か」
其処は学園から離れた立体駐車場の最上階…その屋上で人知れず学園を〝遠見〟していた男はその声と、己の首に当てられた魔術のナイフを感じ取り、そう声を上げる。
「あぁ、別に動かない事を強制はしない…君はどうやら愛煙家の様だし、この緊張状態じゃマトモな思考も出来ないだろう…好きに吸い給え」
「……そりゃドーモ」
背後の男のその言葉に、何処か気怠げな男は肩を竦めて胸ポケットから煙草を取り出し口に加える。
――ボッ――
「――ハァッ…つくづくツイてねぇなぁ」
そしてその眼の前に現れた炎に更にため息を吐き、その煙草に火を移すと軽く吸い、その口から煙を吐き出す。
「どこもかしこも禁煙禁煙でこうして吸う機会がそうない…世知辛いなぁオイ」
「喫煙所も最近は少ないし、値上がりも酷いからねぇ…さて、煙草トークも此処までにそろそろ尋問と行こうか…〝公安〟の諜報員君?」
「ッ…何で知ってんだ?」
その存在はごく自然に男の正体を看破し、ソレに男は思わず目を見開き声を低くして問う。
「一つ、生徒の視察をするならば学園の申請を通ればこんなに回りくどい事はしなくて良い、そして政府の者で無いならば非合法な組織か、或いは公に出来ない国家組織か…そして君からは愉快犯の享楽的意思と言うよりは職務に対する小さな不満と義務感が伺い知れる…まぁこの程度の事だが君の所属は割れたし良しとしよう……では次に、君は何の目的でこの場所で覗きの如く生徒達の勉学に励む様子を観察していたのかな?」
その存在はその声を淡々とした声色のままに、次の問いに移る…その薄ら寒い不気味な雰囲気に男は口を結び、そして吐き捨てる様に告げる。
「…言うと思うか?」
「言わなくても良いよ?…その場合君よりも上の人間に直接お話すれば済む話さ…その場合悪いけど、君の命は保証しない」
「ッ…」
ソレに対して、その存在はまるで何て事無い様にその魔術の刃を軽く押し込む…その首筋から垂れる血液の不快感と痛みに歪めながら…男はその男の尋問に言葉を返す。
「…悪いが俺は〝仕事人〟だ、守秘義務がある以上例え死んでも情報はやらん」
男にとっては精一杯の強がりだった…或いは職務に忠実だっただけか…そう言い切り、男は己の死を覚悟し目を閉じる…しかし。
「だろうね…だから一つ〝契約〟しよう♪」
間を置かず帰ってきたのは、死への引導では無く依然淡々とした声色の言葉だけだった。
「…内容は?」
「〝この場で起きた事〟、〝お互いの素性〟の〝完全秘密〟…そして、〝学園生〟への危険へ繋がるだろう行為を心身ともに禁ずる事」
その内容は男にとっては非常に都合の良い内容では有った…だが、契約魔術の恐ろしさを知る男はその内容に対する懲罰の内容を問う。
「…破れば?」
「〝死ぬ〟」
そのたった二文字の…しかし確かなリスクに男は驚き、馬鹿なと言葉を吐いて否定する。
「ッ…馬鹿な、生命を賭ける契約魔術は法律で禁止されて――」
「るね?…でもこのまま死ぬよりは余程マシな契約だと思うよ?…契約自体も国家を想う者にとっては未来の魔術師達の成長に繋がる…悪く無いだろう?」
そう言う男の言葉へ、背後の存在は肯定し…理解を示した上でソレを無視すると伝え…男を揺さぶる。
「悪魔かよ」
「まぁ〝半分〟はね」
その男の忌々しげな呟きに、背後の男は冗談を口にして催促する。
「さぁどうする?…此方としては時間を押してる訳だ…時間稼ぎしようものならその首を刎ねてしまうよ?」
「分かった…分かったよ…〝同意〟する」
――キュィンッ――
「良いね…判断が速いのは良い事だ…さて、コレで私の用件は終わりだ…御苦労様――」
「最後に一個聞いてもいいか?」
「ん?…あぁ良いとも、答えられる範囲な答えよう…何かな?」
「アンタは〝何者〟だ?」
「何者か…か……名前は伏せるよ、ただそうだねぇ…〝字波君〟の友人だよ」
――パキンッ――
その言葉が紡がれた後…男を捉えていた魔術の刃は崩壊し、魔力の粒子を当たりに散らす…そして、その光景の後、男は再度深い溜息を吐き。
「ハァァァァ……〝紅月〟の関係者かよ…本気でツイてねぇぇ…!」
そう言い、車に乗り込んでその場から去るのだった……。
「うんうん!…良いね皆、予想通りの点数だ…分からない場所を躱して今できる場所を埋めて行くのも間違いでは無いからね…それに、〝不正者〟は居なかった様で良かったよ!…ちょっと残念だが!」
一方その頃…その監視の対象と成っていた教室では、一人の青年が紙束を集めて満足気に頷いて笑い、早速講義に入ろうとしていた。




