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魔人教授の怪奇譚  作者: 泥陀羅没地
第三章:蠢動する人成らざる者
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酒呑み鬼

――ゴオォォォッ――


「『主様ッ、これ以上は身が持たないわよ!?』」

「五月蝿い!――良いから魔力を繋いで!」

「『でも――!』」


暗闇に光が一つ、夜の物では無く、さりとて陽の光と似ても似つかない〝光〟が、暗い森の不浄な木々を薪木に盛る。


「「「「ギギィアァァァッ!?!?」」」」


燃え盛る炎は暗い森を這い進み包み込み、不浄の生命を焼き尽くす…しかし。


「…?」


本来ならば生命の区別無く全てを焼き尽くす概念で有る炎は、今傷付き果てた生命だけを避けて這い進む。


「――下らない」


その光景を見ながら、その鬼の少女は冷めた目で炎の中心に居座る少女を見据える。


「高々雑魚を一掃する程度で命懸け等…やはり人間は脆い…こんな存在に負けたのかと思うと苛立ちが募る」

「クッ…舐めるなッ!」


そう吐き捨てる様に、心底から蔑むように言い此方を見る少女に、少女(土御門九音)がその腕を伸ばそうとした瞬間。


――ドサッ――


「グッ…!」

「『主様!』」


その炎がまるで蝋燭の最後の一燃えの如くに激しく燃え上がり、鎮火する…そして少女はその身体の節々を炭に、炭の中から血を吹き出して膝を突く…それにその鬼は深く溜息と燻る苛立ちを混ぜた言葉を吐く。


「炭を舐める程飢えてなど居ないわ下郎め――ハァッ…斯様な下等生命共を無聊の慰みに殺す事も叶わんとは…本当に〝奴〟にそれほどまでの価値は有るのか?」

「……何…だと?」


その言葉に含まれた意味に、傷付き重い体に意識が削がれながらも少女は疑問を呟く…。


「……ふむ、お姉様からは何も言われていない、頭目からも目的についての他言は禁じられていないし…何よりも〝アレ〟には以前の恨みも有る…どうせ用が済めば始末するのだ…貴様等も何時までも騙されているのは不愉快であろう…教えてやる…しかと聞くが良い…我等の目的は――」


その疑問に鬼が悪意を込めて応えようとした、その刹那――。



――パキンッ――


九音の胸元から何かの罅割れる音と、瞬間噴き出す〝黒い炎〟が少女と、少女に駆け寄る緋色髪の幼少女を包む。


「コレは……!?」

「『ッ――主様!』」


二人は黒い炎に包まれ、その場から姿を覆い隠す…しかし、その炎と直ぐ側で対面している鬼の娘はその炎に冷や汗と憎悪を募らせ呟く―。


「何だ…その〝炎〟は……!?」


その叫びを受けた炎は、その揺らめきに〝何か〟の眼を生み出し…じぃっと、その鬼を見詰めていた。



●○●○●○


――パタンッ――


さて、さて、さて…綺羅びやかな装飾、見て分かる上等な芸術品に彩られた屋敷を進む…屋敷の中はどうやら人間と変わらない様式の様だった…其処で働く給仕達が全員〝鬼〟で有る事を除いて…では有るが。


「――〝大将〟…〝例の者〟を連れて参りました」

「……ふむ」


さて、そんなこんなで鬼君に連れられ現在…遂にこの襲撃の首謀、即ち鬼達の頭目君と初対面に漕ぎ着けたのだが…。


――ズオォォォッ――


「『応…漸くか〝茨木〟…入れ!』」


その襖越しにも感じ取れる…個人の魔力と呼ぶに逸脱を極めた様な〝魔力〟…字波君に匹敵する程の〝魔力〟と微かな〝神秘〟の気配…成る程、成る程…得心が行く。


「――〝茨木〟に、〝大江山〟…仮説、仮称として用いた〝鬼の頭目〟を図らずも〝当ててしまった〟かな?」

「ッ…勝手に動くのは――」


――バンッ――


「――そして、コレまた〝驚き〟だ!…まさか〝大江山の鬼〟…日本妖怪に於ける〝鬼の王〟とさえ言える有名人、否〝有名鬼〟…〝酒呑童子〟が――」


彼の静止を無視し、襖を開け放つ…其処は通りの部屋の様な絢爛豪華な装飾の無い、無骨で…実に居心地の良い豪華だが豪華過ぎない居間…私はその中に満ちる魔力よりも、何よりも今目の前で胡座をかき盃に満ちた酒を飲む〝ソレ〟を見る。


「――〝女性〟であったとはね…伝承とはやはり宛にならない物だ…いやいや、失敬失敬…門外漢とは言え、多少の知識は持っている故少々気が〝逸った〟…失礼したね大江山の鬼大将」


私はそう言い、その盃を空にして豪気に笑みを浮かべるその〝赤髪の鬼〟へと微笑みかけ――。


――キィィンッ――

――ドゴオォォォンッ――


彼女へ、〝単純な魔術〟を撃ち込むのだった。


「ッ!?…貴様――」

「――出会い頭に〝一撃〟たぁ…思ってたよりも〝血の気〟が多いなぁオイ…〝気に入ったぜ〟♪」


そんな私の首へ剣を突き立てようとした茨木の行動が実を結ぶより早く、破壊に生じた砂埃の中からそんな愉しげな声と〝殺意〟が満ち溢れる。


――パキンッ――


「ほほほう?…此方は予想通り、〝茨木〟君各位〝上位鬼種〟を遥かに上回る膂力と魔力だ…良いね、順調に調査が捗るのは研究者として助かるよ」


その中心では、獰猛な獣の笑みに勇ましい美を纏った〝獣〟が、軽々と私が放った巨大な魔力の塊を握り潰す光景が有った。


「さて、それじゃあ此方もお返しだ♪」


そして、そんな〝酒呑童子〟は空いた腕で地面を弄り、適当な石を掴むと指に乗せ、私へと〝弾く〟…。


――パパパパパキンッ――


「おぉ?…何だ〝打ち抜け無かった〟か…良いじゃねぇか、益々〝面白い〟」

「……ふむ、ただの魔力を込めただけの〝一撃〟でコレか…コレで本気じゃ無いのだから恐ろしい…フフフッ、コレはアレだねぇ…私じゃ〝万に一つ勝てない〟ね」

「何だ…分かってんじゃねぇか♪」


我々は互いが互いに言葉を述べながら、互いに適切な距離に座る。


「さて…〝御遊び〟も此処までにしよう…これ以上は〝彼〟が御機嫌斜めに成りそうだしね」

「何だ、妬いてるのか〝茨木〟?」

「……お戯れを、私は〝酒呑〟様の配下で御座いますれば…酒呑様の行動に一切の否定は御座いません」

「へぇ……じゃあ私がコイツと〝ヤッても〟か?」

「……無論」

「――アッハハハハッ!…冗談だジョーダン!」


その割に目は本気だった気もするが…其処は良いとしてだ。


「さてさて、それじゃあ早速…〝取引〟と洒落込もうか酒呑君」


私はそうして、鬼共の本拠、本陣にて…〝彼等の長〟との取引を切り出すのだった。

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