丁半勝負生きるか死ぬか
――ズガガガガッ――
「チッ…出鱈目過ぎるだろう…!?」
己が身体を掠める風と水の刃を凌ぎながら、僕は目の前の老いた鬼へとそう吐き捨てる。
「カッカッカッ♪…そう褒めるで無い、こそばゆいわい!」
「――クソッ…防げるか刃さん!?」
「無茶言うなッ、こんな馬鹿見てぇな魔術の波をどう処理しろってんだ!?」
「〝凌ぐだけ〟で良い!」
「その〝だけ〟が難しいんだよ!?」
消耗した仲間と切り離せたのは良かった、僕一人で足止めするのも、難しくは有ったが何とか抑え込めたし、倒すために必要な戦力として、恐らくは救援信号を聞き届けてきた金剛級魔術師が一人だけとは言え来た…だが、それでも依然として〝万全〟では無い…〝圧倒的不利〟が〝かなり不利〟に変わった程度の差異しか無い。
――バチィンッ――
「ウオォォッ、〝加速剣身〟!」
現状を整理する…絶望的な戦力差だがしかし、どうにかせねば成らないのは確かなのだ、ならば如何に〝状況を覆す〟…。
「『――私の魔力を使うか?』」
僕へそう言うのは、今戦闘の最前線に立つ彼と共に相手の術理を相殺している僕の使い魔〝アドラ〟…しかし、その問いに僕は首を横に振る。
「……いや、刃さんの補助は必須だ…君は術式の同時運用は出来ないだろう?」
如何に豊富な魔力が有ると言えども、同時
に異なる術を行使するのは〝難しい〟…それは例えるなら右手と左手で全く異なる作業を同時進行で行う様な〝神業〟だ…何故魔術師が術式の研究に躍起になっているかと言う問い一つは、その神業を如何に簡略化し、ソレに近い業を手に入れるかと言う目的の為だ。
「『ならばどうする?…このまま拮抗し、来るか分からない救援を待つのか?…私は幻獣との人造生物故にその魔術精度は人を超える…それ故に今この状況で奴の術理の相殺を成立させている』」
「……」
「『――大鶴刃、あの人間はその様な特異体質では無い…何れ肉体の限界が来るだろう…今この〝時〟がこの戦いの分け目で有ることは明白だろう?』」
その言葉を聞き、沈黙ながらに肯定する…そう、時間が無い、猶予は無い、救援の保証も無い…この状況で生き残るには僕には汎ゆる物が足りていないのだ。
否定ばかり多いこの〝状況〟で…僕達が〝生存〟を得る道筋は何だ?…。
そもそも彼等は何故〝僕達〟を狙った?…気紛れ?…遊興?…否、戯れと呼ぶには余りにも大掛かりだ…この規模の術を完璧に隠蔽等出来るはずがない…。
ならば何だ?…何かの目的が有ることは明白だ…その目的とは何なのか?…。
僕達を殺す為?…命を糧にする為か…否、ならばこんな大掛かりな仕掛けは要らない、寧ろ静かに静かに、小規模ながらに集める方が〝効果的〟だ。
彼等のリスクは何だ…〝己等の存在の露呈と生命を狙われるリスク〟だ…その対価に高々百五十余名の人間の生命を得るのか?…否、明らかに〝釣り合わない〟…。
ならば――…。
「――全員、防御を解いて欲しい」
「「『ッ!?』」」
僕の言葉に、彼等は何も答えない…答えないがその雰囲気が揺れ動いているのは分かった。
「『主よ、ソレは――』」
「良いから何もするな…魔力の無駄だ」
思考に思考を重ねた、その末に僕は選択する…〝敢えて何もしない〟と言う暴挙を。
――ザッザッザッ…――
「む?…何のつもりだ小僧?…死ぬつもりか?」
「ハッ…まさかだろう、死ぬつもり等毛頭無いさ…!」
死ぬか死なないか…無論死なない…いや、その〝可能性が高い〟といったほうが良いか。
奴らの目的は〝僕達の生命〟では無い…少なくとも彼等が保有する何かの目的が果たされるまでは…〝人間を殺さない〟…狙いは僕達じゃない。
ならば誰か…僕達以上の存在で有り、彼等にとっては人間以上に価値が有る存在…恐らくは。
(〝字波美幸〟…人間社会に存在する〝吸血鬼〟…そして日本最強の〝魔術師〟…)
そんなあの人を〝利用〟する為だろう…か。
――ヒュンッ――
「断言しよう…お前に〝僕〟は殺せない」
仮説通り彼女を利用する上で…僕達の生存は〝必要不可欠〟で有るからだ…彼女は間違い無く、〝僕達の生存〟を絶対条件に据える…そして彼等にとっては、彼女を敵に回す行為は避けたい筈だ…つまり、この賭けは十中八九〝通る〟…。
――ピタッ――
己へ迫る…無数の魔術が其の場で静止される…読みは当たったらしい…。
「小僧…貴様随分な肝の据わり様じゃのう…同じ鬼であったならば弟子にしてやりたいわい」
「フッ…賛辞と受け取っておこう」
「――じゃが、貴様の無謀に対する代価は頂戴しよう」
僕が静止する魔術の嵐の中、そう老鬼へと言葉を発したその刹那。
――ズパンッ――
「ッ〜〜〜!?」
僕の片腕と片足が斬り飛ばされる…途端冷や汗と脂汗の混ざり物が身体を這い回り、痛みと熱さに身悶えする…痛い、痛いがコレは…。
(――取り敢えずの〝賭け〟は勝った……後はタイミングを図り〝仕留める〟)
肉体的反応とは裏腹に、僕のその思考は何処までも〝冷徹〟に澄み渡っていた。
『―――』
その時僕の脳裏に浮かんだのは…何故かは分からないが…あの白衣を着た、教師と呼ぶには此方側の様な背格好をした一人の男の姿だった事は…この先の人生でも、解き明かされる事は無いだろう。
○●○●○●
「――フフッ♪」
「……何だ?」
「嗚呼いや、此方の話だ…うん、無茶をするなぁ…と思ってね…彼があの子を殺そうとした事はやはり間違いでは無かった様だねぇ…」
茂みを掻き分け、二人の影は進む…先頭を進むその人影は、背後で可笑しそうに笑うその人影を奇特の混じった目で見つめる。
「やはり彼は…私に良く似ているねぇ」
「…貴殿の様な性根の人間が居るのか?」
「居るよ居る居る…自覚は無く、まだ良識的で…その上〝私以上〟の潜在能力を有した極上の雛鳥がね…フフフッ♪」
「……」
その視線に後方の男は、その顔を薄ら笑いの延長の様に軽薄そうな笑みを浮かべ、その無機質な瞳を虚空に向けていた。




