鬼の怪夜
――ドドドドドッ――
「〝爆ぜ椿〟!」
地響きが迫る、私達は迫りくる妖魔達の濁流を凌ぎながら命からがらに〝逃げる〟…。
「椿ちゃんどう!?」
私を抱えながら結実ちゃんが問う…その問いに爆破の名残を残す背後を見て…そしてその爆破の後に何事も無かったかの様に迫る妖魔達を見て私は否定を口にする。
「――駄目結実ちゃん…私の攻撃じゃ足止めにも成らない…!」
何百を超えるかの様に、その妖魔…〝鬼〟達は我武者羅に迫る…傷付こうがその身は次第に再生し、力の限り駆け続ける鬼の濁流にとっては…私の魔術は相手にすらならなかった…。
「ッ…このまま逃げ切れると思う?」
「分からない…ごめん――」
結実ちゃんの言葉に私はそう返そうとしたその時、結実ちゃんが言葉を遮る。
「謝らないの、無理なものは仕方ないんだから!…皆〝撤退〟に集中して、攻撃は要らないからそのまま撤退地点まで退避!――椿ちゃんはしっかり掴んでて、振り落としちゃうかもしれないから!」
「――ッ…うん!」
その顔は必死でありながら焦った様子は無く…その声には悲壮感もない…何処までも前向きな何時もの声…その声が、今の窮地には酷く頼もしく見えた。
「――ウフフッ…娘っ子やのに、酷く男前やねぇ…♪……その気概、嫌いやないよ?」
「……――〜〜!?」
不意に、そんな声と甘い香りが鼻を擽る…その声はとても透き通って、綺麗で…美しい楽器の様に柔らかい声…なのに湧き出すこの黒い〝心〟は、その声が〝危険な物〟だと知らせるように身体中を駆け巡る…。
――ザザッ――
その声に全員が立ち止まり…広い獣道で一丸と成ると、その声の主はクスクスと愛おしげに笑いながらその姿を表した…。
「子供は本当可愛えぇなぁ…よぉく走って、よぉく怖がって、泣き叫んでくれるからねぇ…鬼冥利に尽きる位、遊び甲斐があって…本当に〝可愛えぇ〟♪」
気が付けば私達は取り囲まれ、暗い森の中から覗く獰猛な瞳に恐怖を覚える…しかし何よりも私達がその視線を釘付けにさせられるのは、そんな〝暗がりの脅威〟では無く……私達の前に優美に舞い降りた〝美しい脅威〟だった。
「はじめまして、こんにちわぁ…ウチは〝艶莉〟…見ての通りの〝鬼〟やよ、よろしゅうな?」
その所作は芸者の様に靭やかで華やか、色香と妖艶さを放つ豊満な身体は異性を引き付ける程に魅力に溢れていた…けれど、その身はやはり妖魔で有り、そして妖魔の中でも特に〝危険〟な物で有ることは、その身体から溢れ出す黒く〝アブナイ〟雰囲気が悠々と物語っていた。
(囲まれたッ…逃げ場は…無い、逃げられない…囮に成る…無理、完全に囲まれてる…此処は――)
「貴女達――」
私は目の前の鬼へ声を掛ける…完全に囲まれた以上、どうにか救援が来るまで粘らなければならないと考え、その鬼へ会話を持ち掛けようとしたが…しかし。
「――そう怖がらんでええよ、別に今直ぐには殺さへんし…此方の事情が片付くまでは殺しも殺させもせぇへん」
私の思惑を見通しているかの様に鬼はそう言い、淑やかに笑う。
「――あ、でもそうやねぇ…ずっとずっと…こうして皆でぼーっとしてるのも確かに暇やなぁ…うん…良し決めた」
しかしふと、その鬼…艶莉が何か思い付いたと言う風に手を叩くと…その瞬間。
「折角やし、ちょぉっと遊ぼか♪」
「――は?」
――ヒュンッ――
私の頭上を〝風の刃〟が通る…否、後数秒動くのが遅ければ…しゃがまずに立ったままであったなら、私の体は風の刃によって深々と切り裂かれていただろう…。
「飛口君!?」
その刃の主は私の方へ杖を向けながら…しかしその表情は混乱と困惑、そして焦りを孕んだ複雑な顔をしていた。
「――ち、違うッ…〝身体が言う事を聞かねぇ〟…!?」
「ッ――まさか…!」
私がその先の言葉を言おうとするよりも早く…飛口君と、もう一人…東雲君が杖を構えて私達へと術を放つ…その顔を依然〝当惑〟に歪めながら。
「フフフッ、さぁ戦いぃや…勝ち残った子には御褒美に〝良い事〟したげるよ?」
そんな、急な仲間割れを…いや、仲間割れの様に争わされる私達を見ながら、その鬼は嗜虐的な笑みに顔を歪めていた。
●○●○●○
――ザッザッザッ――
「――予想通りだが、予想外だねぇ…!」
私は木々を避けながら、独り言を呟く…道中湧き出している有象無象の妖魔達を始末しながら。
「襲撃は〝予想通り〟だったが…まさかここいら辺一帯を〝異界化〟するとは…」
深夜で有り、彼等のホームグラウンドで有る事が有利に働いたとして…ソレだけでは足りないだろう。
「異界化の範囲には何ら仕掛けが無かった筈…となれば、〝土地〟との相性が作用していると見るべきかな…」
憶測と推定でしか無かった敵の正体も、どうやら強ち間違いでは無かったかな?…。
「――っと、行けない行けない…思考が脱線してしまったね…早く生徒達を〝救助〟しなければ――ッ!」
私が思考を振り切り、木々を足場に異界を駆け巡らんとしていると、刹那…強烈な気配と共に私の目の前に一匹の〝鬼〟が現れる…彼は確か覚えが有るな。
「此方としては退いてくれた方が助かるのだけどねぇ?」
「それは出来かねる…此方も貴殿に用が有る故な」
其処には以前此方に襲撃を掛けてくれた鬼達、その最後に邂逅した鬼の青年が仕立ての良い着物を纏い、抜き身の刀を握って待ち構えていた。
「――私に付いて来て欲しい」
「〝私の生徒全員〟を傷付けないのならば構わないよ?」
「……それは、難しいな…我々の眷属共は荒っぽい…殺しはしていない筈だが、腕の二本三本は潰れてるやも知れない…」
「部下の教育がなってないね…どうせ拒絶すれば〝力尽く〟なのだろう?……ならばさっさと案内したまえ…無駄な労力は使いたくないのでね」
幾ばくかの問答の末に、私はその青年鬼へそう言い要求を許諾する…全員の様子を観察した所、確かに怪我は多少有ろうと死者は居ないらしい……尤も…相手が妖魔な以上、目的が果たされた後はどうなるか分からんがね。




