夜の森
――カチャカチャカチャッ――
「――お、おふぁわり!」
「結実ちゃん、そんなに掻き込んじゃ喉に詰まらせるよ?」
「ムグッ!?――ムグゥッ!?」
「…ハァッ」
――カチャカチャカチャッ――
「――カァッ!…美味え!」
「――プハッ…身体に染みるのう!」
夕暮れの赤い空が窓辺から覗く…その有り触れた、しかし意識して見る事など滅多にない夕暮れはその不変の姿を絵画の様に美しく魅せ窓と言う〝額縁〟に収まる……尤も、その風景美を堪能するよりも、目の前に並べられた豪勢な食事の方が彼等にとっては重要なのだろうが。
「若者は良いねぇ…歳を取ると胃が縮んでこうは行かない」
「『ふん、童共に負けず劣らず食う貴様が良く言う』」
「おや?……何だ、帰っていたのかいアル」
私がそんな彼等を見ながら、自身に配膳された食事に箸を通していると、その横から私の愛猫が現れ膝下に座る。
「――しかし私を嘘付きの様に言うのは心外だね…事実私の胃は最盛から凡そ70%程にまで縮小しているのだからね」
「『ますます人間では無いな…』」
そしてその愛猫はそう私を詰りながら私から魚の切り身を一切れ奪うと膝上で食事を始める…小皿でも用意していれば良かったね…。
「――それは兎も角、〝様子〟はどうだった?」
「『――……〝デカブツ〟が数匹と〝しぶとい〟のが湧いていた…貴様の言う通り、妙に〝強い妖魔〟が湧いている…そのくせどいつもこいつも〝不味かった〟…其処の青野菜にも劣る』」
「好き嫌いは良くないし、ピーマンはこの苦みが良いのだがねぇ…兎も角そうか…私が伝えた〝特徴〟のモノは?」
「『居らん……野良で湧いたか…我と同じ〝変じた〟のだろうよ』」
「ふぅむ…成る程…その調子で今夜も頼むよ?」
「『腹が減った…貴様の魚を全て寄越せば考えてやる』」
「え〜?…せめて半分にしたまえよ…」
「『ならん』」
アルと私はそう言葉を交わしながら、食事に勤しむのだった…。
――キラッ――
赤色の空が薄闇に覆われ始める頃に〝流れる〟…その光の礫を尻目に。
●○●○●○
「『――さて、再三注意を述べ、しつこいと感じるやも知れないが、重要な事だ…今一度〝警告〟しておこう…只今より、この合宿の本番〝妖魔討伐訓練〟を行う』」
夜の帷が降り、不夜の都では見ることの叶わない…満点の星々が顔を覗かせる刻に…不気味に揺れる風に、乏しいながらも光を放つ〝電光〟を操る彼等へ、どこからとも無くそう声が響く。
「『先ず始めに、この訓練は様々なアクシデントに対処する為の汎ゆる手段を講じてきたが、その上で〝完全に安全〟等と保証出来ない事を伝えておく…無論この事は理解しているね?』」
その人物の声はそう淡々と、彼等生徒に緊張感を与える様な言い回しで彼等へ告げる。
「『――そう、この訓練では君達の誰かが〝死ぬ〟リスクが少なからず存在する…訓練でありながら、コレが半ば〝実戦〟で有る事を、今一度再認識して欲しい…即ち、〝慢心=死〟の図式が成り立つ…最大限の注意をし…この訓練に臨み給え』」
そう言うと、今度は生徒達の装具に付けられている水晶石が輝き、其処に薄い〝地図〟の映像が投射される。
「『この訓練で君達が成す事…それは〝妖魔と戦う事〟だ…彼等の領域で有る〝夜〟の森の中でだ……訓練時間は現時刻〝20時〟から〝23時〟まで、君達はこの妖魔蔓延る森の中を生き残らねば成らない…君達の戦闘、行動記録は君達の装具に取り付けてある録画媒体にて保存するので、君達は気兼ね無く〝己の生存〟に集中する様に……さて、注意喚起はこの位…ではでは諸君!…頑張り給え』」
そう言うと、その映像は突如カウントダウンを刻み始め…〝零〟と同時に――。
――ゴオォォォンッ――
遥か後方の〝宿舎〟から大きな鐘の音が鳴り響き…訓練の始まりが告げられるのだった…。
〜〜〜〜〜〜
――ザッザッザッザッ――
「う〜ん……気持ち悪いね〜…」
(虫の音一つしない…森の中なのに…)
静まり返った無音の森を歩きながら…私は肌身に感じる薄ら寒い気配に警戒を強める。
『〝瘴気〟とは、妖魔や、妖魔が生まれる様な陰鬱とした場所に燻りやすい〝魔力の一種〟だ…瘴気は生者、生命にとって〝相容れない力〟で有る為に、瘴気が濃いエリアでは〝生命の気配〟は無く成る…従って〝生命の気配を感じない場所〟は…〝妖魔が潜んでいる可能性が高い〟事を覚えておくように』
そして、脳裏に浮かぶ講義の内容を思い出し…その講義をしている人物が〝瘴気を放つ側〟事を思い出し…少し気が抜ける…その時。
「ッ――結実ちゃん、皆…気を付けて」
「ッ!」
このグループの総支援を担当する椿ちゃんが、そう鋭く警告を出す…それに反応し、私達は素早く戦闘態勢に入りつつ、椿ちゃんが言う方向に目を向けると……居た。
――ボリボリボリボリッ――
「フゴッ…フゴゴォッ…グゴ…!」
それは暗闇の中から光を放つ私達へ目を向ける…一匹の〝猪〟の姿…しかし、その様子は普通の猪と違い、纏う気配は昏く、黒い…〝敵意〟に満ちていた。
「猪型の妖魔…魔力は其処まで無いから低級だと思うけど…いやいや、油断しちゃ駄目だよね…うん」
ちゃんと師匠の警告は聞いてるからね…それじゃあ――。
「飛口君お願い!」
「了解…〝風よ、斬り裂く刃と成れ〟――〝風鎌〟!」
私の言葉と同時に、仲間の一人が詠唱し、風の刃を飛ばす…そしてソレは――。
――ズバッ――
「プギィィィッ!?!?!?」
呆気なく、本当に呆気なく猪の妖魔の身体を断ち切った…。
「……な、何だ…思っていたより呆気なかったな…?」
「な、なーんか肩透かしー…!」
その様子に私達が思わずそう声を漏らした…その瞬間。
――ゾロッ――
「「「「「ッ…!?」」」」」
恐らくは、私達の戦闘が呼び水と成ったのか、或いは他所のグループが原因なのか…森全体が嫌な〝気配〟を纏い始め、そしてその〝瘴気〟が周囲に満ち始めたのを知覚する…。
「皆…移動するよ…!」
緊張が奔る空気の中、私はそう言い…仲間達に指示を出して森の中に足を踏み入れるのだった…。




