追体験
今日書かないといけない。そう思ってこの物語を進めていく。
とある路地におれはいた。
師走の町が忙しない時期。
師走の凍るような肌寒い時期。
凍てついた風が吹き抜け俺は身を丸めてポケットに手を突っ込んだ。路地にたたずんでいると、初老くらいの老人が俺に近づいてきて言った。
「あんちゃん、こんなところで何してるんだよ」
何してるとはご挨拶だなと思った。何をしているように見えたんだろう。
「ちょっと考え事をしていたんです。そしたら妙なことが起こったんです。聞こえないはずの声が聞こえるようになりました。」
「一人でこんなところにいたんじゃ、あんちゃんあれだな、一つ頼みごとがあるんだよ。」
聞き覚えのある声だった。どこかで聞いたことがあるような。
「もしかして有名な方ですか。どこかで聞いたことがあるような声だったもので。」
「さあな。そんなことよりここで会ったが百年目だ。あんちゃんを使ってとある興行をしたいと思っているんだ。それはリアリティショーというかなんというか。あんちゃんをおいらが殺そうと思うんだ。」
「いや待ってください。なぜ俺が死なないといけないんですか。」
「さあな。でようおいらは思うんだよ。あんちゃんは本当にいけないことをしたよ。ヤクザのしょばを荒らしたんだ。それはやっていいことじゃねえ。」
「その件に関してはもう済んだはずですが。」
心当たりがあった。ある町でおれはキャッチをやっていた。ぼったくりの居酒屋やお姉ちゃんがいるような店を斡旋するあれだ。その時にルールを破ってしまったのだ。キャッチは店のテリトリーの中でやっていて、ルールがいくつか存在する。そのルールを一つ破ってしまったのだ。厳密には破っていなかったのだが、その話はおいおいしようと思う。
「話はついたと聞いていますが。」
「そうだよ。だからおいらが来たんだよ。おいらが受け持つことになった。どう思おうが勝手だがおいらの興行に水を差させやしねえよ。」
おれはこの人はある有名人だと思った。その興行の内容については申すことがたくさんあったのだが、なにせ有名人だ。面白そうだと思ってしまった。
「それじゃシーン1あんちゃんとおいらの出会い。よーい、アクション。」
「おれはこんなところで何をしているのだろう。聞こえないはずの声が頭の中で聞こえ始めて、おれはこのままどうなってしまうんだろう。」
「よおあんちゃん。これといって言いてえことはねえが、とにかくおいらについてこい。」
「はい。もうそうするしかないような気がしてるんです。でも怖いんです。」
「そりゃあ怖えだろうよ。なにせ人が一人死ぬんだからな。でもよお、お前は今まで碌な事はなかったと思うぜ。おいらはそういうふうに見るよ。」
何を偉そうに言うのか。おれの何を知っているんだ。
「おれは死なないといけないのでしょうか。」
「人にご迷惑をかけたんだ。それ相応の代償は払えと言ってるんだよ。」
「そんなことよりもあなたは一体誰なんですか。もしかして間違っていたらあれなんですけど、有名な映画監督の秦野ひろしさんですか」
「そうだよ。よく知っているじゃねえか。おいらはよう悪さをするような不良を黙って見過ごさないって言ってるんだよ。」
「しかしその件についてはもう謝りましたし、組同士が話し合って解決したって聞いたんですが。え、本物ですか。」
おれは支離滅裂な思考回路になっていた。たしかに揉め事があったが、なぜそのみかじめがひろしによって行われているのか。有名な監督がなぜ直々に。おれを殺すと言っていたがそんなことが実際可能なのかますます訳が分からなくなっていった。
「死ぬのは怖いので嫌です。その代わりやれと言われたことはやります。」
「いいじゃねえか。それでいいんだよ。カット。」
こうしてひろしと四六時中寝食を共にするという奇妙な生活が始まった。
このときおれは様々な人の声が頭の中で聞こえ始めていた。
直接会ったことがある人、会ったことがない人、テレビに出ているような有名人。そのどれもがおれを殺そうとするのだ。いわゆる幻聴というやつだ。
「てめえこの野郎、早く死にやがれ」
というのは日常茶飯事で決まってそいつらは自身をヤクザだと言うのであった。実生活でヤクザに縁はなかった。まあキャッチの仕事で間接的には関わっていたのかもしれないがそれくらいだった。ではどうして。脳が激しく混濁しており自身のことを追い込んでいったというのが答えになるだろうが、その時の自分は本当にそうだと決め込んでしまっており、病状は優れなかった。今考えると統合失調症にまんまとなっていったのだった。そんな中ひろしはことあるごとにおれの前に現れた。
「おいらの作品を撮ろうと思っている。その前にこの世界のルールを教えてやろうと思っている。お前は謝れと言われたら謝らないといけない。意味が分かるか。」
「はい。申し訳ございませんでした。」
「できるじゃねえか。でもなあんちゃん。ヤクザには謝っちゃいけねえんだよ。ヤクザに謝るってことはなにをされてもいいってことだよな。この意味が分かるか。」
「わかります。でも謝れと言われたらどうしたらいいんですか。」
「ありがとうって言うんだよ。ヤクザに謝るときはありがとうだ。」
「ありがとうございます。」
「でもなあんちゃん、ヤクザに恩を売るってことはそれ相応のことをしないといけないんだよ。だからありがとうも言えないわけだ。謝れっ。」
「えっと、はい。えっとごめんなさい。」
「ごめんなさいだ。申し訳ございませんでした、だろ。」
「申し訳ございませんでした。」
「でもヤクザには謝っちゃいけねえんだよ。だからこの場合はなんて言うんだろうな。」
「ありがとうでしょうか。」
「言ってみればいいじゃねえか」
「ありがとうございます」
「ありがとうございました、だ。」
「ありがとうございました。」
「でもよおあんちゃんはヤクザにありがとうは言えねえわけだ。だったらなんて言うんだよ。」
「申し訳ございませんでした。」
「謝ったってことはどういうことかわかるよな。あんちゃんはヤクザに謝っちゃったんだよ。」
「どうなるのでしょうか。」
ここでなにか物々しい雰囲気の人が現れる。
「おじさんたちねえヤクザなんだけど、君さ誰と話してるのかわかってるの。」
「ひさしさんですよね。」
「そう、秦野ひさしさん。ちゃんと言わないと。」
「秦野ひさしさんです。」
「そう。君はさ、ヤクザに喧嘩売っちゃったんだけど大丈夫なの。」
「いや、だめです。」
「なんとか言ってみろこら。」
「申し訳ございませんでした。」
「ヤクザに謝っていいと思ってんのか。おじさんたちね、本当にヤクザだから、どうなっても知らないよ。」
「勘弁してください。」
このようなやり取りが頭の中で延々と続いた。おれはこのとき出てくるこれらの会話を現実に本当に存在しているものとしてとらえてしまっている。要はヤクザに本当に追い込まれている気分になっているということだ。このやり取りはこれから何度も出てくる一つの印象的なやり取りだが、なぜこのような非現実的な状況を信じてしまったのかという疑問が生じるかもしれない。それはなぜかというと、世界のルールが自分とは知らないところで変わってしまったらしいことが確信として自身の中にあって、ありもしないこのような状況を受け入れてしまったのが原因だった。統合失調症の症状だ。ここでいう世界のルールとは即ち、脳内に仮想空間的な世界がありそこで人間はコミュニケーションを取っているという世界のことだ。仮想空間のようになっておりこの中でも人間が存在しているというわけだ。いわば世界が物理空間と仮想空間の二重構造になっている。自身を苦しめたのはそのような誤解が頭の中で生じていたからだった。
「あんちゃんよお、悪いんだけどヤクザさんが黙っちゃいねえんだよ。今からとあるところに行ってもらう。ここがどこだかわかるか。」
「どこでしょうか。わからないです。」
「ここはよ、とある殺人事件が起きた場所だよ。おいらたちはバラバラ殺人事件って呼んでるんだけどよ。この罪をよ、あんちゃんに被せたいと思ってるんだよ。」
この世界のルールとして罪というものがある。様々なところで事件や非倫理的なことが起きており、その時に生じる罪を奴隷と言われる自身の支配下にいる人間につけるのが常であった。おれは寒気がした。
「なぜ罪をおれに被せるんでしょうか。」
「口答えはしねえほうがいいぞ。おもしれえからに決まってるだろうが。」
「バラバラ殺人事件って本当に起きた事件のことを言ってるんでしょうか。」
「ちげえねえ。実際に埼玉県の片田舎で起きた事件のことだ。お姉ちゃんが弟を殺しちゃったんだよ。お姉ちゃんの周りにいる不良がそれを利用して悪さしてるってことだ。」
罪は使いようによってはこの世界では力の行使になりうる。重い罪はさらなる罪を招くのだ。罪はお金になる。お金という概念もここでは存在している。自身のみぞおちの下ら辺に光が集まっているのだ。この光はお金と言われこの光の総量でできることが決まるのだ。好き勝手遊ぶためにはお金がいる。だからこのお金を求めて奴隷を支配しお金稼ぎをする。どうやらそういう世界らしかった。
「実際に起きた事件ということは調べたら出てくるのでしょうか。」
「調べてみればいいじゃねえか。」
おれは携帯電話を手に取り実際に検索をした。間違いなく妄想が現実を越えてしまった瞬間だった。この時不幸だったのは「バラバラ殺人事件 埼玉」と検索をすると本当に出てきてしまったことだった。今のご時世さまざまな事件や事故が世の中では起きている。その中の一端が自身の妄想とリンクしてしまったのだ。
「本当じゃないですか。絶対に嫌ですよ。なぜそんな目に合わないといけないんですか。」
「あんちゃんはおいらの興行なんだよ。命はおいらが預かってるんだ。まずはお姉ちゃんに会いに行くぞ。」
殺人事件と聞いて、実際にその近くにいるという実感があって、おれは心底震えた。擦り切れた心の黒を感じた。脳が実際のこととして認識してしまったのだ。そして罪を被せられるということに恐怖した。
「頼もー。お嬢ちゃんか、弟を殺しちゃったっていうのは。」
「あなた誰ですか。」
「おいらのことはいいんだよ。それよりよ、なんで弟を殺したのか教えてくれねえか。」
「仕方なかったんです。」
「なにが仕方ねえんだよ。」
「わたし殺したくなかったんです。」
「あれか。誰かに殺すように仕向けられたのか。」
「さあ。」
「あんちゃん。ここであんちゃんの登場だよ。」
「え、どういうことですか。」
「いいからいいから、おいらの指示に従えばいいから。」
そう言うとひさしがおれに乗り移ったかのようになり、おれはセリフを話しているようになった。
「おめえよ、チンピラいいか。よく聞けよ。おめえはよ、弟を殺したんだよ。それに間違いはねえな。」
「どういうことですか。一体誰なんですか。」
「おいらか。おいらはな、生まれは山形山形、小さい時から身寄りがいねえ。人呼んでふうてんの寅じゃあるめいな。ところでお嬢さん嘘はいけねえなあ。殺したくなくてなぜ殺したんだよ。理由が知りてえ。」
「殺すしかなかったんです。」
「殺してバラバラたあ、えらいことしてるじゃねえか。」
「バラバラにしたのはある男の指示だったんです。隠せることなら隠そうと思って。」
「愛する弟だぜ。あれかおまえにも悪魔が乗り移ったか。どうだ。」
「そうです。実際に事件を起こしたのは、殺したのはわたしですが、バラバラにしたのは別の男なんです。」
「なるほどな。なんとなく理由は分かったよ。いけねえことをしたのは事実だしよ。それよりもよ、そのおめえの罪をこいつに被せろ。」
「はい。それができたらそうしたいくらいなんですけど。」
この世界の罪は金にはなるが、同時に徳を失っていくものであり、この世界では徳を積んで生きていくか、罪を背負ってでも金儲けをしていくか選ぶことになっていた。大概の人はトラブルから身を守りたいという気持ちがあり、身をきれいにして稼いでいく道を選んでいたので、きれいに稼いでいくか、支配下にある奴隷に罪を背負わせ金儲けに手を染めるのだった。
「私は今ある男たちに奴隷として扱われています。それが嫌なのでそうしてくれるのならそうして欲しいですが、男たちに話を通さなければいけません。」
「話なんていいんだよ。とにかくその罪はもらっていくぜ。」
「あんちゃんいいか、よく聞けよ。これからお前は、バラバラ殺人事件の犯人として生きていくんだよ。どこに行くにもな、その罪が付きまとう。それでよお、その兄ちゃん達ってのは何者なんだ。不良か。」
「いや、不良っていうか。悪い人たちです。」
「そうか。まあいいや。この罪はあんちゃんがもらっていったからな。じゃあな。あばよ。」
おれは心の底から焦りを覚えた。体は寒さと恐怖から震えていた。
「ひさしさんちょっと待ってください。おれこんな罪もらえないですよ。勘弁してください。」
「いいんだよこれで。じきにわかるからよ。けっ。」
ひさしは闇に溶け込むような黒さをしている。すると先ほどの罪を追いかけて男たちが追いかけてきた。男が言い放つ。
「お前ら何もんだ。」
「おいらは秦野ひさしっていうもんだけどよ。なんの用だよ。」
その刹那、一間の沈黙があり場があっけにとられたように感じた。
「秦野ひさしってあの秦野ひさし、ですか。」
「そうだよ。で、何の用だよ。」
「いや、その罪持っていくのはまずいんですけど。返してもらえないですか。」
「ダメに決まってるだろうよ。おいらはな、この罪を使って一儲けしようと思ってるんだよ。」
さも当たり前かのようにひさしは言う。明らかに場に慣れている。
「ふざけんなよこら。秦野ひさしだろうが納得いかねえ。」
するとなぜか子どもたちの声が聞こえてきた。
「先生おはようございます。」
「やりやがったな、てめえこの野郎。これはよ、子どもにこれ言わせることによっておめえはよ、子どもに頭上がらなくなっちまったんだよ。」
どうやらこういうことらしかった。彼らは子どもを悪さをすることに使っており、煙に巻きながらもやりたいことを強行するいわば技のようなものだった。子どもが出てきたということは迂闊に動けなくなってしまったということだ。この技は親子を奴隷にして悪さを行う半グレ集団の常套手段らしく、倫理観が欠如しているやり方だった。その親に生まれてしまったがために子は幼い時から社会の闇に触れながら生活しているのだった。
「おめえよ。子どもを使うなんざ汚えぞ。そっちがその気ならこうしてやるよ。えい。ひさしちゃんみんなに飴ちゃんあげちゃう。」
「きゃー。飴ちゃんだー。」
「わーい。ひさしさん、ありがとうございます。」
飴とはお金のことだ。子どもたちに少額ずつだがお金をばらまいたのだ。どうやらひさしは有名であることを使って夜な夜なこのようなことをしており、世直しをしてはその様子を興行と称して見世物にしているようであった。
「おめえよお、チンピラいいかよく聞けよ。おいらはよ生まれてこの方いてもたってもいれねえよ。おめえはどうだ。」
おれはこの状況に少し感動を覚えていた。
「いや、おれはもう。嫌ですよこんなことをするのは。この罪一体どうしたらいいんですか。」
「いいんだよ。おいらがいるから大丈夫だよ。それよりよう、あいつら黙らせないといけねえよな。お前何か言ってこい。」
このころの俺の脳内はこれが毎日繰り広げられていた。脳内ということは実際の体があるわけだが、おれは寝たきりになっていた。ベッドで身動きが取れなくなっていたのだ。毎夜続くこのような世界に忙しく頭髪は白髪が混じるようになっていった。
「お兄ちゃん。俺のこと覚えてるか。」
そう言うと眼鏡をかけた見覚えのある顔が目の前に現れた。キャッチをしていた時に見た顔だった。その人は女のいる店のスカウトであり、どうやらおれのことを見に来たようだった。おれはその町では目立つ存在だった。というのは、なにせこちらの仮想空間に目覚めることなく時を過ごしていた唯一の人だったからだ。物理の世界だけでキャッチをやるというのはどうやら珍しいことらしかった。
「おれはよう、ある人に操作されてるんだよ。怖いよなあこの世界。俺に対して相当ひどいこと言ってくれてたな。今日お前を殺してやるよ。」
そう言うと男はおれに向かってナイフを突き立てた。がくがくと体が震える。本当に殺された気分になる。この世界では死はたびたび起こる。仮想空間上での死は物理上に影響を与えない。しかしルールとしては犯罪であり、簡単に殺していいものではない。それほどまでに悪い世界にいたのだとまざまざと感じる。
「知らなかったとはいえ、こういうことになるのならこんな世界には手を出さなかったのに。」
おれは後悔をしていた。ベッドで一人震えていた。このとき俺は母と同居していたが、母は日中仕事に出ておりその時は自室で一人で過ごしていた。親の前では何事もなく過ごそうと努力していた。なぜなら皆自分と同じような二重構造の世界に住んでおり、仮想空間のことは物理世界では言わないように過ごしていると考えたからだ。おれはちょっと体調を崩したと言い訳をして部屋に籠っていた。いつかよくなる。それを祈ってベッドで横になる。しかし仮想空間上で来客が忙しなくあり、対応しなくてはならない。そんな日々を過ごしていると日に日に衰弱していくのが分かった。体重は減り始めていた。なぜ周りの人は平然とこの世界を過ごすことができているのだろうと考えた。どうやらいわゆる一般的な人は成長する段階で幼少の時にはこちらの仮想空間に目覚めているようだった。自分は遅かったのだ。遅いだけではなく物理世界で悪事に手を染めてしまっていて気づいたら取り返しがつかない状況になった、どうやらそのようであった。そして四六時中殺されては震え、殺しに来ては言い訳をして、この世界に救いはないのかと考え、誰か身寄りに頼ろうと思い会おうとするがその度にひさしはやってきた。
「あんちゃん、親御さんに会おうなんざそうはいかねえよ。あんちゃんはおいらが匿ってるんだよ。もしかしたら親に迷惑かけることになるからな。」
「いえ、それは困ります。なぜおれが死なないといけないのでしょうか。どうしたら助かるのでしょうか。お願いします教えてください。」
「そりゃあ助かりてえだろうけどよ、おいらの興行はどうなるんだよ。あんちゃんよお、呆れちまうなあまったく。命乞いたあどうしようもねえな。」
「お願いします。教えてください。ごめんなさい。本当にごめんなさい。全然わからなかったんです。こういうことになるならこんなことしてませんでした。死ぬほど後悔してます。許してください。」
たまに町で見かけるずっと謝っている人や、何もないところで謝っている人、あれは統合失調症の症状によってそうなっている。自分が悪いというふうに決め込み幻聴や妄想が止まないのだろう。健常な人にはわからない怖さを感じて生きているのだ。今だったらその人たちの思いが手に取るようにわかる。こうなると周りの声は聞こえなくなってしまう。なぜならそう思い込んでしまい、そこから出れなくなってしまうからだ。おれは物理世界でも土下座をしていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
「そんなことよりよお、おいらの旧友を紹介するよ。」
「わしやわし。久留米や。あんさんほんまいけないことになってしまいましたなあ。いい稼ぎになるからってひさしちゃんに聞いてきたけど、どないなってまんの。」
「おいらはよお。今日殺そうと思ってるんだよ。そろそろ潮時だよなあ。」
「そうなんや。どうやって殺すん。」
「あんちゃんよお、その辺に縄か何かねえか。」
「ありませんよ。そんなもの。」
「たしかそこにベルトかかってたよな。それよ首に巻いてみろよ。楽になるからよ。けっ。」
「あきまへんなあ、そんな言い方やと。あんさんご家族みんなに迷惑かけてるで。そんなこともわからんのかいな。首つって終いや。楽なるで。」
「いやです。死にたくないんです。お願いします。許してください。」
「あんちゃんはよお、こうなる運命だったんだよ。取り返しのつかないことになってしまったんだ。それがわかるか。」
「でもまさか自分がそうなるとは思わないじゃないですか。怖いです。死ぬのは許してください。」
「だめだよそんな言い方じゃ。みんな見に来てるんだから。」
どうやら観客がいるらしい。
「これがひさしちゃんの興行や。どうや。怖いやろ。何人殺してまんの。」
「さあなあ。まあとにかくよ、そこに銀のラックがあるだろ。それによ縄かけるんだよ。」
おれは怖くなりベッドで蹲っていたが、大勢の笑い声が聞こえてきてから錯乱状態になっていった。はやし立てる声や怒号、ヤクザも現れどこに隠れようがばれてしまう心持になった。
「もうだめだ。」
そう思った瞬間、目の前に秦野ひさし本人が現れた。ひさしはベルトを手に取りこちらに来いというような素振りをしているように見えた。おれは観念をした。
「みんな見てるんだからよお。白けるぞ。」
「はい。でも本当に怖くて。」
「おいらが見届けてやるからよ。安心しろよ。こんな日々を過ごすのもうんざりだろ。」
「わかりました。」
おれは号泣していた。
今までの日々を悔いた。
悔いてもこの流れは止まらなかった。
おれはベルトを手に取り銀のラックに括り付けていた。そして首に巻くと大きな拍手が聞こえてきた。傍らにはひさし。
気づいた時には目の前が真っ暗になっていた。
読んでいただきましてありがとうございました。
大丈夫です。生きています。
後日談としましてベルトが切れたことによって助かりました。そんなことあるのかという話ですが、全て実話になります。信じるも信じないもあなた次第。
それではまたお会いしましょう。
次はもっと、明るい話を書こうと思っています。
ではよい読書ライフを。さようなら。