星座の一つに私は今日も恋をする。
こんにちは。私はオリオン座で青く光る一等星リゲルです。実は私、同じオリオン座で赤く光るベテルギウスさんに恋をしています。
オリオン座を知っていますか?地球という惑星で一番有名で一番見つかりやすい星座だと思います。
私はそのオリオン座の右下で輝いている青白い一等星、リゲルといいます。オリオン座を知っていても私を知っている人は少ないんじゃないかな。大事なことなので一回しか言いません。と笑ってみます。
この言葉は地球という惑星で若い人類から煙たがられている「教師」がよく使う鬱陶しい言葉のようですね。使ってみると優越感があります。人類は碌でもないのかもしれませんね。
前置きはともかく、なぜ星の一つである私がこうして、言葉を使っているか気になりますか?え?ならない?まあそうですよね。
最近、人類の研究で星々一つ一つに自我があるということが明かされちゃいました。宇宙に存在する私たちの神秘性が一つ暴かれてしまいほんの少し悔しい気持ちです。
自我があるということは、感情や暮らしが私たち星々にも存在しているということです。以前は自我があることは知られないように外出する時間を人類の目に入らない時間帯にしたり、夜間は家にこもり星座となる。という、いわば不自由な生活を送ってきました。今に思えば窮屈な暮らしすぎて、その生活に戻れと言われれば断固拒否すると思います。
つまるところ、今人類のおかげで私たち星々はとても自由な暮らしをしています。ありがとう人類!君たちのおかげで私たちは自由です!
自由になったおかげで、星々も人類が私たちを見ることができる夜でも好き勝手できるようになりました
その結果、星座も毎日同じところで同じ形が見える。という常識は昔のものになりそうです。といっても、はるか先の未来の話になりそうですが。
星座の仕組みを説明すると、私たち星々はいかなる時も光を放っています。私たちにも家がありますから、夜家にいると星々の家の位置が奇跡的に星座というものになっています。
そして、人類が私たちを観測している地球は私たち星々とは何光年という離れた距離の私たちの光を見ているわけですね。そして、距離が離れていると見える景色は昔のものになります。人類がオリオン座だと喜んでいる光は私たちも覚えていないぐらい昔のものなんです。少しがっかりしました?
ですから、私たちがここ最近自由になって好き勝手やっても、星座が崩れたり、星が見えなくなったりするのは遥か先というわけです。
しかしながら、真面目な星々も居るものなんです。例を出すと私と同じオリオン座のベテルギウスです。位置で言うと私の対角線常に存在していてオリオン座の中で一番遠い位置関係なのかな。
彼はずっと家の中で光っています。星は別に食事がいりませんから家にいても困りません。そして、一際強く輝くのです。いや、本当のことを言うとだんだんと輝きは弱くなっていました。それでも、彼は私と同じ一等星なので、以前と比べて暗くなってもあかりは弱くはありませんでした。強いていうなら一等星の輝きではくなってるかもしれません。
ですが、輝きが暗くなってしまっても私と真逆の色で輝く彼を好きになっていました。
ずっとベテルギウスのことを「彼」と呼んでいますが星々には性別がありません。赤く強く輝くから不思議と「彼」と呼んでいますし、私は青なので「彼女」と呼ばれているのかもしれません。不思議とベテルギウスに私のことを「彼女」と呼ばれているかもしれないと考えると口角が上がってしまいます。それぐらい、私は彼のことを好きになっていました。
そこで彼に手紙を書くことを決めました。星々は星座にこだわりはありませんし、慣習のようなものとして夜はずっと家にいました。だから、星座の星々はお互いに認知しているものの、他人のような不思議な関係性でした。
彼に私の手紙が無視されたらどうしよう。
嫌われたらどうしよう。
不思議とワクワクしていた気持ちというものはマイナスな想像をすると一瞬で砕け散ってしまうものです。ですが彼は今も赤く光っています。その光を見ると私は不思議と手紙を書く手が進みました。
「始めまして。お元気でしょうか。私はあなたと同じオリオン座を構成する一つの星である、リゲルと言います。お初にお目にかかりますが、私のことを認識していただけていると嬉しいです。
お話は変わるのですがここ最近、星々がとても自由になりましたね。その中でもあなたは家を離れず赤く、綺麗に輝いていらっしゃいます。ぜひ、一度お目にかかりたい。私はあなたの光にとても惚れているのです。」
我ながらとても恥ずかしい手紙ができてしまいました。これを家のそばにある手紙センターに行き宛先を確認してポストに入れました。
星は光年が標準的な単位です。人類でいうメートルかな?大体平均的に星は一日で一光年分ぐらいは走れます。私たちからすると普通ですが人類からすると、こんな発明は英雄になれたりするのかもしれませんね。
私と彼の距離は大体二百六十光年ぐらいだから会おうとして、私が一方的に動くとなると一年近くかかるかな。だけど、星々の世界でも公共施設というものはあって手紙になると大体三日で宛先に届くし、ワープタクシーを使うと本当に一瞬で行きたい場所に行けます。ですが、いきなり家に尋ねるのは失礼そのものなので手紙を利用しました。
私は手紙センターから家に帰り、彼からの返信が来るのを楽しみにしながら眠りにつきました。
私が手紙を出してから二週間が経ちました。そして、今はもう二週間を超えて十五日目に跨ごうとしています。彼からのお手紙の返信はまだ来ていません。仮に、彼が私の手紙をもらってから手紙の内容をものすごく推敲してくれて手紙を出すのを遅れていたとしても、流石に二週間もすれば彼からの手紙は今頃、私の手にあり歓喜しながら彼の筆跡に興奮すらしていたかもしれません。我ながら気持ち悪いですね。
彼は私のことをどう思っているのか。もう、嫌われてしまったのか。私なんかには興味がなかったのか。真実は彼しか知りません。私は知る由もありません。それすらも、私を憂鬱にさせました。
「だけど…」
手紙が返ってこなかったね。はい、終わり。と言って納得できる私ではありません。
「行こう」
彼の、ベテルギウスの元へ行くことを決めました。もっと嫌われたとしても会いもしないで終わりは嫌だ。
そう思い立ってからはとても早かったです。公共施設のワープポイントを予約しました。流石に、広大な宇宙でワープタクシーなしで移動するのは他の星々でもなかなか骨が折れます。なので流石に予約して今すぐにワープしましょうとはなりませんが、三日後に使えるようになりました。焦らしプレイか!と叫びたくなるほど、もどかしい三日間ですが、その三日間の間に彼からの手紙が来ることをまだ、諦めていない私もいます。
実は、手紙サービス側の不都合なんじゃないのか。
実は、彼がドジっ子で私の住所を間違えているんじゃないのか。
都合のいい妄想を延々と繰り返していると眠気が襲ってきました。不安と期待がまだ膨らみ続ける胸の中瞼を閉じました。瞼の裏にはやはり、赤く輝く彼、ベテルウスが存在していました。
勝負の時がやってきました。私は今日、彼に会いに行きます。彼の方を見るとやはり赤く輝いていました。
身支度を済ませてワープタクシーの集合場所に行くと今日担当してくれる星の方が車の中で待っていました。私のことを確認すると扉を開けてくれました。
「本日、ワープタクシー担当のポルックスと言います。よろしくお願いします」
よろしくお願いします。と、こちらも頭を下げて車に乗り込みました。
私はポルックスという星を知っていました。確か、私とベテルギウスに共通点が何個もあります。
ポルックスさんも双子座を構成する星で、私たちと同じく強く光る一等星です。ただ、私と違う点はオレンジ色に光る点です。ベテルギウスとは共通点ですね。タクシーの中では私とポルックスさん、二つの一等星が車の中にいるので、かなり眩しい車内でした。
「もしかしてリゲルさんですか?」
ポルックスさんから声をかけられました。お互いに一等星なので認知していることは不思議ではありませんが、唐突に名前を呼ばれたので私は驚きました。
「そうです。オリオン座の右下にいます。ポルックスさんも双子座の星ですよね?」
「あら、青く美しく光るリゲルさんに認知されているとは嬉しい。そうです。兄のカストルと一緒に双子座をやらせてもらっています。」
「ご兄弟で星座の噂は本当だったんですね。ご兄弟の絆を感じます。白とオレンジの光はとても綺麗でよく見ていますよ」
ポルックスさんの兄、カストルさんは白く光る二等星だ。兄弟で正座をやっていると聞くとやはり羨ましく感じる。もしも、私がベテルギウスと兄弟だったのなら、なんて妄想してしまいます。
「ところで、今日はどこまで行きましょうか」
ついに、私の目的地を言うことが来ました。目的地というより私の欲と言いましょうか。少し自分の心うちを晒すような気がして恥ずかしくもありましたが、ここまで来て引くわけには行きませんでした。
「私と同じオリオン座のベテルギウスの所までお願いします」
わかりました。というとポルックスはすぐにナビに住所を打ち込み始めました。ピッピッという音と私の心臓の音が重なって変な気分でした。
「それじゃあ行きますよ。大体二時間半の長旅です。」
お願いします。という私の言葉と共にタクシーは走り出しました。
「ご到着です。お疲れ様でした」
ポルックスの声で私は目を覚ましました。車の揺れが心地よくて私は眠ってしまいました。彼にお会いするというのに寝ぼけ眼の状態で会うのが恥ずかしくなって帰りたくなってきました。
とりあえず、外を見ようと思いました。車の窓から彼の光を近くで感じられる。それだけでもきた価値はあるのと思ったからです。そこで私は首を回して車窓に顔を向けました。
目に入ってきたのは私の顔と、私自身の青白い光だけでした。
ベテルギウスの、彼の光は目に入ってきませんでした。
「なんで…」
勝手にそんな言葉が口から漏れていました。
「おそらく、寿命でしょうね」
ポルックスが続けます。
「星にも寿命があるでしょう。それに、ベテルギウスさんは徐々に徐々に光が弱くなってもいました。」
「私たち星々も目が遠くまでよく見えると言っても、見える光は何年も前のものになります。だから、リゲルさんが見ていたベテルギウスさんの光は何年も前のものになります。」
「わかってますよ…」
怒りは湧いてこなかった。何と形容すればいいのかわからない感情が私を支配していました。悲しさ、虚しさ、色々なものが襲ってきてよくわからない感情だったのだと思います。
「家に行ってみてはどうですか?何か残っているかもしれません」
その言葉を聞いて私は、タクシーのドアを開けて彼の家、いや、墓に向かいました。
彼の家は綺麗でした。おそらくですが、彼は自分の死を予感していたものだと思います。
星は死ぬ時ブラックホールになって周りのものを吸い込みます。ですが、神のイタズラか家と家の中は守られているのです。残骸が残るだけのなのに、何がいいんだろうと思っていましたが、今だけは彼の記憶が、温もりが、そばに感じられるみたいでとても初めてこのシステムに感謝しました。
家を探索していると彼の部屋と思われる場所を見つけました。
机には二通の手紙がありました。
一通目は私が書いた手紙。私の手紙がちゃんと届いていたことへの安心。そして、なのに私に返信がななかったことへの悲しみ。涙が出そうなのを堪えて二通目の手紙を見ました。
二通目は筆圧が弱く、書くのが精一杯というような手紙でした。
不思議とこの手紙を読もうと思えました。なんとなく、本当になんとなくですがこの手紙は私宛な気がしたのです。
「お手紙ありがとうございます。赤く輝くベテルギウスです。正しくは、「赤く輝いていた」でしょうか。私はもう一等星と呼べるほどの輝きが放てなくなってしまいました。簡単にいうならば「寿命」です。リゲルさん、あなたは私のことを「真面目」で外に出ない慣習を大事にする人物だと思われていましたが真実は違います。私はもう家から出れないぐらい弱りきってしまったのです。もし、私が自由ならばあなたにお手紙を返しましたし、あなたのところへ向かっていました。(この手紙を読んでくれているということはあなたが私のところに来てくれたということなので嬉しいです)
ここまで読んでくれたらお分かりかとおもいますが、私はもうこの宇宙上に存在していません。私が生きているうちにあなたが私に会いに来てくれていたのならこの手紙は黒歴史として燃やしていました。笑うところですよ。あなたからお手紙をいただいた時、心の底から嬉しかった。あなたの青い輝きが赤い輝きの私にはより一層、綺麗に見えたのです。そして私の光に惚れているという文章を見て嬉しくも、とても申し訳なくなりました。あなたが惚れたのは過去の私の光なのです。今の私の状態を見ればきっと幻滅することでしょう。ですが、それでも伝えたいことが、私にもありました。
後悔を残すことになるかもしれないので、嫌だったらここで読むのをやめることをお勧めします。
愛しています。あなたを。青く輝く一等星、リゲルを。私の声でこの言葉を伝えられずに申し訳ありません。もしも、もっと早く我々が自由になっていたのなら、なんて想像をしてしまうほど、あなたのことを想っています。
あなたに心残りを残すことになってしまうことになるかもしれません。ですが、私はあなたの幸せを素直に願えるほど強くないのです。幸せそうなあなたを想い浮かべた時、そこにいる隣の星が私だったら良いのになんて考えてしまうほど弱いのです。
ですが、幸せになってほしいのも事実です。地球の言葉で言えば、魅力的な輝きを放つ人は星の数ほどいます。ですから、私のことは忘れて幸せになってほしいです。強がりに見えるでしょうか?ええ。強がりですとも。少しカッコつけた強がりで愛の告白とさせていただきます。
赤く輝く一等星、ベテルギウスより」
瞬間、涙が溢れ出しました。なんで?と聞かれればキリがないです。
彼が最後まで私のことを思ってくれていたこと。
彼が私の想像より私のことを思ってくれていたこと。
彼の弱い筆圧、綺麗な部屋、私への愛情、弱さ。全部全部全部全部愛おしくなりました。全て私のものなのです。
「真実を知りましたか」
声のした方を見るとポルックスさんが立っていました。私は泣き腫らした顔を晒したまま言葉を紡ぎました。
「…知っていたのですか」
「なんとなく、ですけどね。何せ僕らは冬のダイヤモンドと冬の大三角系で交流がありましたから」
ポルックスさんが続けます。
「星々が自由になる前から私たちはよく集まっていました。そこであなたの話をよくされていました。オリオン座を一緒に作る青い星が綺麗だって。そこからどんどんベテルギウスさんは弱っていきました。そうなると我々も集まることは減りました。だからいつ死んでしまってもおかしくないと腹を括っていました。」
ですが…と話を区切ってポルックスさんは少し躊躇したような素振りを見せてから口を開きました。
「最後に彼が想うのはあなたのことでしたね。実に彼らしい」
そう言ってポルックスさんはタクシーに戻っていきました。
「私も…私もあなたを愛しています…」
そう言って私は彼の部屋を去りました。
「はい、ご到着です。お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
もう外出することもないので一日分のタクシー料金をポルックスさんに支払いドアをバタンと閉めるとポルックスさんは軽く会釈をして走り出しました。
私の家からはやはり、彼の、ベテルギウスの赤い光が私を照らしていました。
不思議なもので、あなたと離れれば離れるほどあなたを身近に感じ、近づけば近づくほどあなたが遠くへいってしまいます。きっと、あなたの光が私の家に届かなくなった時、私はきっともっと遠くで暮らすことを選ぶことになるでしょう。あなたとは離れてしまいますが、仕方ありません。その方があなたを身近に感じられてしまうのですから。
「おやすみなさい。ベテルギウス」
起きて彼の存在を確認する。遠くにいるはずの彼の光を探し今日も安心する。いつか、私も全てを吸い込んで死んでしまう時までこの感情はきっと「愛」ではなく「恋」なのでしょう。ですが、気長に「愛」に変わる時まで
「私は今日もあなたに恋をします」
閲覧していただき、ありがとうございました。いずれは地球も消えてしまうかもしれないので素直に生きようと思います。