第94話 ずっと隣にいれたらいいのに
『私を……抱きしめることだってできますよね?』
雲雀にそんなことを言われて、ドキドキしないわけがない。
異性として、意識しないわけがない。
だが、照れて待たせている場合じゃない。
雷が怖いと苦手を教えてくれた。
雲雀が真っ先に俺を頼ってくれた。
だから安心できるように、抱きしめてほしいと言っている。
ならば、ここは男を見せる時だ。
言葉よりを発するよりも、意を決して俺は……。
「あっ……」
雲雀から小さな声が漏れた。
今の雲雀の表情を確かめる余裕なんて、俺にはない。
何故なら、両手を上げている雲雀を抱きしめているのから。
「……」
「……」
それからなんとなく2人して無言になって……部屋には静寂が満ちる。
けれど、俺も雲雀も体温は高いし、鼓動も早い。
内心は全く、静かじゃないのである。
抱きしめていることでもちろん、距離も近く……いや、ゼロ距離だ。
お互いの吐息さえ分かるし……身体つきも分かる。
雲雀は見た目はクールだけど、こうして抱きしめると全体的に柔らかくて、俺は筋肉質だから折れちゃいそう……。
って……結局、意識しちゃっているし!
平常心、平常心……!
それでいて、雲雀が安心する存在でいないとなっ。
「ん……雄二様、少し抱きしめる力が強いです」
「ま、まじかっ。ご、ごめん!」
無意識に力が籠っていたらしく、雲雀に指摘されて情けない声が漏れてしまった。
頼れる男でいないといけないというのに……。
「はい、でも……絶対に、離れないでくださいね?」
「ああ……」
雷が怖いのだから、離れてほしくないよな。
雲雀にそう言われて、俺は抱きしめる力を少し緩くしてみることに。
背中に回した手は、腰へと移動させた。
そうしたことで……雲雀の顔が見えた。
ほんのり頬を染めながらも、雲雀の口元は少し上がっているような気がする。
そんな彼女を見て、自然と言葉が漏れた。
「安心……するか?」
「ええ、安心しますよ」
「そっか。なら、俺も安心した」
そう言ってフッと笑えば、雲雀も小さく笑みを浮かべていた。
「というか、本当に安心するのか? 俺の身体、固くない? 居心地悪くないか?」
雲雀と違って、俺は鍛えていることもあり、腕とか太くて、固いし、むさ苦しくないか心配だ。
シャワーはちゃんと浴びたけどな!
「こんな時に嘘なんて付きませんよ」
「そりゃ、そうだな……」
雲雀は雷が怖くて、そんな余裕ないもんなぁ……。
「もっとも、私は雄二様の前では嘘なんてつけませんし、嘘をつくつもりもありませんし」
「そ、そうか。俺も雲雀の前だと嘘つけないしなぁー」
なんだか言葉が詰まってきたので、俺は話題を切り替える。
「じゃあ、抱きしめることにリラックス効果とかがあるのは本当なんだな」
よく聞かれる効果だけど、実際に試す機会は中々ない。
それも、異性を相手にして……。
「そうですね。しかしながら、それは……相手も関係しているとは思いませんか?」
「た、確かにな」
親に抱きしめられたら、少し恥ずかしくも安心するし。
友達に抱きしめられたら、友情の再確認みたいな感じだよな。
でも、見ず知らずの人に抱きしめられたら不安……というか、嫌すぎるな。普通に犯罪だし。
じゃあ雲雀にとって俺は……安心できる存在ってことだよな?
ちゃんと役目は、果たせているってことだよな!
良かった良かった!
なんてことを考えていたら……。
「……」
雲雀がジト目で俺を見ていることに気づく。
「ひ、雲雀?」
「雄二様って……本当に鈍感ですよね。きっと、見当違いなことを考えていたんでしょうね」
「え、俺が安心できる男ってことじゃないの!?」
「……。もっと強く抱きしめてください。早く」
「え、あ、はい」
強く、という要望があったので雲雀の表情を伺いながら、腰に回した手に力を入れてみる。
それでも、俺のことをジト目で見つめられた。
うむ……抱きしめるって加減が難しいなぁ。
それからも途切れ気味ながら雑談は続けていたけど……。
「そういや、雷鳴らなくなったな」
「っ」
まあ、そっちに意識がいかなかったというものあるけど……。
耳を澄ませば、雨風はまだ強いけど……雷の音は消えている気がした。
雷がなくなるだけでだいぶ落ち着けるよな。
それに、雷が苦手な雲雀にとってもいいことだ。
「じゃあ、雲雀」
「っ……」
そう明るく声を掛ければ雲雀がぴくり、と肩を震わせた。
これなら、雲雀は……。
「寝るなら今だよっ。俺も隣で寝る。さすがに抱きしめたままは寝づらいと思うから離れるが……腕枕くらいなら出来るぞ!」
「……」
何か言いたそうにしていた雲雀であったが、半開きの口はぎゅっと閉じられた。
その仕草は気になったが……少し前に言われたことを思い出す。
『今日は……一緒に寝てもらえませんか?』
最初は、一緒に寝てもらえないかと頼まれたしな。
ちゃんと雲雀の頼みは、最後まで果たすぞ!
「……そうですか。雄二様は一緒に寝てくれるのですか」
「当たり前だろ、雲雀に頼まれたからなっ。何より、雲雀が不安なら1人になんてさせない」
「ありがとうございます」
にしっ、と歯を見せて笑いかければ、雲雀の口角も上がった気がした。
◆◆
「そういや、雷鳴らなくなったな」
雄二様に不意にそんな言葉を発した時。
私は、その先の言葉を聞きたくなかった。
この特別な時間が終わってしまうと思っていたから。
「もう1人で大丈夫だな」と言われるのだと、身構えていたから。
何よりも、雄二様が離れてしまうのは嫌であったから。
けれど……。
『当たり前だろ、雲雀に頼まれたからなっ。何より、雲雀が不安なら1人になんてさせない』
私の好きな人は……人の気も知らないで、平然とそう言ってくるのだ。
まだ付き合ってもいない。
片想いすら、気づけてもらっていない。
異性として意識してもらうのも不十分。
なのに、私ばかりがどんどん惹かれていく。
キングベッドに並んで横になって、しばらくしたら……。
「……っ、んん……」
雄二様の目がウトウトし始めていた。
夜も随分と更けてきた。
明日は平日。
私たちは別々になる。
ああ、このままずっと隣にいれたらいいのにと……。
そんな独占欲を抱きながらも、私の意識はゆっくりと落ちていったのだった。




